想いあい愛した男と夜の蝶 完

朝香るか

1.夜

「これ。ありがとさん」

 彼は財布から数枚の紙を取り出してベッドサイドに置きました。


 ドアの閉まる音を聞いて、私は力が抜けました。


 ついに自分の体に値段がついたのです。

 情事の余韻が強く残っていて、

 まだベッドから出ようと思いません。

 ただ腰が重だるい感じがあって、あるきたくはない感じなのです。

 たたぼんやりと脱いだ衣服を眺めていました。


「これが私の初体験か。我ながらなんとも思わないな」


 悔いも、初めてへのこだわりも特になかったのです。

 腰以外はおかしな感覚もないの。

 そう結論が出ると体を動かそうという気になりました。


 幸いにもチェックアウトまで数時間あります。

 はぎとられた衣服が無造作にベッドの隅にあったのは幸運です。


 気分は悪いですが、

 シャワーに入るまでの辛抱だと

 自分を奮い立たせます。

 替えの衣服は持っていましたから。


 衣服を用意しているときにふと

 彼の最後の行動を思い出しました。


 確認してみるとベッドサイドに置かれていたのは三万円でした。


 これは客観的に見て安いのでしょうか。

 それとも高いのでしょうか。


 知り合いも、相談できる人もいないので比べようもありません。

 比べられないことをはじめたのだから全部わかりきっています。


 くだらない思考を振り切って、

 汚れた体を清めるためシャワールームに入ります。


 シャワーを浴びながら、

 まだ頭は常識的な計算を辞めてくれないものですね。

 

 大抵の男性は相手がどんな経験の相手か凄く気になるものなのですね。


 これから出会う人々は、

 私のことを軽蔑するのでしょうか。


 多くの男性は汚らわしいと思うでしょうか?


 それとも都合がいいと思うでしょうか。


 それとも理解を示してくれるでしょうか? 

 わかりませんよね。


 だって成人男性であれば性に対する価値観は


 すでにさだまっていると考えたほうがいいのでしょう。


 きっとこの境遇に対して、

 同情してくれる人はないに等しいこともわかります。


 もう、どうでもいいことです。


 私が「初めての相手」と望んだ人はもうこの世にはいないのですから。

 

 不意に彼のことが思い浮かびました。


 背が高くて、他人に優しいのに人を信用できなくて。


 強くなりたいと思っているのにそれほど精神は強くなない。


 どこもかしこも矛盾していて、

 お世辞にも出来た人物とは言い難いの。

 だけど誰より愛しい人です。

 

 こんな私を見たら彼はふざけるなということでしょう。

 なんで自分の体を大切にしないのかと。


 もし私の夢に出てきたら私は彼のことを問答無用で殴ります。


 自殺だったら絶縁しているところです。


 事故ならばめぐりあわせだもの。


 仕方ないといって、

 無理にでも前を向くしかないのでしょう。

 事実、それが正しい。

 けれど彼の場合は限りなく自殺に近い病死だったから。


 彼にこれ以上怒られる前にお風呂から上がりましょう。

 私にとってこの体は「商品」きれいに清潔にしないと指名をとれないのですから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る