第3話 昼下がりに不穏を
街ブラして、本屋に寄って適当なおすすめ本を物色する。
目をつけていた新刊は購入済みだけど、トウマと別れたから読書の時間ももっと取れるだろう。最近アップルパイ作りに時間を取られていたから、どっぷりとミステリに浸りたかった。
ファンタジーから嵌まった読書だったけど、最近はもっぱらミステリを読み込んでいた。点と点が繋がり、するすると謎が解けていく過程にたまらなく興奮する。リアルをなんとなく生きていると、そこにある点に気付けず過ごしているのではないかという錯覚に陥って、余計なものにまで目を止める癖がついた。
下剤入りアップルパイも、ちょっとした意趣返しだったけど、やはり現実はそう上手くいくものでもない。ミステリは解くより作る方が何倍も難しいなと思い知らされたのだった。
家に帰り着き、思いつくまま買った荷物を下ろす。なんとなく気が抜けて、そのままベッドへと倒れ込んだ。
トウマと別れることに傷ついてはいないと思っていたけれど、胸の奥には重りが垂れ下がっていた。これでも付き合い始めは本当に好きだったのだ。初めて作ったアップルパイを嬉しそうに頬張る顔を思い出してしまって、浮かびそうになる涙に眉を寄せて耐える。あんな奴のために泣きたくなんかない。
ちょうど、通知の音が響いて、私はいらない思い出を振り返るのをやめた。起き上がってスマホをチェックすると、詐欺師の東雲さんからだった。
――マジに下剤入りかよ!!
その後に動画が投稿されていて、お腹を抱えつつトイレに向かう(のだろう)彼の後ろ姿が映っていた。申し訳ないが、そのへっぴり腰姿に笑ってしまう。
――さすが詐欺師ですね。抜群の演技力です。
――縁起ちゃうわ!
すかさず返ってきた返事だったけど、誤字るほど怒っているのか、またトイレに駆け込んだのか。「大丈夫ですか?」という呼びかけに返事はなかった。
さすがに少し心配になったので、会話画面を開いたまま待っていた。短い動画をリピートしてみて、そこに何か情報がないかと探してみる。映っているのはトイレらしきドアと、本棚の一部、スマホの乗せられたテーブルとソファの端っこ。そんなものだった。床は見えないが、壁は打ちっぱなしのコンクリートだ。賃貸だろうか。それとも、どこかのビルの事務所とかだろうか。
本棚に見えている表紙は、心理学系の専門書と、私も持っている最近話題の作家のミステリ小説だった。
詐欺師っぽいと言えば詐欺師っぽい。
他にめぼしいものも見つけられなくて飽きてきた頃、ようやく画面が更新された。
――大丈夫、ではないが死ぬほどでもない、と、思う。くそ。後でこっちの頼みを聞いてもらうからな。
――相応の頼みなら、聞きますよ。お金と女性の斡旋は出来ません。
――女子高生にできる範囲のことだよ! 忘れんな!
はーい。と間延びした返事には既読がついただけだった。
画面を閉じて、頼みって何だろうと考える。詐欺の片棒を担がされるんだろうか。
それはそれで面白そうかなとちょっと思って、せっかく決まった大学への入学を棒に振るのはやっぱりやだなと思い直した。
次の日。のんびりとした昼下がり、ふいに鳴らされたチャイムの音に私の読書は中断された。
二階の窓から覗くと、玄関前にはスーツ姿の男性が二人。セールスではなさそうだけど、対応すべきか悩む。ふと、一人が顔を上げてこちらを見た。やば。見つかった。
再び鳴らされるチャイムに渋々降りて行って、ドア越しに対応する。
「両親は留守なので、対応できませんー」
「
ひゅっとさすがの私も息を呑んだ。別に悪いことなんかしてないんだけどね?
……してないよね?
チェーンをかけたままドアを開けた私に、若い方の男の人が警察手帳を掲げて見せた。
「このままでもいいんですけど、できれば玄関まででも入れてもらえませんか? ご近所の目もありますから」
思ったよりは柔らかい声に、黙って従う。
頭の中にはあれきり連絡のない詐欺師のおじさんのことが掠めていった。
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