なぜ彼のケツにはクワガタが刺さっていたのか
紅赤
なぜ彼のケツにはクワガタが刺さっていたのか
その日、俺こと田中はいつものように通学路を歩いていた。
俺の家から高校まで歩いて20分程度。
5分ほど歩くと、ある人物と合流する。
「おはよ~」とのんびりしたような声で挨拶したのは、友達の吉田である。
吉田は高校に入学してから仲良くなったのだが、いかんせんバカだった。
先生に、生年月日教えて。と訊かれたとき、
「生年月日ってなんですか?」と答えたのは今でも鮮明に覚えている。
そんな愛すべきバカこと吉田だが、根はやさしい奴でクラスのみんなから好ましく思われている。
「おう、おはよ」俺も笑顔で挨拶をした。
吉田との登校時に話す世間話はもう俺たちの定番になっている。
「あ、昨日のテレビ見た?」吉田が言う。
「あー、 ”野生のゴリラ vs 天然ゴリラ顔 高橋さん 生放送de殴り合いバトル!!” のことか?」
「そーそー。途中でお風呂入っちゃって最後見逃しちゃってさ。どっち勝ったの?」
「途中まで高橋さんが優勢だったけど、ゴリラがキレてビンタしたら高橋さんが吹っ飛んで放送中止に――」
衝撃、というのは突然やって来るものである。
だからそれは防ぎようがなく、どうしようもないのだ。
それは俺にも平等に訪れた。
不意に見えてしまった。
吉田のケツに――
クワガタが刺さっているのを
(……え、なんで?)
俺は頭が真っ白になった。
意味が分からない なんで、え?
ケツにクワガタ……は? 幻覚か?
どういうこと? え、夢見てるの?
分かるはずない!
頭の中に疑問が大量に流れる。
ニコ動かってくらい流れてくる。
意味の分からない状況に思考が追い付かない。
だが、そのとき
「――か ――なか! 田中!!!」
耳元で大きな声で叫んだ吉田の声に、ようやく意識がはっきりした。
「あ、悪い」と謝る俺に、吉田は心配そうな顔で
「大丈夫か?」
「(こっちのセリフだわ!)うん大丈夫……」
「なんか…あったのか?」
「(お前がな?!)な、なんもねーよ」
心の中でツッコミを入れつつ返答すると、吉田はホッと撫でおろしていた。
「そっかー、なんかの病気なんじゃないかと思って心配しちゃったよ~」
凄く心配してくれていたのだと、吉田の優しさに心が癒される。
(吉田……)
だがまぁそんなことは、どうでもよくって、
(なんでケツにクワガタ刺さってんだよ――)
その疑問だけが反芻した。
***
結局、何故ケツにクワガタが刺さっていたのか不明なまま学校についてしまった。
そもそもクワガタに気付いているのかすら疑問なのだが、
仮に、『お前ケツにクワガタ刺さってんぞ?』と言ったら、吉田は恥ずかしくなって嫌な思いをする可能性がある。
そのようにして友達を傷つけてしまったら、俺は後悔してしまう。
よく”やらない後悔よりやる後悔のほうがいい”なんて無責任なことを言う奴がいるがそれは間違いだ。
なぜならこの世には”やっちまった後悔”も存在するのだから。
だから、俺は吉田に言うに言えなかった。
そんなこんなで、とうとう教室についてしまった。
(終わりだ……全部)
吉田……ごめんな。
俺はお前のピンチに手を差し伸べることすらできなかった。
なんて無力。
所詮、人にできることなどたかが知れているのだ。
人間は……親友のケツに刺さったクワガタをどうすることもできないのだ。
そう、俺が諦めたときだった――
「よいしょっ・・・・と」
吉田は右腕を後ろに回し――クワガタを取った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぇ?
あれ、いま…クワガタ………あれ?
「え、あの吉田?」狼狽しながら言う。
「ん?」何事もなかったかのように笑顔の吉田。
「あの……そのクワガタ、は」
「これ?」
吉田は笑顔で答えた。
「昨日ケツにセロハンテープ貼って遊んでたら蟯虫いてさ~。クワガタ突っ込んでおけば、退治してくれないかなって思ってさ! ほら、クワガタって強そうじゃん?」
「……」
俺はその時思った。
(やらない後悔より、やる後悔のほうがよかったな……)
と。
***
~授業中~
(……)
***
~放課後~
(……)
***
~就寝時~
(……)
(……)
(……)
(……)
(……)
……………
……………
……………
……………
……………
(……いや、そもそもケツにセロハンテープ貼って遊ぶって何だよ!?)
明日、吉田に訊いてみようと思う田中であった。
なぜ彼のケツにはクワガタが刺さっていたのか 紅赤 @aka_kurenai
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