第4話 泥棒猫に黙祷を
「ご協力ありがとうございます。それで、ですね。小森亜里沙という人物をご存じありませんか」
年配の方の刑事さんがじっと私を観察していて居心地が悪いけど、生憎とその名前には聞き覚えが無かった。さあ、と首を傾げる様子に、若い方が写真を取り出す。
「同じ学校の、2年生ですね。見覚えありませんか?」
写真を覗き込むようにして、あ、と声がこぼれる。
「ご存じですか」
年配の方の声に、気まずいまま顔を上げた。そういうつもりはないのだろうけど、知ってることを全て話せと言われている気になる。
まあ、私の知ることなんて大したことじゃないけど。
「顔だけは……っていうか、たぶん、トウマと付き合ってる
軽く肩をすくめれば、彼らは目配せしあった。
「トウマ、とは、笹田透馬さんのことで間違いないですか」
「はい」
「彼に訊いたところ、そういう関係ではないと仰ってましたが」
トウマにも会いに行ってるのか。
「ふぅん。じゃあ、私と別れた後に付き合う予定だった
「昨日、彼女が亡くなりまして」
えっ、と若い方の刑事さんと写真を見比べる。なんと言っていいかわからずに、でも、聞き込みに来るなんてやっぱり事件なんだろうか。
「事故かそうでないか微妙な状況だったので、周囲の人に話を聞かせてもらっているのですよ。お決まりで恐縮ですが、昨日の午後はどちらで何をされてましたか」
「ご、午後、ですか? えっと、トウマと待ち合わせして、隣町の喫茶店に行って……でも、会って早々に別れ話になって、その後は近くの本屋なんかをウィンドウショッピングしてから帰ってきました。家に着いたのは五時だったかな? 五時半だったかな?」
「喫茶店の名前は」
「喫茶レトロ」
「笹田さん以外に証明してくれそうな人はいますかね?」
「マスターは、どうかな。レシートもらわないで来ちゃったけど、わりと常連だったから覚えててくれるかも。あ、あと、近くの席にいた東雲って人なら。ぶらついてた時は無理だなぁ」
「……喫茶レトロの、東雲? 三十代くらいの、パッとしない?」
淡々とメモを取っていた若い方の刑事さんが、眉をひそめて顔を上げた。
「あー、たぶん」
あの人、警察に目でもつけられてるんだろうか。本当に詐欺師なのかな。
「どういう、ご関係で?」
う。不信の目が!
「どういうというか……振られた時に近くのテーブルに居て。彼も振られたのか、喧嘩したのかお相手が出て行っちゃって、なんとなく目が合ったら、トウマに作っていったアップルパイを彼が食べちゃって……まぁ、それだけです」
「……は? あの野郎、何やって……」
年配の方の刑事さんに肘でどつかれて、彼は我に返ったように咳払いをした。
「アップルパイを、作っていったんですか?」
「はい。彼が好きだと思ってたので。あんまり好きじゃなかったって、最後に言われて、食べてもらえませんでしたけど。そうしたら、東雲さんが、もったいないって」
「そうですか……喫茶店の方にも行って確認してみます。また何かあったらお話聞かせてください。ご協力、ありがとうございました」
軽く会釈をして、二人は出て行った。そういうつもりはなかったけど、肩に力が入っていたようだ。なんとなく強張った首筋を軽くもみほぐす。
詐欺師のおじさん、名前出して悪かったかな? アップルパイの下剤のこと話すかなぁ……あぁ、微妙に気まずい……いや、でも、バレてもお説教くらいで済むはず。だよね? うん。きっと、たぶん。
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