第3話 死の間際の奇跡

「夕凪さん! 大丈夫!?」


 地面に倒れてしまった美桜は左腕から大量の血を流しているようで、悲痛な声を上げていた。その姿を見ている角を生やした男性は、静かに近づいて地面に転がっている刀を蹴り飛ばす。

 美桜の視線は出雲の足元に転がった刀を見ているようで、必死な形相で右手を伸ばすがその手は刀に届かない。


「わ、私の刀が……刀に手が届きさえすれば……」

「俺の邪魔をするからだ。こっちの世界に来て俺達が支配者となるんだ! だからよ……邪魔をするな!」

「ダメよ! そんなことはさせないわ! この世界を支配なんてさせない!」


 どういうことだ? 夕凪さんと角を生やした男性の会話を聞いても理解出来ない。こっちの世界や支配者と聞いても意味が分からないけど、一つだけ分かるのは目の前で夕凪さんの命が危険なことだけだ!

 ただ危険が迫っている。それだけが理解出来ることであった。同い年のクラスメイトが刀を手にして戦っている現実を直視しなければならない。


「俺に何か出来れば……ただ見ているだけじゃなくて、何か出来れば!」


 どうにかして美桜に協力をしたいが、怖さとこの非現実な状況を受けて体が重いように動かない。


「姫様!」


 倒れている美桜に対して、もう一人の美桜が姫様と叫びながら右手から白い小さな球体を飛ばした。


「小癪な真似を! 同じ世界に住むくせになぜ邪魔をするのか! お前達がしていることは無意味だ!」


 白い小さな球体を刀で弾き飛ばすと、もう一人の美桜の腹部を蹴って吹き飛ばす。


「あう!」


 肺から空気を吐き出しながらもう一人の美桜は柔らかい膜に衝突した姿を見ると、いつの間にか自身の横にいる角を生やした男性に驚きを隠せなかった。


「いつの間に移動をしたんだ!?」


 声を聞いた角を生やした男性は人間かと声を発する。

 今まで存在に気が付いていなかったのか、はたまた存在を無視していたのか分からないが、出雲というこの世界の人間に気が付いた角を生やした男性は、邪魔をしに来たのかと威圧感を感じさせる声色で再度話しかけてくる。


「どうした? 何か喋れよ? 愚かな人間」

「い、いや……俺は……」


 何かを話そうとするも、威圧感に押し潰されそうで声を発することが出来ない。

 次第に角を生やした男性は出雲に苛立ちを感じ始めたのか、右手で出雲の左肩を強く握り始めた。


「どうした? 弱い人間がどうしてここにいるんだ?」

「痛ぅ!?」


 ち、力が強すぎる……左肩が砕かれるほどに強い力で握ってくる……ぐぅッ! どすればいいんだ!

 痛みで顔を歪めていると、倒れていた美桜が立ち上がってやめてと叫んでいた。


「その人は関係ないわ! ただの紛れ込んだ一般人よ!」

「ほぅ……そうは見えなかったがな。この世界に住む生命体は滅ぼす予定だから、その第一号になってもらおうか」


 出雲は腹部に刀の切先を当てられてしまう。

 この非現実な状況を理解出来ないまま殺されてしまうのだと死を実感させられる。


「俺は何も知らないまま……何も理解しないまま死ぬのか……」


 角を生やした男性を顔を歪ませながら見ると、視線の端に目を見開いて右手を伸ばしている美桜の姿がそこにはあった。

 どうして話したこともない俺なんかのために悲しむんだ? 一般人を巻き込んでしまったからなのか? 理由は分からないけど、夕凪さんが悲しんでいるのはどうしてか俺自身も辛く感じる。


「そんな悲しい顔をするなよ……邪魔をして悪かったな……」


 その言葉を発すると共に腹部を刀で貫かれてしまい、大量の血を吹き出しながら地面に倒れてしまう。

 

 あぁ……可愛い顔が台無しじゃないか……そんな顔をして泣かないでくれよ。

 力なく地面に倒れると、美桜が駆け寄って来るのを次第に暗くなる意識の中で理解が出来た。

 体を抱き起こされるとごめんねと何度も言い続けているようで、どうしようと焦っているのが見える。


「俺のことは気にするな……君を追いかけてここに入った俺が悪い……」

「そんなことないわ! 巻き込んだ私が悪いの!」


 綺麗な艶麗な顔から涙が滴り落ち、涙で濡れた顔でさえ美しいとされ死の間際に思ってしまう。


「可愛い顔が台無しだよ? こんなに綺麗なんだから笑ってなきゃ……」

「馬鹿! こんな時に何を言っているの!」


 顔を触ろうとした右手を掴まれてしまう。

 すると、もう一人の美桜が角を生やした男性に先ほどと同じ攻撃を仕掛けようとしている姿が見えた。


「私が抑えますから、今のうちに助けてあげてください!」

「リーン!?」


 もう一人の美桜はリーンという名前らしい。

 やはり2人は別人であったようだ。


「ありがとう! リーンは無理しちゃダメよ!」

「ありがとうございます!」


 そう言いながら角を生やした男性を出雲達から遠ざけられると、美桜に必死に声をかけられるが既に返答をする気力が湧かない。綺麗な顔から流れる涙が自身の顔に滴り落ちるが、冷たいという感覚さえ既に消えているようだ。


「どうすれば……どうすれば助けられるの!」


 悩む美桜の声が聞こえるが力なく倒れているしか出来ない。

 首を左右に振りながら悩む姿を見ているとハッとした顔をする美桜は、出雲を支えている右手を外すとその右手を胸に当てる。


「姫様なにを!? もしかしてあれをやる気ですか!? そんなことしちゃダメです!」


 角を生やした男性と戦いながらリーンが叫ぶ。

 止めてくださいと叫ぶ声は届いていないようで、胸に手を当てた右手を体の中に入れた。体から血は出ずに、物理的に入れたようには見えない。


「これしか助ける方法がないわ! これで救えるのなら!」


 そう言いながら体の中から輝く小さな球体を取り出しそれを出雲の体の中に勢いよく入れると、次第に小さく小刻みに体が振るえ始めて全身から淡い光を発する。

 その光景を見た美桜は成功したのかしらと小さく呟いている。


「ぐぅ……がぁ……ああああああああ!」


 暗い海の中から突然引き上げられ、強制的に目覚めさせられてしまう。

 目が覚めると同時に全身に刀で貫通させられたよりも鋭い痛みが走る中で、出雲は自身の体に何が起きているのか理解が出来ない。

 な、なんだこれ……体の中を弄繰り回されているようだ……何かを入れられているような……体の作りを変えられているようなそんな気がする。感じたことがない感覚だけど、不思議と気持ち悪さは感じない。


 自身の体を作り変えられているような感覚がありながら、動こうにも動けない。

 そうこうしているうちに、角を生やした男性と戦っていたリーンが悲鳴を上げて地面に倒れる姿が目に入る。


「リーン!? 無茶をしないで!」

「今が無茶をする時です! 今しなければ、私が無茶をしてまでも時間を稼がないといけませんからね!」


 腹部を斬られているリーンは血を吐き出しながら必死に戦っていたが、ついに気を失って地面に倒れてしまう。

 美桜は出雲から離れると地面に落ちている刀を手に取って角を生やした男性と戦い始めていた。何かを言いながら美桜が戦っているようでその姿が目に映ると、体を振るわせながら体を起こすことが出来た。


「俺も……戦わないと……俺が守らないと……夕凪さんに危機が……」


 体を起こして美桜を見ると、倒れているリーンを庇いながら戦っているので上手く立ち回れていないように見える。

 まだ体が痛むが刺された傷や弄繰り回される感覚は消えているので、動こうとすれば動けるまでに回復をしていた。

 さっきのは何だったんだと思いながら、立ち上がると先ほどまでは目で追えていなかった戦闘がハッキリと追えるようになっていることに気が付く。

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