第5話 情報交換にランチを
そわそわした気持ちのまま、私は前日のニュースを漁り始めた。
接点はなかったとはいえ、顔を知っている人物がもうこの世にいないのだと、まだ実感がわかなかった。
小さな町の掲示板まで覗いても、それらしい話は出てこない。部活の後輩を通じて、学校中の情報を網羅しているんじゃないかと思われる
ニュースはこれからかもしれない。
刑事が聞き込みに回る状況ってどんなだろう。
読みかけの本のことも、薄情な男のことも忘れて、私はすっかりリアルなミステリーに魅入られてしまったのだった。
その夜。
もう寝るだけの状態でパソコンを開いていた私は、SNSの通知音を聞いて手探りでスマホを手繰り寄せた。しばらくニュースの見出しを目で追ってから、ようやくスマホに視線を向ける。
詐欺師の東雲さんからメッセージが入っていて、慌ててアプリを立ち上げた。
――刑事が行ったんだって? ちょっと、会って情報交換しないか? ほら、下剤の件もそれでチャラにしよう
――え。会うんですか? 二人で?
――……駅前のイオンのフードコートみたいに、人のいるところならいいか?
私はちょっと考える。あんまり知り合いに会いたくない。
――この前の喫茶店でいいです。変なことしたら警察に突き出しますから。
――しねーよ。明後日でいいか? 午後から?
――お昼奢ってくれるんですよね? 嬉しいなぁ!
――ぐぬっ。足元見やがって……11時な!
了解のスタンプを送ってやり取りは終わった。念のため、と画面をスクショしておく。
詐欺師からのお誘いなんて、不安はあるのだけど、それよりも好奇心の方が勝っていた。彼は死んだ子のことに関係してるんだろうか。私から何を引き出したいんだろう。そして、交換というからには彼が提供するものも気になった。
これは、詐欺の手の内なんだろうか? だとしたら、まんまと引っかかったことになるな、なんてちょっと思いながら、私はまたパソコンに向かうのだった。
# # #
ほわ、とあくびをしながら入った店内には、相変わらず人はまばらだった。待ち合わせ相手は探すまでもなく正面のカウンターに座っていた。服装が変わってなくて呆れる。
カウンターには本来は五人座れるところ、今は感染症対策で三つしか席がない。その真ん中に堂々と座られては、他の人は近寄りがたいに違いない。
「こんにちは」
と、上着を脱ぎつつ声をかければ、コーヒーを啜っていた彼はちらりとこちらを見て頷いた。今日はこの間よりしゃっきりしてるかもしれない。Aランチを注文して、さっそく本題に入った。
「何を交換するんです? 東雲さんは別にあの子の知り合いじゃないですよね? 警察に名前出したこと、まずかったです?」
「いや。べつに。おかげで面白い話が聞けたし。先に刑事に何訊かれたか教えてくれよ」
少しウキウキと手元のペンを揺らす様子は、不謹慎ではあるけど何か企んでるようには見えない。それとも、見えないように見せているのかな。疑い出すとキリがない。
促されるまま、刑事さんとのやり取りを思い出していく。
「まあ、そうか。こんなもんだよな。それで? 彼女について知ってるのは本当にそれだけ?」
「それだけですよ。東雲さんは何を訊かれたんですか?」
「俺は他人のアップルパイを勝手に食べたことを説教されたくらいだ」
「それは、自業自得だと思いますけど……あの、下剤の件は……」
「言ってないよ。面倒な感じになりそうだからな」
ホッとして、同時にじゃあ交換する情報とは何だろうと、気にかかる。声にする前に、彼は続けた。
「彼女、亡くなった時アップルパイを持ってたらしい。いつも行列ができてる有名店の」
「アップルパイ?」
「君に対抗したのかね? それとも偶然? あの日の午前中に、彼に会うって話もしてたらしいけど」
どこから出てきた話なのか、これが詐欺師の情報収集力なのか、私はただ呆けて彼を見つめるしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます