第6話 2年前の回想 side将
『ありがとう、将』
あの時自分の手を握りしめ、そう言って微笑んでくれた姉、響の顔は今でも鮮明に覚えている。
西蓮寺学院高等学校 1年1組教室
自分の窓際の席に座り、朝からだるそうにしている将。
ふと、最近の自分に対する姉の接し方を思い出していた。
最近は姉と顔を会わせれば小言か、稽古でうち込められる時だけ。
食事は家族でとる事が西蓮寺家では決まっているから、余程の事情がない限り一緒ではあるが。
その時、姉との会話はほとんどない。
別にお互い避けているわけではないし、嫌ってもいない。少なくとも将は。
将が中学2年位までは、稽古以外で良く会話もしたし茜も一緒にゲームで遊んだりもした。
「やっぱり、あの時からだ。姉さんとの距離感が変わったのは・・・・」
2年前 西蓮寺家
(ヤバい、遅れた。姉さん、怒ってるかな?)
家路を全速力で、走って帰っている将。
いつもの夕方の稽古の時間、つい友人達の買い物に付き合っていたら、いつの間にか稽古時間を越えていた。
「たまには良いだろ。大丈夫だって。響さんも許してくれるさ」
友人の一人であり、初等部からの付き合いである晃が言った。
「そうかな。でも今日は俺が無理言って頼んだから。やっぱり帰るよ。ごめんな」
「わかった。また明日」
「ああ、またな」
最近は響が生徒会の仕事で忙しく、あまり一緒に夕方の稽古は出来ていなかった。
何より家で響がいつも楽しそうに話すのは、生徒会の事ばかりだった。
最初の頃は、気にしなかった。むしろ昔は身体が弱く、初等部は休みがちだった響の事を思うと良かったと家族全員思っていた。
しかし、ずっと一緒に稽古をしてきた将にしてみれば自分の事を蔑ろにされている思いもあった。
だから、ついある日言ってしまった。
「姉さん、最近全然夕方の稽古してないじゃないか。たまには一緒に出来ないの?」
「ごめんなさい。まだ生徒会の業務に慣れていなくて帰りが遅いから・・・。その後では将に悪いかと思って・・・」
「だったら、今度1日だけで良いから一緒に稽古しよう?駄目かな」
少しうつむき、考えている様子の響。そして、顔を上げ、微笑みながら答える。
「・・・はい、わかりました。来週1日だけですが将と稽古します」
「本当?約束だよ!」
多分断られると思っていた将はかなり喜んだ。
「はい、約束します」
響もどこか嬉しそうに頷きながら答える。
(それが、これじゃな・・・俺の大バカ野郎!)
自分に悪態をつき、とにかく急いだ。
そして、家に着くと母屋にはいかず稽古着にも着替えないで道場に走って向かう。
すると、道場から悲鳴が聞こえた。
「イヤーー!ダメー!」
思わず立ち止まる将。稽古の声じゃない。
そして、地面が揺れ道場から衝撃音が響く。
しかも、道場内から何か眩しい光が漏れていた。
「姉さん?」
我に帰り、道場の扉を勢い良く開ける。
「姉さん!大丈夫か!?何があった・・・・」
響を叫んで呼び、道場内の中央に座り込む姿を見つけた。
だが、響の周りを見て言葉が思わず止まる。
響の座り込んだ周りにいつも道場内の壁にかかっている木刀と竹刀が全て床に散乱していた。
その全てが一部は折れて、または砕け散っていた。
(何があったんだ?こんなこと・・・ウソだろ?)
とにかく、今は姉が無事か確かめないといけないと思い響に駆け寄る将。
「姉さん大丈夫?ケガはない?」
「あ、えっ・・・だ・・」
響が将を見て、何か話そうとするが言葉が出ない。
ブルブルと身体が震え怯えている。
こんな姉を見たのは初めてだった。
ケガは無いようだと稽古着の上から判断して、さらに話しかける将。
「遅れてごめん、姉さん。側にいるから、大丈夫だよ?きっと母さんも直ぐ来るから」
「しょ・・・、た・・・」
何か必死に話そうとする響だが、まだ言葉が出ない。ただ震えて、必死に何か耐えているような様子だった。
そして、思わず将は響を抱きしめた。
「!?えっ、しょ・・・・」
響が声を出す。
「大丈夫だから。僕は側にいるから」
しばらくすると、響の震えが止まっていた。そして、
「将。あの・・・」
将の名前をはっきり呼んだ。
身体を放し話しかける将。
「姉さん、大丈夫?」
「はい、あの少しまだ身体が動かしづらいですが・・・・」
「良かった。ケガしてない?」
「はい。していません」
だいぶ復活してきた響を見て安心する将。
そして、今の自分達の状態に気がつく。
「ご、ごめん!その、あの、とにかくごめ・・・」
将があわてて、響から放れようとするが響がその手を握りしめた。
(えっ?・・・・)
思考が停止する将。
響が間近から、将を見つめ微笑みながら言う。
「ありがとう、将」
「え、あっ。うん」
固まる将。
そして、凛が道場にかけこんできて叫ぶ。
「響!?無事ですか!?将?」
「お母様」
「母さん、遅いよ」
先ほどの響の悲鳴から、暫く時間が過ぎていた。
「ごめんなさい、離れにいたから。響、大丈夫ですか?」
西蓮寺家は武家屋敷でかなり広い。母屋と道場は隣り合わせだが、離れは来客用の洋館で母屋と道場の反対側にあり少々遠かった。
それでも、この騒ぎに気づき道場にかけつけた凛も只者ではない。
「はい、大丈夫です。将が付いていてくれましたから」
「そう。響、ちょっと私の眼を見なさい。まっすぐですよ」
「はい」
しばらく見つめ合う二人。
将は少し離れてその様子を見ていた。
(気のせいか?母さんの眼が金色に光っている?)
その間に真が帰宅。異変に気づいたのか母屋ではなく、道場に入って来た。
「響!凛!無事か!?」
「あ、父さん。お帰りなさい」
思わずいつもの対応をしてしまう将。
「将もいたか。ああ、ただいま。で、どうだ凛?」
真の声に響から眼を離し、真に振り返る凛。
「大丈夫です。ただ休ませたほうが良いですね」
ホッと安心した様子の真と将。
「では俺が部屋に運ぼう。響つかまりなさい」
「はい。心配かけてごめんなさい」
「話しは後だ」
真が響を背負って母屋に運んでいった。
「将、道場の中を片付けておいてくれますか?
私はしばらく響についていますから。茜には私から伝えます」
「伝えるって、こんなのどう説明するの?」
「お母さんに任せなさい。将も黙っていて下さい」
「でも・・・・」
「わ か り ま し た ね?」
凛は笑顔たが、眼が笑っていない。
「・・・はい、わかりました」
普段はのほほんとしてはいるが、怒らすと一番怖いのは母だ。言うことを聞く以外ない。
将は従う事にした。だが、これだけは確認したかった。
「姉さんは本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。事情はまたいずれ話します。必ず」
「わかった」
その夜、将はほぼ徹夜で道場内を片付けた。
その後響は2日学校を休んだ。騒ぎの翌日に両親と何か話しをしていた様子だが、内容までは聞けなかった。
そして、響とはあまり話しをしなくなっていた。
最初は将なりに気を遣い、しばらくはそっとしておこうと思っての事だった。
それに騒ぎの日を思い出すと、響と何を話せば良いか、どう接すれば良いか分からなくなってしまい、将から話しかける事が日に日に減っていった。
現在 西蓮寺学院高等学校 1年1組教室
既に授業は終わり、下校時間になっていた。
将の様子を見て、友人達が心配して話しかけてきたが反応がほぼなかった為、先に帰っていった。
「帰るしかないか・・・」
今夜は【大切なお話】が待っている。いつまでもこうしてはいられない。
重い足を引きずるような気分で無理やり家に向かった。
すると家路の途中、ちょうど学校と家の中間にある公園前の交差点で信号待ちしている響がいた。
「姉さん」
声をかけると、響が振り返った。
「将?」
将にはその表情が、あの時の怯えていた表情に見えた。
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