夢喰い(2)
「5千円くらい、かなぁ……」
「まぁ宝くじの値段は全国一律だから数えればわかるんだけど、数えるのも馬鹿馬鹿しい量だったから一応きいてみただけ。こりゃ軽く万は越えてるね。え、5千円?5千円ってなにそれお釣りのことかな。しかたない、せっかくだから算数の勉強でもしよっかな。えっと願いましては宝くじが1枚300円と掛けまして……羽雪さんの元手金がx、宝くじの枚数をyとしたときお釣りが5000円だったからx-300y=5000。xを求めるにはyを代入してxを割り出すのが近道だね。さて、宝くじが1まーい、2まーい……」
「ああぁっ、やめて!そんな見せびらかすように数えないでっ」
番町皿屋敷の怪談話のように声をあげて数えはじめるササメ君から宝くじの束を取り返そうとするも、すいと逃げられた。●●枚たりなーい……恨めしげな声をあげたいのはこっちの方だ。
生気をなくした私を扇形にひろげたハズレくじであおぐ指は、細くて白くて蛍光灯の光にも透けそう。そよぐ風に店内は暖房が効きすぎていると気づかせてくれる。
心地よい涼風をおくってくれるササメ君は、きっと扇の値段なんてとっくに予想がついている(星英学園に通う秀才だもの)。もう追及してくることはなかった。かわりに憐れんだ眼で語る。
「大人はお金を出さないと夢も買えないなんて悲しいね」
「そうなの。しかも夢を手にできるとは限らない……なんて虚しいよ」
「羽雪さんの夢、僕が叶えてあげようか」
「え?」
びっくりして見つめる彼の胸には綺羅星。名門と謳われる私立星英学園生の証。
それを頂くことが許されるのは、医者や弁護士など高収入の家庭、あるいは奨学金を受けることのできる秀才のみ。ササメ君だって、そういう良いところのお坊ちゃんに違いない。
私は富も才も持っていなかった。ダメ元で受けて手にした合格通知は、べらぼうに高い学費や入学金が払えず、入学許可証に替える手数料未払いで結局ご破算。
子どものときの夢だってお金がなくちゃ叶えられなかったのだ。そして大人になった今、夢を叶えてくれるといわれたってそんなのピンとくるはずがない。
頑張ってもダメなことがある、そう知ってからの私は頑張らなくなった。夢はもちろん小さな目標すらも当然叶わない人生をおくってきたのだから。
「羽雪さん」
大切そうに名前を呼ばれ、手を握られた。
「今夜からは、あなたと同じ夢がみたい」
「意味わかんないんだけど」
「『僕と結婚して』っていう意味。あと『今日こそ部屋に行っていい?』ってのも含まれてるよ」
「なにそれ。君っていつもそうやって女オトしてんの?寒すぎ」
「その寒いくらい気障なセリフを言ってもらいたいって、お嫁さんと並ぶ女子共通の夢じゃん。どう?夢がふたつもいっぺんに叶ったよ」
「寝言は寝て言え。ササメ君、知ってる?日本で男性は18歳にならないと結婚できないんだよ」
捕えられた手をほどいて、カップに手を伸ばす。すっかり冷めたハーブティーは、ほのかに酸味が効いていてなかなか悪くない。ファミレスにこんなのあるんだ。気ままな独り身なので自炊が面倒なときは外食で済ませることも多いけど、今まで知らなかったな。
惰性でカフェインを摂取してる私は、おそらくササメ君が淹れてくれなかったら飲むことはなかっただろう。
未知の味を運んでくれた給仕はふてくされた表情で野菜ジュースをすすっている。ストローを噛むしぐさは名門校の制服と不釣り合いであるはずなのに、ササメ君がやると妙にしっくりきている。
「羽雪さん、ずるいよ。歳のこと言われたら勝てないじゃんか」
「少年よ、大人はかくもずるい生き物なのだよ」
「……ま、いっか。僕は最初から羽雪さんに負けてるんだし」
「うん?」
二十歳すぎても契約社員で最終学歴が農業高校。金持ちのお坊ちゃんで現役星学生な将来有望エリート君が、負け犬街道まっしぐらな私に負けてるってどういうこと?
きっと疑問に思っていたのが顔に出ていた私の頬をひと撫でする指がくすぐったくて、思わず身を引く。
「恋愛って、好きになったら負けなんだって。僕はもう羽雪さんの愛の奴隷だよ」
別の意味でも引いたわ。
逃げる私を追いかけて、身を乗り出してまで両頬をはさむようにつつむ少年に鳥肌が立つ。なんだこいつ頭おかしい。星英学園なら頭は良いはずなのに。
「ササメ君きもい!」
「あはは、酷いなぁ。僕これでも星英学園の『付き合いたい男子ランキング』で女子のみならず男子のアンケートでも常に3位以内に入るのに」
「『付き合いたい男子ランキング』で、なんで男子にもアンケートとってんの!?」
「さあ?僕の容姿は女子もさることながら男子も魅了してるってことなんじゃない?」
「そういうの自分で言わない方がいいと思う」
「もちろん。クラスの皆の前では言わないよ」
うわ、腹黒い。天使の仮面の下に隠したこういうしたたかさが人気の秘訣なのかも。
成長途中のせいか中性的な細面は男女問わず人気というのもうなずける。歌舞伎の女形のように、男性の方が不思議な色気が出たりする。子どもには不釣り合いなくらい色気をにじませた流し目をくれてから、自分の席に腰をおちつける彼のことは嫌いではない。
ちょっと(いや、かなり)変だけど面白い子だと思う。では好きかと訊かれたら、そこは素直にうなずけない。
なにせ彼は子どもで、私は大人なのだ。良識のある大人は、未成年と不純異性交遊なんてしない。なんて、言い訳をして自分の気持ちに答えを出すのを先送りにするくらいオトナな私は、現在不純ではない交友に甘んじている。
実際は仕事帰りに寄ったファミレスで「おふたり様でよろしいですか?」と店員に訊かれ振り向くまでササメ君が私の後ろにくっついてきてるのに気付かなかっただけの話。そりゃもう背後霊かってくらいピッタリと。私が訂正するよりはやく「はい、ふたりです」背後霊がしゃべったので幽霊と相席するに至った。
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