第7話 2年前の回想 side響(前)

『大丈夫だから。僕は側にいるから』


あの時の将の言葉が、今でも心に残っている。


自分が起こした不可解な現象。

何が起きたのか、何故自分がこんな事が出来るのか分からず、不安と恐怖で呆然とした。


あの日は将から頼まれ、約束をした稽古の日だった。

生徒会に入ってからは、将とは夕方の稽古をまったくしていなかった。

生徒会参加は、先輩(前生徒会役員全員)と教員からのダブル推薦(嘆願)で断る事が出来なかった。

ただ生徒会の業務は多忙ながら楽しかった。

学校の様々な事が多方面的に分かるし、他の役員達と過ごす時間も今までに経験したことがない事ばかりで毎日新鮮な日々だった。


幼少の頃から初等部まで身体が弱く、学校も休みがちだった響は、ひたすら身体を鍛えた。

基礎体力をつけるトレーニングは勿論、稽古の質、時間も少しずつ増やしていった。

両親や他の門下生にもアドバイスを受けながら。

元々の素質もあったのか、周りが驚く程に剣術の技術を上げ、基礎体力も向上した。


そして、中等部に進学する頃には将と肩を並べるほどになっていた。

勿論、勉強も休みがちだった初等部の頃から成績は常に上位だったし、中等部から現在の高等部までは常にトップをキープしている。


あの日の前夜、翌週予定していた三者面談の急な変更を伝える為に、深夜両親の部屋に向かった。

父の帰宅が遅かった為、まだ両親は起きていると思ったのだ。

部屋の前につきノックをしようとしたその時、思いもよらない言葉が聞こえてきた。


『最近は、響も随分身体が丈夫になって良かったです』

『そうだな。こちらの世界で引き取り育てたのは間違いではなかった様だ』

『姉にも手紙で伝えましたが、喜んでいました』

『いずれ、再会させてやる事も出来るだろう。その時は・・・』

『はい。あの子の望む通りにしてあげましょう、真』

『わかっている』



(・・・え?私の事?私がお父様とお母様の本当の娘じゃない?こちらの世界ってどういう事?)


あまりに衝撃的な事実を聞かされ、渡すはずだった学校からのプリントも部屋の前に落としたまま自分の部屋に戻った。


翌朝、響に両親が何か聞きたそうな雰囲気だったが

逃げるように家を出た。


今日1日、昨夜の事が頭から離れず授業にも集中出来なかった。友人達とは普段通りに接したつもりだったが、どこか無理があったかもしれない。


生徒会は元々今日は休む予定にしていたので、生徒会長にメールで謝罪して帰宅した。

そして、夕方母屋には帰宅せず、そのまま道場に入って稽古着に着替え将を待った。


道場内、正座をして精神を落ち着かせようと目を閉じる。

しかし、心の中が今まで経験した事がないほどに、乱れていた。


(いけない、これでは将に心配させてしまう)


焦れば焦る程、更に乱れていく。

(どうしたら良いの?私は誰なの?)


そして、素振りをして気を紛らわそうと目を開いた時、目の前に信じられない光景が映った。


道場内の木刀、竹刀、薙刀等が全て、道場の中で宙に浮いていた。

「えっ何?何なのこれ・・・?」


少しすると、宙に浮いていた木刀等が響の周りで円を描いて回りだした。

「えっ?まさか私がやっているの?どうして?」


更に速く回り出す木刀や竹刀。

そして、何故か響には家に着いた将が道場の壁を透かし視えた。

「将?駄目、来ては駄目!」

すると、全ての木刀の回転が止まり、宙に浮いたまま将に狙いを定めたかの様に切っ先を向けた。

(えっ?まさか将を攻撃しようとしているの?何故?ダメ、止まって!)


将が道場に向かって来ようとすると、木刀が震えだし、まっ直線に飛んでいきそなその時、

「イヤーー!ダメー!」

全身に力を入れて、絶叫した。


すると、地面が揺れ、道場の中が目映く光った。

ドドドッ!!!

衝撃音が響き、光が収まると、道場内いっぱいに折れたり砕けた木刀や竹刀が散乱していた。


「あ・・・・」


全身の力が抜けていまい、その場に座り込んでしまう響。


将が道場に勢いよく入って来た。

「姉さん、無事か?何があった、、、」

言葉が止まり、呆然と道場内を見渡す将。


直ぐに響の側に駆け寄って来た。

「姉さん、大丈夫?ケガは無い?」


将が心配して声をかけてくれている。

答えないとと思い声を出そうとするが、あまりの出来事に頭の中が混乱して、声が思うようにだせない。



「あ、えっ・・だ・・・」

(あ、ええ、大丈夫です)

その一言さえ、だせなかった。

恐怖心と不安が入り交じり、悪寒さえしだした。


将は響のケガがないか確認したようだった。


「遅れてごめん、姉さん。側にいるから、大丈夫だよ?きっと母さんも直ぐ来るから」


「あ・・しょ・・・た・・・」

(将、大丈夫ですから)

声を振り絞って出そうとするが、出せないでいた。


(怖い、怖い、何でなの?私は将に何をしようとしたの?)

必死に恐怖に耐えていると、いきなり将に抱きしめられた。


「?えっ、しょ・・」


響が声を出す。いきなり将に抱きしめられ、一瞬頭の中が真っ白になった。


「大丈夫だから。僕は側にいるから」


そこに、心に響く言葉が聞こえてきた。

つい先ほどまで感じていた恐怖心は和らぎ、身体も暖かくなってきて震えも止まった。

(暖かい、安心できる・・・・)


「将。あの・・・」


将の名前をはっきり呼べた。


身体を放し話しかけてくる将。


「姉さん、大丈夫?」


「はい、あの少しまだ身体が動かしづらいですが・・・」


「良かった。ケガしてない?」


「はい。していません」


だいぶ復活してきた自分を見て安心した様子の将。


そして、今の自分達の状態に気がついたらしい。


「ご、ごめん!その、あの、とにかくごめ・・・」


将があわてて、響から放れようとするが響がその手を握りしめた。


(将が無事で良かった。それに私を心配して、こんな状況でも側に来て抱きしめてくれた。嬉しい)


心の中が暖かくなり、恐怖心も不安感も大分和らいだ。


響が間近から、将を見つめ微笑みながら言う。


「ありがとう、将」


「え、あっ。うん」


固まる将を見て、思わず笑みがこぼれる響。


そこに、凛が道場にかけこんできて叫ぶ。


「響!?無事ですか!?・・将?」


「お母様」


「母さん、遅いよ」


先ほどの騒ぎから、暫く時間が過ぎていた。


「ごめんなさい、離れにいたから。響、大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。将が付いていてくれましたから」

凛は急ぎ足で響の所に来ると正面にしゃがみ、響の顔を両手で優しく包み自分に向けた。

「そう。響、ちょっと私の眼を見なさい。まっすぐですよ」


「はい」

(え?お母様の瞳の色が金色に光ってる・・・?)


『響、聞こえますか?』

頭の中に直接、母の声が聞こえる。

驚きはしたが先ほどの事に比べれば恐くなかった。

『・・・はい』

『昨夜の真と私の会話を聞いてしまったのですね。

ごめんなさい。あなたにはいずれ話すつもりでした』

『・・・・・』

『ただ、これだけは言わせて下さい。私も真も、あなたの本当の母親てある姉も、あなたを守る為、救う為にしたことです。決して辛い思いをさせるつもりはありませんでした』

『お母様・・・・』

『あなたは私達の娘です。それは変わらない。そしていつか、私の姉と再会した時もう一度話しを聞きなさい。どれだけ悲しかったか。どれほど泣いたか。姉は苦渋の決断をして私達にあなたを託したのです』

『私を救う為に苦しんで?・・・』

『ええ。姉は今でもあなたを愛しています。再会出来る事を信じて・・・』

『うっ・・・』

響の瞳に涙がたまる。

そっと、凛が優しく微笑んで涙をぬぐった。

『少し休んで落ち着いたら、またお話しますね』

『・・はい』


将は少し離れてその様子を見ていた。

会話は聞こえていない。


その間に真が帰宅。異変に気づいたのか母屋ではなく、道場に入って来た。


「響!凛!無事か?」

真も珍しくかなり焦った様子だ。


「あ、父さん。お帰りなさい」


思わずいつもの対応をしてしまう将。

「、、将もいたのか。ああ、ただいま。で、どうだ凛?」

真の声に響から眼を離し、真に振り返る凛。


「大丈夫です。ただ休ませたほうが良いですね」


ホッと安心した様子の真と将。


「では俺が部屋に運ぼう。響つかまりなさい」


「はい。心配かけてごめんなさい」


「話しは後だ」

真が響を背負って母屋に運んでいった。


真が母屋に向かう途中、響に話しかけた。

「響、すまなかったな。もっと早く伝えるべきだったかもしれない」

やはり、父も気づいていた。昨夜の会話を響が聞いてしまった事を。


父がどんな顔をしているかはわからない。

だが、きっと辛そうにしているのはわかった。

「いえ、お母様から少し教えてもらいました。私こそごめんなさい」

「謝るな。響は何も悪くない。悪いのは父さん達だ」

「お父様・・・」

「母さんも言ったかもしれないが、お前は私達の娘だ。今までも、これからもずっとな」

「うっ、おとうさまぁ・・・」

その後は言葉にならず、父の背中にしがみつき泣きじゃくった。まるで、幼子のように。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る