第15話
雪の降る中。
「おはようッス。って、まだ誰も起きていないかもッスね。取りあえず勝手にニュース始めるッス。云・話・事・町TV――!!」
美人のアナウンサーは元気だ。
ピンクのマイクを隣の藤元に向ける。
「おはようございます。藤元です。新しい信者。新しい仲間。来世で未来で、きっといいことあるよ。信者熱烈大募集中です!!」
背景にB区の街並みが見える。
「ハイっ!! よろしく!! …………じゃねえよ!! お前信者入っただろう!!」
「だって、まだ三人しかいないんだよ……」
「そんなことより、仕事ッス!!」
藤元は首を垂れるが、元気を取り戻し。
「ハイっす!! 今日の天気と運勢は、まずは天気予報から……えーっと……」
藤元は空を見つめて、
「今日は午後からたぶん大雪っスね。それから……運勢は……あ! なんと異性運激熱です!! 僕も恋人募集中ですよ!! よろしくお願いします!! 一緒に宗教しましょうよー!!」
美人のアナウンサーは、眉間の皺を気に出来ないほどニッコリと微笑んで、藤元の頭をピンクのマイクで刺した。
番組はそこで終わった。
午前8時にマルカと藤元が帰ってきた。
「雷蔵様。A区の全市役所と全不動産の住居データを洗いました。九尾の狐の居場所が解りました。ここから西にいったところの地下エリア。那珂湊(なかみなと)商店街に、人目にまったくつかない空き家があるそうです」
マルカの言葉に僕は大きく頷いた。
「よし、早速行こう」
僕はキーを持ち出した。
「ちょっと、心配。僕は番組あるから行けないけど、きっといいこともあるよ」
藤元は神社なんかでお祓いに使う棒を振って、
「安全、無事のおまじない。何か起きたらまた来てね」
藤元にお礼を言うと、僕とマルカとヨハは車屋さんに頼んだ4座席の赤いスカイラインに乗り出した。
雪の道を走り抜け、西へ1時間余り、A区の地下エリア那珂湊商店街へと向かった。
吹雪いてきた。
車窓から雪が降り積もるA区が見渡せる。4年前は僕はここを金のために陥れようとしていたのだ。ハイブラウ(知識人の・文化人の)シティ・B。アンドロイドのノウハウによって、ほぼすべての労働を人間のかわりに独占してしまう。その政策は僕の父さんが前々から考案していた。
僕は昔から金に飢えている。
特別な乾きがある。
どうしてだろう?
「雷蔵様~~。また、上の空で~す」
助手席のヨハが僕の顔を覗き込むように見つめていた。後部座席のマルカも心配している。
「そんなに~一人で~~悩まなくても~~」
「…………」
電子式の液晶ミラーで後ろを見ると、雪はこのA区を白に染めていた。
雪に覆われた那珂湊商店街の入り口の花模様がついているアーチが見えてきた。丁度、下り坂のような地下へ通じる道がアーチの向こうにある。
そこへ入れば、九尾の狐を見つけられるだろう。
「九尾の狐は、那珂湊商店街の三番アーチ付近に住んでいます」
マルカが補足説明をした。
僕はそれを聞いて、スカイラインを地下へと走らせ、駐車場を探した。金網フェンスで囲まれた砂利が敷き詰められた駐車スペースをすぐに見つける。
道路沿いの脇にあった。
地下の那珂湊商店街は、それぞれ一番から十番まで十字路の入口にそれぞれ花柄のアーチがあり、通路を挟んで立ち並ぶ店などには、種々雑多なショーウインドーに電化製品から食品。工具や衣料品などを揃えていた。
僕はマルカとヨハを連れて、三番アーチを探す。
行き交う人々は平和な顔をしている。昔と違って、今の社会全体が平和になったので、あまり気にしたことがなかったが、とてつもなく素晴らしいことだと思えてきた。
僕はその素晴らしいことを壊そうとしたのだ。
僕は一体?
「雷蔵様」
マルカの声ではたと気が付く。
「雷蔵様~~。上の空から戻りませんと~~。あそこの人です~~」
僕はヨハの指差す人物を確認した。
三番アーチの中央に立つ女性がいた。二体のノウハウを連れ、こちらを見つめていた。行き交う通行人はこちらを見ると、笑顔が薄れどこか緊張した顔になる。
「お金が先よ。あなたを数体のノウハウがライフルで狙っているから」
紫色の口紅と赤い長髪、大きなサングラスが印象的な長身の30代の女だった。白い派手なスーツ姿だった。一定の距離で立ち止まっている。
「君が……。九尾の狐だね」
「お金は?」
「雷蔵様……周囲に狙撃銃を持ったノウハウが6体隠れています」
マルカの声にヨハも険しい顔をしていた。
僕は気にせずに話をした。
「確か10憶だったっけ。後、原田はどこ?」
「違うわ……20億よ」
「20……ちょっと高くないかな?」
「私の方が有利……命よりお金が大切なら断ってもいいわ」
僕は舌打ちしてマルカに目で合図をした。
マルカはこくんと頷くと、九尾の狐のところへ僕の携帯を持って行った。
両手を挙げてマルカが近づくと、金を貰うべく九尾の狐は、隣のノウハウに指示をだし、小型の端末(パソコン)を持ち出させた。精算すると、ノウハウが首を傾げた。
「……」
「僕との約束は10憶だったよね。命より金が大切なら請求してもいいけど」
マルカは10憶しか支払はなかったのだ。替わりに九尾の狐に小型の拳銃を緊急不可視高速モードという人間の目には決して見えない速度の行動をとって向けたのだ。ノウハウにもこの芸当は無理だ。
膠着状態になった。
「私は20億と言ったわ」
「いいや、10憶と聞いた」
僕も多数の銃口を向けられているのだろうけど、大して気にしないことにした。
「ふー……もういいでしょ。姉さん」
僕は驚いて振り返った。
そこにいたのは、会社で見たまんまのスーツ姿の河守 輝だった。
「どうして? 君が? ……こんなところに?」
僕は九尾の狐の妹が河守だということが意外だった。
「今、仕事から急いで帰って来たのよ。雷蔵さんには、もう言ってもいいかな。原田さんには協力してもらっているし」
いつもの気楽な調子で河守が、ここからそう遠くない喫茶店を指差した。九尾の狐も片手を挙げて周囲の狙撃銃を持った複数のノウハウを引っ込ませたらしい。僕の方へと歩いてきた。
「事は大きすぎて、私たちだけじゃ無理なのよ」
「……?」
「雷蔵様。その人も河守様も丸腰です」
マルカは僕の顔を心配そうに見つめている。僕はこっくりと頷くと九尾の狐と河守の後について行った。
ヨハは警戒した顔から心配そうな顔をした。
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