2.いなくなった彼

 そばにいられなくなった原因はタバコなのですもの。


 肺がんですから。


 恐らくはですけれどね。

 先天的なものではなかったのです。


 彼は中学生からタバコを吸い始めたそうです。

 彼の育ってきた家庭環境に支障があったことは否めません。


 考慮するべきなのでしょう。

 けれど誰にでも恵まれていないものはあるはずでしょう。

 

 両親は離婚して、彼は父親についていった。

 そこでの生活は散々なものだったらしいです。

 

 朝起きると遅いと怒られました。

 殴られた時もあったようです。

 食べるのが遅いと怒鳴られました。

 叩かれました。

 お風呂に入ることが長いと

 風呂場のドアをガンガン叩いて急かします。

 

 昨日の失敗をしないようにしようとがんばったときもあったそうです。

 でも今度は正反対のことで怒鳴られます。

 おきるのが早すぎる、

 なぜこんなに汚く食べるのだ。

 ゆっくり食べろ……

 

 そんな生活に耐えかねて彼は居場所を求めて

 近所のおにいさんのところをたずねました。


 そこでストレス解消の手立てとしてタバコを勧められたそうです。

 彼は毎日何箱も吸いました。

 

 父親はきっと気がついていたことでしょう。

 自分のものでない灰皿と煙草の吸殻の山々。


 私と出会った頃には、

 

 もう病気は手のつけられないところまで進んでいたそうです。

 

 肺ガン。

 

 それを彼から直接聞いた時、ショックでした。

 彼はニコニコと笑ってこの話をしていたのですから。

 彼に少しでも生きたいと思わせることは

 出来なかったのでしょうか。


 何をおいても悔やまれます。 

 彼の葬儀に参列した次の日でした。

 彼の父親が私の家を訪ねてきたのは。彼の父親はぶっきらぼうに言います。


「あいつの部屋からこんなものが出てきてね。

 これは私がもっていていいものではない気がして」

 そして父親には泣いて謝られました。


「済まなかった」


 きっと意地っ張りな父親にとって、最大限の意志表示なのだろう。


 彼と長い時間、一緒にいた私にはわかってしまう。


 でも私は彼の父親を許そうとも、慰めようとも思わなかった。

 彼に八つ当たりすることなく、

 きちんと愛情を注いでくれていたのなら。


 彼は自分の体が壊れるほどに

 タバコに依存しなかったでしょうに。


 どうしょうもない悲しみと憎しみを抱きつつ、

 私は手紙を受け取りました。


「俺の部屋に入って机の中にあるノートを読め。

 そうしたら俺のことがよく分かるぜ」


 そう手紙には走り書きしてあった。

 一度だけ年賀状をくれたことが合ったから年賀状を探してみた。

「そっか。もう3年も前のことなんだ」


 年賀状には住所。

 彼からの今年も宜しくという文字。

 あとはプリントアウトで干支が書かれていた。


 唯それだけの想い出でしかないのに。

 どれだけ愛おしくとも、もう交わすことはないのです。

 彼の親は再び現れた私に驚いていたけれども、部屋に通してくれた。




 

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