第14話 エルフ領3

イクステリア王国 国境都市【ラムレス】付近


「これは、もっと早く出来ないのですか?タリス」


着ている衣装は質素で宝飾類も身に付けていないが、身体中から溢れ出る風格が隠しきれていない。腰まであるクセのない長い銀髪、緑色の瞳で少し幼さが残っているが、かなりの美少女が尋ねた。


「申し訳ありません、姫様。これ以上は難しいかと・・・」


侍女と見られる女性が申し訳なさそうに答えた。


「ハァ・・・。イクスタル研究所の自慢の船も大した事ないですね・・・・」

ため息交じりに呟く少女。


「お許し下さい。この船はまだ試作段階ですから・・・・」

苦笑いしながら、タリスが答える。


彼女達が乗っている船は、地上すれすれを飛行している。白銀の両刃剣の様な形状をしており、側面には王家の家紋があるのだが、今は諸事情があり認識阻害の魔法をかけている。


【試作飛行挺2号機 マクスフィルス】

地上の魔素を動力源とし、魔力回路を介して操縦士の魔力を利用して飛行する。

乗員は5~6名まで可能で、通常は操縦士1名、助手2名が交代して魔力供給し運転するが、タリスは1人で魔力供給し操作、操縦していた。

かなりの魔力保有者である。


「非公式で訪問したとはいえ、あちらの方々は随分な対応でしたね」


「致し方ありません。まさか、姫様自ら来訪されるとは思いもしなかったでしょうから」


「あちらの習わしに従って、質素な服装にしたのに意味が無かったのでしょうか?」


「・・・いえ、おそらくは飛行挺この船が原因かと・・・・」

確かに、他国の試作飛行挺でいきなり重要人物に来訪されたら、誰しも驚くのは無理もない。


「だって、早く帰りたかったから・・・。仕方ないじゃない?」

国家機密の試作飛行挺を強引に持ち出し、隣国に向かったとは思えない、上目遣いで恥ずかしそうに答える年相応な可愛い仕種に思わず笑みがこぼれてしまうタリス。


「フフッ。確かに、ようやくお会いできますからね」


タリスが微笑みながら言うと、満面の笑みで答える少女。

「はい!ようやく会えますから!ずっとずっと、お母様と楽しみにしていたのです。あぁ、早く会いたい。会って色々お話したいし、一緒にお出かけもしたいです。時間はいくら有っても足りません!」


早口でそこまで捲し立てると侍女に再度頼み込む。

「ですからタリス、出来る限り急いで下さいね!」


クスリと笑いタリスが答える。

「畏まりました。殿。速度を限界まで上げますので、座席のベルトをお締め下さい」

「分かりました。頼みます」

シルヴィアナがベルトを締める。


試作飛行挺を限界速度ギリギリの運航をするという、無茶苦茶な主と従者である。これを知ったら開発者がショックで卒倒し、女王がこめかみを押さえるだろう。


「行きます!」

タリスが魔力を飛行挺の魔力回路に注ぎ込むと白い機体全体に青い光が包みこんだ。

ドン!!!

更に速度を上げて飛行挺は飛んでいった。


エルフ領 〈深緑の里〉


入浴後のまったりとした時間を過ごしていた響達の部屋にノックがした。

響は隣の寝室で休んでいる茜の様子を見に行っている。


控えていたミアナがエレナとアイコンタクトをして、エレナが頷くのを確認して扉を開ける。するとカイルが立っていた。

エレナに尋ねるカイル。

「族長邸から夕食の準備が出来たと使いが来たが、響様と茜様は行けそうか?」


「そうですか、響様は大丈夫ですが茜様が今お休み中で・・・」

エレナがそう言いかけたが、そこに茜の元気な声が重なる。

「ごはん?食べるよ!お腹すいたし!」


エレナが振り向くと、復活した茜とその横で苦笑する響が立っていた。


「・・だそうです。エレナさん達も一緒に行きますよね?」

響が尋ね、エレナも苦笑しながら頷いて答える。


「はい、ご一緒させて頂きます。族長も響様方にご挨拶したいとの事でしたし」


「では、私があちらに伝えて来ましょう。エレナ達は響様と茜様をご案内してくれ」

カイルがそう言って族長邸に行こうとするが、エレナに呼び止めれた。


「待ってください。将様はどうされたのですか?ルシアもいない様ですけど」


「あぁ、将様なら響様方とエレナが入浴中に里の見学に行かれたが・・・まだ戻られていないのか?」


「はい?里の見学?・・・まさか1人で行かせたのですか!」

眉をひそめカイルに問いただすエレナ。


「いや、ルシアがちゃんと付いていったが?」


「えっ?ルシアが1人だけ?」


「ああ、里の中だし問題ないかと」


そこまで話してエレナが顔面蒼白になって固まった。

カイルは怪訝そうにエレナを見る。


「どうした、何か問題が?将様も見たところかなり腕がたつ様だし、ルシアもいれば大丈夫だろう?」


確かに、そう言う意味では問題はない。

が、エレナが心配したのは後ろの方だった。


エレナがゆっくりと後ろの響を見る。


「そうですか。里の見学ですか・・・・」


ここに至って、カイルは己の失態に気が付いた。

既に遅いが。

「あ、いえ、響様と茜様はまだご入浴中でしたので先に出た将様が少しだけ見学したいとの事でしたし、私は護衛中でしたので、ルシアがご案内を申し出てですね..その決して将様がルシアを誘った訳ではなく..」

早口で必死に事の経緯を説明するが、更にドツボに嵌まるカイル。


「そうですか、ルシアさんが案内を申し出てですか・・・」


(あ、ルシア死んだ・・・・)


その時、響の様子を見ていたエルフ一同全員が心の中で悟った。


そんな騒ぎの中、宿泊屋敷廊下に話し声が聞こえてきた。将とルシアのようだ。


「すみません、無理言って」


「いえ、私も楽しかったですから大丈夫です。でも流石、男の子ですね。私はもう無理です」


「そんな、ルシアさんも凄かったですよ?」


「止めて下さい。恥ずかしいです」


会話を人族より耳が良いエルフ一同が聞いていた。全員冷や汗が倍増した。


(ルシア、恐ろしいおんな。まさか、早くも将様と...)


同じ事をエレナ、ミアナ、サリアが心の中で呟いた。


「皆さん、どうかしましたか?」

顔は微笑んでいるが、凄まじい圧力の響。


「いえ、何でもありません!将様も戻られた様ですから、私は先に族長邸に行っております」


恭しくお辞儀をしてカイルが将達が来る反対側の廊下に出て逃げ出した。


「あっこら!待ちなさ・・・・」

エレナが止めようとしたが、既に姿は無かった。

流石の第一騎士団団長。逃げ足も素早い。


(くッ、カイル、後で殺す!)

エレナが、心の中で誓った。


将は自分の部屋に戻り着替えるようだった。

ルシアは響達の部屋に向かい、ノックをして入って来た。


「ただいま戻りました。あれ、皆どうしたの?何か空気が重いけど?」


ルシアが部屋の中の空気と、エルフ達の雰囲気がおかしい事に気付いて尋ねた。


素早くエレナがルシアを確保して響と反対側の壁際に連れていく。


「ルシア、貴女ねぇ・・・。何してくれてンですか!」

小声でエレナがマジギレした。


「はい?何の事よ?私は今まで将様に里のご案内をして来ただけだけど・・・。いけなかった?」


「案内って、何処を!」


「ん~と、食べ物の屋台とか、エルフの工芸品を見たいって仰ったから、近くのアクセサリー屋とか武具屋とか行ったけど?それが何?」


ルシアも響の様子に薄々気付いて、声量を上げて続けて答えた。

「将様ったら、屋台で美味しそうだからと言って結構食べてね。私も最初はお付きあいして食べたけど、さすがに途中で諦めたわ」


「あ~、紛らわしい会話しないで下さいよ~」


エレナがその場で膝から崩れ落ち、ミアナとサリアが心底ホッとした顔をした。


響がエレナとルシアの所に来て言った。

「ルシアさん、ご迷惑おかけして、すみませんでした」

先程以上の圧力笑顔で、詫びる響。


「とんでもありません。ですから」

ルシアも負けじと、圧力笑顔で答える。


「そうですか。ウフフフ」

「はい、そうです。ウフフフ」

響とルシアの迫力ある会話に茜以外、一同はドン引きした。


「何か、こっちに来てお姉ちゃん楽しそうだね?」


茜が言い、焚き付けた張本人エレナが達観した様子で答えた。


「ある意味では、楽しいでしょうね・・・多分」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る