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「どうして?」絵瑠沙が驚いたような顔になる。


「他の人間ならまだいい。だけど、僕は科学者だ。この寒冷化を食い止める方法を、世界中の科学者と共同で見つけなくてはならない。そうしなければ、この寒冷化がそのまま氷河期に突入して、数百年でも終わらなくなってしまうかもしれないんだ。だから……冬眠なんてしてられない」


「あなたらしいね」絵瑠沙が優しく微笑む。「そうね。あなたはやはり、そうするべきなのかもしれない」


 だがその時、僕の脳裏に一つのアイデアが閃いた。


「いや……待てよ。その、余剰次元の知性体とやらは、僕らより進んだ科学知識を持っているんじゃないか? だとしたら、彼らに今の状況を助けてもらうことは、できないのか?」


「残念ながらそれは無理ね」絵瑠沙は悲し気に首を振る。「彼らは数テラ電子ボルトのエネルギー領域に住んでいるの。だからエネルギーが高すぎてこの世界に直接存在できない。かなりエネルギーを絞ったとしても、人間とコンタクトしようとしただけで一瞬で消滅させてしまうほどよ。だから彼らはインタフェースとして私たちを作った」


「だったら、せめて知識を授けてくれるとか……」


「それなら、既に行われている」


「え?」


「アイデアの閃き、というのがそれなのよ。アイデアはね、余剰次元の知性体が授けてくれるものなの。あなたが今まさに閃いたようにね」


「!」


 なんと。


「『アイデア』の語源となった、プラトンが『イデア界』と名付けたものも、それに当たるわけね」と、絵瑠沙。「だけど閃きは、人が考えに考えた結果、与えられるもの。だから……あなたも必死で考えれば、いつかきっと閃きが訪れると思うわ」


 そこで彼女は柔らかく微笑み、続ける。


「そして……そうやってあなたが寒冷化を食い止める方法を見つけた、その時に……また、会いましょう。約束よ」


「絵瑠沙……!」


 僕は思わず彼女を抱きしめる。相変わらず、冷たい、だけど……誰よりも愛しい、彼女を。そして彼女も僕の体に腕を巻きつけた。そのまま僕らは固く抱きしめあう。


 涙が溢れて止まらない。この手を放したくなかった。だけど……


「もう、迎えが来る時間だわ」


 そう言って絵瑠沙は僕の体から離れた。そして、


「さよならは言わないわ。またね」


 言いながらニッコリと笑い、彼女は玄関を出て行った。


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