第2話 名刺に疑問を
別れの気配を感じていた私は、数か月前から嫌がらせでアップルパイを作っていた。シナモンがあまり好きではないのを知っていて、事あるごとに、たっぷりとシナモンを使ったアップルパイを食べさせていたのだ。
JK大好きなトウマは卒業間近な私とは別れて、新しい
と、いうか、もう付き合っている。あの分だと、二股どころか三股かもしれない。いつか刺されると思う。最後の下剤入りアップルパイを躱されてしまって、ホールではなくカットにするべきだったかと反省していたところだ。
「市販のものを粉にして混ぜ込んだだけなので、どのくらい効果出るのかわからないんですよね。酷いようでしたら連絡ください。それなりのお詫びはします。でも、そちらも勝手に手を付けたんですから、100:0でこちらが悪いことにはならないですよね?」
スマホを手に小首を傾げれば、おじさんは少しだけ引きつった。はぁ、とため息をこぼして、ぼさぼさの髪をかき上げる。険のこもった瞳がちゃんと見えると、まだ若い方のおじさんだと判る。剃り残しなのか、今日は剃っていないのか、ぽつぽつと見える髭がなくてスーツを着ていれば、そこそこ見られるかもしれない。
「……近頃のガキは……」
渋々とスマホを取り出して、連絡先を交換する。匿名のチャット風連絡アプリは、こういう時本当に便利だ。うざければブロックすればいいし。まあ、あちらからブロックされることもあるけれど。
「しののめ、さん?」
アイコンに表示されている『東雲』を読み上げると、彼は頷いた。
「君はテリちゃんでいいのかな」
「まあ、そうですね」
登録名はカタカナだ。間違えようがない。本名でもないけど。
彼は内ポケットから輪ゴムで留められた名刺の束を取り出すと、扇形に広げて何やら探し始めた。裏面には○月○日~○月×日などと鉛筆でメモ書きしてある。うちの一枚を引き抜くと、数枚がばらばらと落ちて散らばった。
「おっと」
後ろの日付をすばやく確認して、東雲さんはそれを私の前に置いて差し出す。テーブルの上に落ちた名刺をざっと寄せると、下に落ちた分を拾うために屈みこんだ。
目の前の名刺を見て、それから寄せられた何枚かの名刺に目を走らせる。裏面になったものが一番上に来ているのでちゃんと見えたわけではないが、その下の名刺の肩書はおそらく“ルポライター”だった。名前が見えなかったので、彼のものとは限らないのだけれど。
彼が身を起こすのを感じて、もう一度目の前の名刺に視線を落とす。
「これ、ふざけてます?」
「なんでそう思うの?」
裏も表もごっちゃにしたまま、彼は名刺を束ねて、また輪ゴムで留めた。
「普通、大っぴらに名乗る職業じゃないので」
というか、これは職業か?
名刺には堂々と『詐欺師 東雲 航路』と印刷されていた。あとは、電話番号だけ。
私は名刺を手に取り、裏返してみる。
3/8~3/18 と、記されていた。今日は三月十二日。どういう意味だろうと眉を寄せる。
「胡散臭すぎ」
「大人としての礼儀でちゃんと名乗ってるだけじゃないか。疑うならそこにかけてみろよ。ちゃんと繋がるぞ?」
「連絡先は頂きましたので、ここにかける意味はありません」
こっちのリアル番号を知らせるとか、あり得ないし。
彼はふふん、と鼻で笑うだけだった。
「じゃー、死にそうになったら連絡するわ。助けに来てくれるんだろ? なんなら、トイレ実況でもしようか」
「ご自由にどうぞ!」
半ば呆れて、投げやりにそう言った。
詐欺師というのが本当でも嘘でも、この名前は信用ならない。簡単に向こうの言い分に乗せられたりなんかするもんですか!
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