第6話 お泊りは突然に
「ちょっとリーン! 何か着なさいよ!」
「いいじゃない。さっぱりした後には裸が最高よ!」
羽をパタパタとはためかせて美桜の横に移動をしたリーンは、美桜が温めているカレーを見て早く食べたいと言っているようだ。
「もうすぐできるから待ってなさいな。黒羽君の隣に座ってなさい」
「はーい」
ソファーに座っていると美桜の言葉通りにリーンが左隣に座った。
先ほどまでは裸であったが、今は白いワンピースを着ているようだ。いつの間に着替えたのかと驚いていると、リーンが魔法だよと教えてくれた。
魔法って便利すぎない!? 俺も魔法を変えるようになったら生活の利便性を向上させたりしたいなー。
「部屋から魔法で持って来たんだよー。魔法は便利!」
「そんなことはできるのは精霊だけよ。人間にはそんなことできませーん」
カレーをさらに盛り付けながら美桜が無理無理と言っていた。
精霊って凄いんだなと感じていると、美桜が食べましょうと言ってくる。出雲はソファーから立ち上がってダイニングテーブルの椅子に座ると、美味しそうな匂いが鼻の中に入ってきた。
「凄い美味しそう! これ夕凪さんが作ったの!?」
「そうよ。リーンは料理が出来ないからね」
「そんなことないもん! ゆで卵くらいは出来るもん!」
「それは料理なのかしら?」
料理のことで言い合っている二人を見ると、仲が良いんだなと感じる。
俺もこんな言い合える友達が欲しいなと考えていると、美桜が食べましょうとスプーンを手渡してきた。
「ありがとう。じゃ、いただきまーす!」
スプーンでカレーを一口食べると、辛さの中に甘みがあって今まで食べたカレーの中で一番美味しいと感じる。
しかも初めて食べる同級生の手作り料理であるので、それも相まって美味しかった。
「姫様の料理は美味しいでしょ! 料理の腕は天下一品よ!」
リーンが美桜のことを姫様と呼んでいることが気になっていた。どういう意味なのか聞いてみたいが、教えてくれるのか不安で聞けない。
しかし隣に座って美味しそうに食べている美桜の姿を見て、今なら聞けるだろうと考えた。
「夕凪さんはどうしてリーンさんに姫って呼ばれているの?」
「それはねー。姫様が姫様だからだよ!」
そう言ってリーンは美味しいとカレーを食べ進めてしまう。
姫様が姫様とはどういうことなのか。まったく意味が分からないまま夕食が進んでいく。
「姫っていうのはね、私はある国の王族の一人なの」
「王族……それって……」
「そうよ。私は国の命令で、王族としてこの世界を侵略しようとする悪と戦っているの。私だけじゃなくて、他にも各地域や国々にも国の人や様々な種族が派遣されて戦っているわ」
「私は姫様のサポートで一緒にいまーす! う~ん、カレー美味しい!」
リーンはルーを皿からこぼしながらも食べ進めているようだ。まさか同級生が別世界の王族で姫だとは思わなかったので、突然のことに頭が混乱してしまう。
いつも一緒にいたクラスメイトが別の世界の王女!? 衝撃過ぎて理解が追い付かないよ。今まで通りに接していていいのかな?
「驚いたかしら? 私はこの地域や日本を守るために遣わされたの。私達のことは黒羽君以外の人は誰も知らないわ。もし知られてもすぐに記憶を消したりしているわ」
「そうだったんだ。でもどうしてこっちの世界に侵略しに来るの?」
「それは追々話すわ。一度に話すとパンクしちゃうわよ?」
「わかったよ。あ、カレーありがとう。凄い美味しいよ」
「そう? ならよかったわ」
それからは特にこれといった情報を聞くことなく夕食が進んでいった。
他愛無い話をし、リーンがこぼしたルーを出雲が拭いて美桜に謝られたくらいである。
「早く綺麗に食べるようにしなさいよ! いつまでもこぼして食べないの!」
「いいじゃん! 美味しいんだもん!」
美味しい美味しいと言いながら美桜は押し切られてしまい、分かったわよと言って後片付けをし始めていた。
「俺も手伝うよ」
「ありがとう」
出雲は美桜と共に後片付けをしていると、リーンが体はどうと突然話しかけてきた。
「どうってどういうこと?」
「体が変化するような感覚があったんでしょ? この世界の人間は私達の世界の人間とは構造から違うから一歩間違えたらショック死してるはずだと思ってね。あ、このプリン美味しい!」
プリンを食べながら心配をされてしまった。
構造から違うということは魔法みたいなことを扱える体ということであろうと考えることにした。
「確かに気持ち悪さとか体の中を掴まれて弄られる感覚はあったけど、ショック死する程じゃないと思うけどなー」
ショック死がどれくらいで起きるのか分からないが、死ぬっていうほどではなかったことは覚えている。
「無事ならいいけど、もし体に何かあったら言ってねー。精霊魔法を使って癒してあげるよー」
ダイニングテーブルに寝転がりつつリーンはプリンを食べながら言う。
寝転がって食べたら気持ち悪くならないかと思うが、スルーすることにした。
「リーンの言う通りだけど、もしかしたらうまく精神と合致して負担が少なかったのかもしれないわね。良いことだわ」
「そ、それなら良かったよ……」
もしかしたら死んでいたと言われると素直に喜べないが、それでも力を使えるようになって美桜を救えたのは良かった。
皿を洗い終えると、ソファーに座りましょうと美桜に言われて二人は移動をした。
「とりあえず、初戦闘お疲れ様。助けてくれてありがとうね」
「いや、結構苦戦をしたけど夕凪さんが力をくれたからだよ」
「どれだけ力を取られたか分からないけど、時間が経過すれば私も力が戻ると思うわ」
そう言って美桜は右手に刀を出現させた。
「精霊と違って他の種族は自身の武器を持つの。分身とも言われているわね」
「分身か……俺は剣と刀を持っているけど二つあるのは珍しいの?」
「そうね。剣は黒羽君の元々あった武器で、刀は私の力を受けて出現したんだと思うわ。もう受け継いだ力が体に根付いちゃっているから武器が二つ存在すると思うわ」
根付いていると聞くと、美桜から力を奪ったと言った角を生やした男性の言葉を思い出してしまう。
「夕凪さんから力の大半を奪ったってあの角を生やした人が言ってたけど、大丈夫なの?」
「角を生やした人? あぁ、鬼族ね。まだ力の大半を失ったって実感はないし、刀も出せるから私の力は残っているはずよ。それに、時間が経過すれば元に戻ると思いたいわね」
「なら良かったよ。安心した」
ソファーに体を預けて天井を見ていると、リーンが頭部に乗って汗臭いと鼻を摘まみながら言ってくる。
「あ、ごめん。戦っていた時に冷や汗とかたくさん流れてたかも」
「お風呂入りなよー。姫様いいよねー?」
リーンが美桜に聞き始めると出雲はそこまではいいよと焦りながら止めようとするが、いいんじゃないかしらと呆気なく決まってしまうのであった。
「風呂に入っていいの!?」
「ていうか泊まればどうかしら? まだ話したいことあるし」
泊まればと突然言われて心臓が高鳴ってしまった。
同級生の、それも女性の家に泊まるなんて考えたこともなかったからである。
「き、着替えがないけど、どうすればいい?」
とりあえず着替えがないから帰る方向に持っていこうとする。
「あ、それは商店街にリーンが買いに行くから安心して」
呆気なく帰る方向の選択肢は消えた。
「えー! 今から行くの嫌だよー!」
拒否をしたリーンを見ていいぞと心の中でガッツポーズをするが、美桜が朝食にコロッケをあげるわと言った瞬間に姿を美桜に変えて、行ってくるねと財布を持って家を出て行ってしまう。
「一瞬で姿が変わるんだ……魔法って凄いね……」
「あんなことが出来るのは精霊だけよ。他の種族には出来ないわ」
「そうなの?」
「そうよ。ある程度のことは風呂から出たら教えるわ。今は温まってね」
「あ、ありがとう」
逃げられないと思いとりあえず祖母に連絡をすることにした。
通話をかけると嘘でしょと驚かれたが、せっかくだし泊まらせてもらいなさいと言われてしまう。
「あ、ありがとう。楽しんでくるね」
祖母を心配させないように楽しんでいる風に装って答えた。心の中でごめんと言いつつ通話を終えると、美桜に言われた場所に進んで行く。
風呂場は大きくもないが狭くもないちょうどいい大きさであり、浴槽も完備されていた。小さな椅子があったので服を脱いで椅子に座って体を洗っていく。
「まさか風呂に入るなんて……ちょっと緊張する……ここで夕凪さんがいつも体を洗っているのか……」
風呂の中を眺めると、左の棚に白色のボディタオルが一枚あることに気が付く。
これはもしやと思い手に取ろうとするが、その大きさから美桜が使っている物であると確信があったので触るのはやめた。
「触ったのがバレたらどうなるか分からないからな……」
触って見ないけど触れない。
とてつもないジレンマ襲われながら体を洗うことが出来たが、手で体を洗ったのでちゃんと洗えているのか分からない状態になっていた。
それから髪も洗って風呂場から出ると、ちょうど脱衣所の扉を美桜の姿をしているリーンとバッタリと会ってしまった。
「あっ!? ご、ごめん!」
脱衣所に置いてあるバスタオルで体を隠すがリーンは特に反応がない。
むしろ全く裸に興味がないような感じでもある。
「種族が違うから特に気にしないわー。隠さなくてもいいよー」
そう言いながらビニール袋を手渡してきた。
その中には寝間着が入っているようで、下着も一緒に入っているのが見える。
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