ここは地獄かと思ってた
「着きました」
またも一瞬。淡々と進められるのにはまだ慣れない。
「はあああ……」
大きなため息がもれる。
ここには、二度と戻りたくなかった。
戻ることなんてない、ありえないと思ってた。いや普通ありえないんだけどさ。
今、現実になってしまっている。
暗い部屋なのになぜかよく見えて、あの頃のことが思い出されて、嫌な気分。
「ここは……家ですか?」
「そ、この頃借りてたアパートの一室。私は平日の昼間だというのに部屋を真っ暗にして引きこもっているのです」
「不登校ってやつですか」
「そうだねぇ」
「原因は?」
「ストレートに聞きすぎじゃない??もうちょっとなんかオブラートに包んだりしない??」
私の意見という名の文句を聞いた死神さんはふむ、と考えた素振りをした。表情は変わらない。
「コーヒーいりますか?」
「いやいらないけど…それどっから出したの」
「…四次元ポケットです」
「分かった触れないでおくね」
死神さんがおそらく気を使って出してきたのは缶コーヒー。私が最近自販機でよく買ってたやつ。
これがオブラートの結果だったらなかなか面白いと思う。
「あれはなにをしているんですか?」
真っ暗な中ひとり喋りながら姿勢悪くカチカチとやっている中学の頃の私を指さし死神さんが言った。
「YouTubeで曲聞きながらゲームしてるの」
「ひとりで喋っているのは?」
「独り言癖なんだよ。勝手に出てきちゃう」
「傍から見たら変人ですね」
「オブラートに包めっつったの忘れたんか」
またサラサラとノートになにか書いている。今絶対変人とか危ない人とか書かれてる。そんな気がする。
私はこれを人が結構いる所でもやってしまうから、変人の自覚も危ない人の自覚もある。人からの視線には慣れてしまった。
「あなたの左手のそれは、この頃つくったものですよね?」
書き終わった死神さん。今度は私の左手の甲を指さした。
「うん。昔っから感情のコントローラーが下手くそだったんだけど、この頃もっと酷くなっちゃってね。ある日爆発して喚きながら引っ掻いてたら消えない傷になっちゃったぁ」
一応キャラをつくってにしし、と笑いながら言っておく。心のなか読まれてるなら無駄なんだけど、癖だから。
少し冷たいような目でへぇ、とだけ返された。なんだか胸がチクリと痛んだ。
「中学では、なぜ行けなくなったんです?」
「嫌なことの積み重なりって感じかな」
「詳しくお願いします」
目いっぱい嫌な顔をするが、無視された。
私が折れた。
「クラスメイトとか部活の人らに小学生みたいないじりをされた。今なら絶対耐えられてる。でもその時は、こう、色々あって耐えられなかった」
「色々ってのは家族関係ですか」
「なんだ、全部知ってんじゃん。そーだよ。色々めんどくさいことが起こる前だったけど、なんとなく勘づいて、なんかいっぱい、私が考えても無駄なのに考えて、学校と両立なんて無理だった」
「それで行くのをやめた、と」
「そう。後悔はしてないけどね。私今やられたとして、いじりは耐えれてもあの環境は耐えられないわ」
そう考えたらこの頃の私すごいえらいなと自分で自分を褒めながら死神さんが書き終わるのを待った。
「次は高校時代、最近のことですね。いきましょう」
「へーい」
この頃慣れない環境に慣れようと作った新しい自分のキャラは、今では馴染みすぎて本物が消えるくらい。
まあ色んなとこで役立ったからよかったとか思ってるけど。作りたての頃は大変だった。
お疲れ様、あなたはよく頑張ってるよ。
私があの頃一番言って欲しかった言葉。心の中で小さく呟いた言葉は、じんわり温かく広がった。
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