7. 現実に向き合うこと

 逃げて行ったらTHE END。

 その言葉が耳に残った。

 其の日、夢をみた。

 彼がいなくなってから一度も夢なんか

 見たことなかったのに。

 夢と言えるかどうかわからない。

 きちんとしたストーリーなんてない。


 男人が一人だけぽつんと立っている。

 両手をポケットに突っ込んで、

 自信ありげに立っている。


「これをみろ」


 低い声。どこかで聞いたことのあるような懐かしい声だった。

 彼は後ろを示した。

 そこにはテレビがあって、

 3秒ほどで素早く画面が切り替わっていく。


 社会情勢、選挙、少子化、高齢化、

 年金、福祉制度。日本が抱えた様々な問題が具体的に表れている。


 選挙に当選しようと、マイクを持って必死にマニフェストを伝える政治家。

 でも街を通る人々は彼らを信頼できるわけもなく、

 その横を通り過ぎている。

 子供が少なくなってお年寄りが多くなっていく世の中で

 子供の世話をしている新米主婦の姿も映る。

 しかし安心して預けられるところは少なく、

 いつも周りに気を使っていなくてならない。


 増えていく愛想笑い。

 自給できる何倍にも膨らんだ人口は

 自然災害で帳尻を合わせている。


 たとえば津波、たとえば原発。

 日本は終わりだ。

 彼のように自分自身を支えることが出来なくて、

 いけないことだと思っていても、

 その道に踏み込むしかない。


 不意に画面が揺れた。

 ドンという音がして、立っていられなくなる。

 自爆。

 変えられない運命なのだと悟って

 私は死んでしまうと思った。



 ジリリリリ、ジリリ。

 目覚まし時計の音で現実世界にもどってきた。

 もうすぐ家を出なくてはいけない時間。

 ひどく体が重かった。

 携帯電話を見るとメールが入っていた。

 今日行くからというメール。

 有りがたい限りだ。

 こうして今日稼げそうな額を頭に浮かべる。


 本当に現金な女。おもいつつ、

 夜の蝶になるべく支度をした。



 指名を待つ為の談笑室はいつも明るい。

 もっとも常連に対する愚痴だったりするのだが。


 仮面をかぶっていない彼女達は、

 正直、品があるわけでも知識のある伶嬢というわけではない。

 お酒に強くて、性に対してオープンで。


「ドウシタノデスカ?」

 ぼーっとしていた。

 彼の言葉を聞いてからぼんやりしていることが多くなった。


 長い時間そうしているというだけで考えがまとまるわけでもない。

 今はお仕事。

 彼と彼が連れてきたフランス人の方を接待中。


「すみません」

「カワイイネ。コンドマタキタイデスネ」


 彼は飄々としているものの、

 フランス人のお客様は視線が定まらない感じ。


 たとえるならば女を物色しているような

 ねっとりとした視線のように感じる。


 二人を見送る時に彼から耳打ちされた。

 「いいチャンスだ」

 いいチャンスとはどの視点から私を見た時にでる言葉なのだろう。


 キャバ嬢としてか、女としてか、

 そうでもなければひとりの人間としてのチャンスなのだろうか?

 携帯電話に彼からコールがなった。


「これから出てこれるか?」

 そこにいたのはジョンさんだった。

「きみにとっていい話が来ている」

「なんでしょう?」

「外国人の方から引き抜きだ」


 渡された数枚の案内書。

 きちんとした就職先を探すこともできる私には誘惑の強いものだった。


 友人たちには夜間のバイトと話してある。

 学校に行く時は徹底的に地味な格好を貫いた。


 だから「まともな大人しい子」という評判のままらしい。

 周囲の期待はそのままだった。

 これならば遜色ない企業の内定を取ることも可能だろう。

 

 もっとも、現在の様な羽振りのいい給料にはならないだろう。


「チャンス」という一文字から様々なことを連想していた。


 彼にはお世話になった。

 馬鹿だった私は沢山の教養を身につけたと思う。


「もうすこし考えさせて下さい」


 貰った期限は2週間。


 悩むには余りに短い。


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