楽園再びだと思うじゃん

もうこのパッと場所が変わる感覚には慣れてきた。


目の前に映るのは明るい世界。キラキラしてる。中学の頃の私が望んでいたような世界。


そこは高校の教室。クラスメイトのみんなとワイワイ盛り上がっている。


「うるさいくらいテンション高いですね」


「ははっ、オブラートできてないよ。でもそうだね、私もうるさいと思う」


つい最近までの景色なのに、なんだかすごく懐かしいような気がして、それが綺麗で楽しそうで、目を細める。


あの頃手放したくないと思っていたのに、手放してしまった景色。



「みなさんと仲良さそうですね」


「うん、私の勘違いじゃなかったら結構仲良かったと思うよ。趣味が合う子達ばっかりだったし、気が楽だった」


「たしかに。あなたの癖があまり出てないですね」


「…癖のこと分かってたんなら言ってほしいんだけど?」


「言うタイミングなかったので」


思わずため息が出る。でも、死神さんの言っていたことは本当だからなにも言えない。


癖、人の顔色窺ってそれに合わせてテンションを変える。私の幼い頃からの癖。それが高校では使わなくていいことが増えた。



だが、高校にも行かなくなり自殺を起こした事実はある。変えられない事実。



「やっぱりさっきのコーヒー、もらってもいい?喋ってたら喉乾いてきちゃった」


「どうぞ」


「ありがとー」


受け取ったコーヒーは時間が経ったからかぬるくて、ちょうどいい温度になっていた。


カキッという小さな音を立てて空いたコーヒーは微糖で、ちょうどよく甘くて苦かった。



「…高校は、本当に楽しかったよ。中学の時とは比べ物にならないくらい、楽しかった」


「ではなぜ行くのを恐れたのです?」


「…さあ」


「理由はあるはずですよ。分からなければまた辿りましょう、よしスタ、」


「ストップ!分かった、分かってるから、ちゃんと言うから」


「それはよかった。ではお話ください」


淡々と急かすこの死神が怖い。話したくないというこちらの気持ちは全くの無視。小さくため息をこぼしてコーヒーを啜る。



「……どんなテンションで過ごして、どんな風にみんなと話せばいいか分からなくなったから。以上」


「もっと詳しくお願いします」


「だあぁ〜……カシコマリマシタ」


頭の中で高校であったこと思ったことを簡単に整理しながら、重い口を開く。



「ついこの間、行く前日の夜、家を出る時、学校に入る時。自分でも分からないけど、どっからか恐怖心がでてきた。行きたくないと思った。多分さっき言ったことが原因。さらにその元はもう分かんない」


「あなたがいつも言うわくわくとか言うものはどうしたんです?」


「恐怖心にあっさり負けたよ。なんか多分今まで抱えてたもんがぶわーっ!てなっちゃって、ポキッと精神の柱も折れて。で、行くのをやめて、今こうなってる。これでどう?」


「まあ…大丈夫です」


サラサラとノートにメモをしながら答えられる。


こんなこと人に話すことがあるなんて思ってなかった。普通聞きたくない話だし、私もあまり話してて気持ちよくない。



「でも、それが一番の理由な訳ではないですね?」


書き終わった死神さんが、また無表情な顔で私を見る。


知っているなら聞かないでほしい。


「そう。…でもここまででいいでしょう?」


「いいえ。全て話していただけなければ黄泉の国には送れません」


「どうして?あったことを確認するだけでよくない?その時の心境とか、それを見たくないから自殺したんだけど」


「全部話して、全部すっきりしてからではないといけないルールなんです。今のあなたはモヤモヤだらけです。目を背けてばかりでは何も変わりません。だから、」


「ああああもう分かった、分かったから。話せばいいんでしょ?」


「はい。話せばいいんです」


イラッとして頬が引きつった。この感じも慣れてきたけど。


コーヒーをぐいっと一気に喉へ流し込み、空いた缶を強く握り形を崩す。ああ、話したくない。



「私最近、ふわふわしたでかい夢ができたの」


「どんな夢です?」


「ずっと前から憧れの人がいてさ、その人とお仕事したいなって。そういう夢。でもどんなことして一緒に仕事するかは全く決まんなくて」


嫌な事実を口に出すのは、こんなにも嫌なことだっただろうか。次の言葉は考えられているのに、出したくないと、声が出ない。



「その憧れの人というのは、どんな方なんですか?」


話そうとしない私を気遣ってか、死神さんが聞いてくれた。


「気遣いじゃありません。興味本位です」


「そう。たしかに気遣い出来なさそうだもんね」


「失礼ですね。さっさと話してください」


「…私の憧れの人はね、声のお仕事をしてる方なの。綺麗な声で、その人の演じ方とか考え方が大好きで。遠い存在だけどたまに近くに感じちゃう。あと、面白い。笑ってるとことか笑い方とか、楽しそうにしてるとこっちまで楽しくなる。なんかもう、全部好きって感じ」


「あとは顔も好きなんですね」


「ちょ、それ言ったら顔ファンみたいなるからやめて??いや顔も好きだけどさ??優しいとことかそういうのが好きなの」


「実際優しいかは分からないじゃないですか。会ったことも話したこともないんですよね?」


「それを確かめるためにも一緒にお仕事しようと思ったの!」


そうだ、最初はたしか、一緒にお酒が飲みたいという願いから始まった夢だった。



「でも所詮は夢だしってなった。どんな仕事でとか、どうやったらーとかって考えたら夢が現実っていう色に変わってきて。自分はなにも出来ないって気付いちゃったの」


本当は一緒に仕事がしたかったけれど、そこに進む道すらも私は見つけられなかった。



「それでさらに行くのも嫌になっちゃって、毎日グダグダして。あーもう無理だってこの間突然なっちゃってさ。さっきあったことも相まって、行けなくなっちゃった。以上」


言い切って反応を窺うが、ノートを書いていてなにも返さない。ちょっと虚しい。



書き終わった様子の死神さんは、少し真剣そうな空気を纏っていた。さっきまでも重い空気で嫌だったのに、さらに重いと困る。そういうのは苦手だ。



「もし、生きていたとしたら、どうしますか?」



少し悩んだ。


私は夢を、生きることすらを諦めて死んだ人間だ。もう一度があったとしても、上手くやれる自信はない。


「どうやってあの人に近づけばいいのか分からない。私才能ないし、でも努力するの苦手だしやり切れる自信ない。また死のうとするかな」


「そうですか?あんな高いところから飛び降りる覚悟も勇気があったんです。頑張れると思いますよ」


「え、ありがとう…?死神ってそんなこと言うの?」


「むっ、死神差別はよくないですよ。死神なんてほとんど人間と変わりませんし、人たらしな死神もいます。実際私の弟は死神ホストやっています」


「へぇ、いろいろあるんだね。…あれ?」


弟っておかしくないか…?


「なにがおかしいんです?」


「いやだって、死神に性別なんてないーって言って、」


「はてさてなんのことやら」


「はぐらかされた…」


他愛ない会話をしていたら、さっきまでの嫌な感情が少し薄れているような気がした。どこからか自信が湧いてくるくらい明るくなれた。雰囲気も、もう重くない。



「ではそろそろ、嘆きの場にいきましょうか」


「なげ…?なにそれ?」


「はい。真っ暗な中でひとりになってもらいます。その中で様々な感情が湧き上がりますが、それを全てひとりで抱えてもらいます。最終的にどうまとまるかは、あなた次第です」


「…?よく分かんない」


「それも仕方ないでしょう。さっ行きますよ」


「えっ、ちょっとまって私暗いとこ苦手なんだけど、って聞いてよぉぉおお!!」

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