夢喰い(3)

「さっきの話だけどさ……待っててね」


「はい?」


「だからさ、僕が18歳にならないと結婚できないって羽雪さん言ってたでしょ。って事は、18になったら結婚してくれるんだよね。あ。でも、その頃には羽雪さんもう若くないから今のうちにウェディングドレス姿前撮りしておこうか。次の日曜に写真館、予約しておくね」



呪詛の言葉をかける幽霊に開いた口がふさがらない。

 なんてポジティブなんだ!秀才の思考回路は理解不能。

 ササメ君の手から、貸衣装アリの写真館を検索中なケータイをとりあげた。



「そんなの必要ない。君が18になる前に結婚するから、私」


「なに言ってるの、羽雪さん。学歴も収入も恋愛偏差値も低いのに、僕が卒業するまでに僕以外の誰かと婚姻関係結べると思ってるんだ?」


「ううううるさいッ。ていうか恋愛偏差値なんてあんたの知ったこっちゃないでしょ!」


「知ってるよ。付き合っていた男が他の女と結婚してからは、月に数回会うだけ。それもここ数カ月はご無沙汰。これはもう不倫関係だから結婚の線は薄いね。仮に略奪できたとしても、離婚の慰謝料を考えると戸籍の汚れてない僕の方が有利。ここ最近は特定の男性との付き合いはナシ。それ以前は……」



すらすらと私の恋愛遍歴を述べるササメ君の言葉をさえぎる。なにファミレスでひとのプライバシー暴露してんだ、このガキ。



「なっ、なんでそんな事しってんのよ!」


「だって好きなひとのコトならなんでも知りたくなっちゃうでしょ?愛の力だよ」


「嘘だ。真実の愛はそんな変態じみた力を発揮したりしない……!」


「まぁ一部はお金の力でもあるんだけどね。さすがに一人で調べるのはキツかったから探偵雇ったんだ」



さらりと何でもない事のように言い放つ。くそ、ブルジョアめ。金に頼りやがって。

 全国の親御さん、未成年に余分なお金持たせるとろくなコトに使いませんよ!

金払ってまで他人の素情を探るとか、未成年のくせに手口が汚ない。戸籍は汚れていないが、心根は台所の換気扇くらい真っ黒だ。その黒さは内側にすべて集約し、表面上はまっさらな爽やか笑顔をうかべている『付き合いたい男子ランキング』3位以内を誇る美少年。彼はさらに顔に似合わない言葉をたたみかける。



「世の中って便利だね。たいていのモノはお金で買える。例えば羽雪さんの経歴とか、羽雪さんの学年の卒業アルバムをはじめ文集、遠足のときの写真、コンクールで入賞した作文の掲載された地方紙……」



多彩なラインナップの数々に驚きで声もでなかった。それでもたぶん声にならない悲鳴はあげていた、と思う。

 なにそんなのにお金払ってんの。ていうかそれ売る奴がいるって事だよね。どうなってんだ、私の学年の情報モラル。プライバシー保護なんて金銭の前では蜃気楼のようにかき消えてしまう。まるで、夢みたいに。

 そこにあるはずなのに実体のないそれはお金とか現実とかを突きつけられると、とたんに見えなくなっちゃう虚像。私の前にある実像は、ふっとため息をつくように笑った。

ササメ君が幸せをひとつ逃がしたとき、いつか夢見た綺羅星が再び瞬いた。



「簡単だったよ。『生き別れの姉を探してる』って泣いてみせたりすれば、たいていの人は同情してくれるし。はじめは渋っていた人も、目の前に現金を積んだら協力してくれたし。でもね。どんなにコレクション増やしても、それでもやっぱり足りないんだ。だって本当に手に入れたいのは、この世でたったひとつだけ……」


「うん。やっぱ、君きもいわ」


「羽雪さんが嫌って言うなら、羽雪コレクションの処分も辞さないけど」


「…………いいよ、別に。知らない男に持っていられるのは気持ち悪いけど、ササメ君とはもう知り合いだしね」



ちょっと妙な知り合いだ。

 でも、つい数週間前に「ずっとあなたのこと見ていたんだ」なんて言われてから、私たちは知り合い。

一方的に知られていた関係から、相関図の矢印は相互通行になった。その関係を示す名前を友達と呼ぶにはすこし歳が離れているから、応急処置的なとりあえずの知り合いだけど。知り合いの少年は、ぱぁっと輝くような笑顔で言った。



「ありがとう、羽雪さん!僕の愛を受け入れてくれて」


「受け入れてないからっ」



しゅん。眉尻と一緒に、耳としっぽをさげる幻がみえる。そんなササメ君に心の中だけで言ってやる。

 夢は叶わないから夢なんだよ。

 少なくとも『恋焦がれていた人に想いを告げる』現実を手に入れることができるササメ少年と、今宵おなじ夢をみたいとは露とも思わなかった。







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