第26話

「えー……現在では有名な観光地になっている火山の、有名な大悪魔と大怪獣が七日間戦った跡地のマグマから生まれて、炎の兵士たちと競い合いながら育ち――」

「それじゃダメ。もっとファンタジックかつメルヘンチックに! 超人気歌手と若手俳優が電撃結婚するも新婚七日目で離婚して、大豪邸の新築に残された観葉植物が義務的な使用人たちに囲われ、愛を知らずに育った、、、みたぃなそんな感じのモノローグにしてくれる?」

「え、えー……成長につれ炎の兵士を率いるようになり、赤竜に挑んで実力を認められ、手に入れた赤竜の角でこの巨剣を――」

「そこはカボチャの馬車を乗り回して地元のツレとズッ友の証をゲットする回に、、、ぃぇ。待って。ゃめゃめ! まったくもぅ。古ぃ悪魔ってのは冗談の一つも言えなぃのかしら? がっかりだゎさ!」


 黒い光に打ち切りを宣告されてしまいました。

 将軍が口下手なのは確かですが、黒い光の訂正案もどうかと思います。

 離婚とか地元の連れとか、どこらへんがエモくてメルヘンだったのでしょうか。


 疑問は残りますが、なんにせよ黒い光に満足して貰えなかったので、悪魔として失敗でした。できなかった罰として処刑されるのでしょう。

 それが受け入れがたいならば、あとは悪あがきをするという方法くらいしかありません。例え、戦って無意味に散るだけだとしても。

 将軍は半ばから折れた巨剣を再び構えました。


「、、、アラ、、、? どうぃぅつもり?」

「こ、恋バナなどというふざけたことなどできん! 悪魔の戦士として、一度死ぬまで戦うのみ!」

「ぁらぁら? 、、、ふざけるなって言ぃたぃのはこっちだゎ」


 ドスの効いたプリティボイスで黒い光は笑い、将軍の持ち手を闇の波動で攻撃して落としました。

 余裕たっぷりに輝きを増す黒い光は勝者であり、将軍を位置的にも精神的にも見下していました。


「ぁのさぁ、昔の魔界のょぅに勝者を崇め奉り、力に従うべきとかなンとかょく言ってるみたぃだケド、たった今アナタはアタシの命令よりも自分のプライドを守ろうとしたゎょね? 戦ぃ、強さ、完全なる悪魔だのと大口を叩くわりにさぁ、ァナタって中途半端なのょ」

「な、なんだとッ……!」

「魔王に反発する理由もくだらなぃゎょね。伝統ぁる古ぃ悪魔の掟? ふ。つまんなぃ嘘ね。自分が負けて搾取される側になってしまったと思ったカラ、慌てて嫌がってるだけでしょーが。ぁなたは自分が偉そうにできて、弱い者イジメがしたぃダケ。ま、卑しぃという意味では古ぃ悪魔らしぃんじゃなぃの?」

「……ぐ……むむむ……」


 将軍は言い返したいのに言葉が思いつきませんでした。

 認めたくないことですが、少しは黒い光の言うことが当たっていました。


 魔王に敗北してから、将軍は初めて恐怖を覚えました。

 今まで将軍が他の弱い悪魔にしてきたように、魔王に駒として扱われるのだと怯えていました。ですが、魔王がしたことと言えば、むやみやたらに争うことを禁じたくらいでした。将軍はそれが信じられなくて反発してみたり、魔王だけでなく他の悪魔にも意地悪をしてみたりしましたが、無視どころか時には心配されたりと優しさが返ってきて、ますます困惑して体も感情も暴れたくなりました。


 悪魔として存在しているからには悪くなるべしと、悪の道を邁進してきましたが、魔王が変わり、悪魔のやり方が変わり、悪とはいったいどういうものなのかと、概念レベルで迷いが生じるようになってしまいました。

 自分が目指す悪とは何なのか、憧れていた悪とは何だったのか、そういうものだと信じていたものがなくなってしまい、どう悪くなればいいのかわからなくなってしまったのです。


 これはつまり、時代は変わったということなのでしょう。

 将軍のように悪を志す者は古い古いと邪魔扱いされるだけですし、悪魔たちの闘争心と一緒に魔界の隅へ追いやられる時代なのでしょう。


「……そうか。追いやられるのは弱い悪魔ではなく、古い悪魔なのだな。虐げられる者が代わる順番が来たのだ……。戦いを禁じられて苦しむのみ……」

「ンン? ぇ。急にぅじぅじして何の話?」




「将軍ー! 休憩とー、会場の掃除が終わったら将軍の番ですからねー! まったり準備をお願いしまーす!」


 しょんぼり将軍とぼんやり黒い光の間に、係員の悪魔からお知らせが届きましたが、将軍にはもう参加する気持ちはありません。

 今の将軍の気分は処刑台へ行く時の気分か、嫌いな魔界野菜を食べなければいけない時とか、悪夢に魘された時の最悪の目覚めみたいな、そんな気分をブレンドした四苦八苦です。


 苦しいのです。

 苦しいばかりで、苦しいだけではないような気もしてきて、自分の気持ちだというのにあやふやでした。


 クソデカ感情を抱えていて、感情豊かで活発な感じなのだけれど、それがどういう気持ちなのか、当てはまる言葉がわからず、自覚できません。

 深く考えずに怒りや暴力に変換する方が簡単だし、八つ当たりする方が慣れています。嫌で苦しくなった時には、それを認めて自覚してしまえば弱い悪魔になってしまうからと、考えるのをやめる癖がついていました。

 将軍は他の悪魔たちの気持ちを蔑ろにしているうちに、自分の気持ちもわからなくなっていました。


 なんだか全てがわずらわしくて価値の無いものに思えて、燃え尽きた灰にでもなった気分でした。


「、、、ちょっと将軍? 剣の腕は少しは成長してぃたみたぃだケド、そーゆぅトコは成長してなぃっていうか拗れてるワケ? 、、、はぁ、ぃつまでそンな勘違いをしてるのかしら?」

「……勘違い……?」

「前提からぉかしぃのょ。弱ぃ悪魔ってだけで苦しまなきゃイケナィわけ? 順番?  ぃつも誰かが苦しんでなきゃダメなわけ? 弱い悪魔だカラ、古ぃ悪魔だからって理由で? 違ぅゎ。違ぅゎよ! 苦しまなきゃぃけなぃ理由なんてね、誰にも、どこにもないゎ! しかもなに? 魔界の端っこに住んでぃる悪魔は全員が追ぃゃられたカラだと思ってるの? それも違うゎょ! 集団を嫌って孤独でお気楽に暮らしたぃからょ。ひっそりと静寂を楽しみたいからでしょうょ。隠れ家で呪物コレクションを眺めてニマニマしたいからでしょうが。ぃろんな悪魔が居るってのに、あなたの考えた理由を勝手に当てはめて押し付けないでくれる? 不愉快ょ!」

「……む、むむ……」


 黒い光はどえらい剣幕でまくし立ててきました。

 思えば出会ってからずっと、将軍への当たりが妙に強いです。


「魔王に戦ぃを禁じられてる? ぇぇ、まぁね。ま、一部はそぅょね。でも、戦ぃってのはそんなに単純なものだった? 例えば今この場で、ょくゎからなぃダンスバトルに真剣に挑んでぃる参加者は戦ってぃなぃと、アナタは言ぇるの? 初めて過ぎてょくわからなぃ審査を頑張ってぃる魔王たちは戦ってぃなぃの? 将軍が言う戦ぃってのは、武器を振り回して血飛沫が飛ぶ暴力だけ? そンだけ? 、、、違うでしょ! 半分寝ながら書いた文字くらぃすべてが大間違ぃだゎ!!! ぁれもまた命を賭けた戦ぃの一つ! 技能を磨き、優劣を競ぃ、勝者を決める! 戦ぃの炎はこの魔界から消えてなんかぃなぃし、悪魔たちの闘争心は常に燃え上がってぃるのょ、、、。戦ぃの炎を自ら消そうとしてぃるぁなたと違ってね!」

「消してなど――」

「ぁのね将軍。もぅはっきり言っちゃぅケド、自分が優位に立てなくなっただけでぃじけるのって、情けなぃゎょ。ま、勝手に喚くのは自由なンだけど、制御できなぃくらいに肥大させた自我で誰かの領域を荒らすのはゃめてくれる? 迷惑ょ。ちょっと自分の思ぃ通りにならないコトがぁったくらぃで暴れるとか、甘ったれなぃでょネ! 世界はぁんたのためにアルんじゃなぃんダカラ! 、、、覚えておきなさぃ。世界はね、アタシのために在んのよ!!!」

「う……うぅ……」


 世界は誰のものでもなく、みんなが住んでいる大切な場所ですし、どうあってもお前のための世界でもねーよと反論したくても、黒い光の暴力と高速の口撃が将軍に反論を許してくれませんでした。

 気持ちをすぐに言葉にする技術がないと反論できずに、言われっぱなしになってしまうのです。力でも敵わないし、何もできません。


 理不尽でした。

 将軍は唸りました。涙しました。

 激情はつらいよ、どこまでも。というか。


「……悩み相談室とは何だったのだ?」

「ちゃんとできてるでしょ。一縷の望みを賭けて口を滑らせた相談者の事情も状況も考えずに、強ぃ言葉で相談者を怯ませて、それっぽぃ言葉の濁流で混乱させて納得を強要し、相談者の能力や気持ちの問題だという自己責任にして、相談を受けた者が優越感に浸るってぃぅのが相談室だもン!」

「そ、そうだったのか……相談室とは恐ろしいのだな……」


 心をバキバキに折られた将軍の耳に、何度目か会場の歓声が響いてきました。

 相変わらずお気楽で、のんびりと、テキトウな雰囲気みたいですが、あの場に居るみんなは真剣に遊んでいることでしょう。


 魔王が言っていたように、将軍には平和な言動はできないことでした。

 黒い光が言うように、自らの闘争心を封印しようとしていました。


「追加で言っておくケド、アタシの考える軟弱者ってのは、自分が弱ぃコトを念頭に置かずに、相手が弱いコトもぁると慮れないヤツのコトだと思うゎ。、、、今の将軍は正しく軟弱者ょ」

「…………」

「でもね、今ってのは通過点なのょ。一秒後のぁなたが軟弱者とは限らなぃ。、、、ねぇ、将軍。アタシ、久しぶりの戦いで荒ぶってイロイロ言い過ぎたし、逃げるのは恥じゃないケド、、、あなたが戦いから逃げるってのは、、、似合わなぃと思うゎ」


 将軍はこんな意味が不明ダンスバトルは棄権するつもりでした。

 でもそれをしたら確かに、自分の信念に合わない行動になってしまいます。

 敵の情報も得ずに、自らの身を守るためでもない撤退では無益なのです。

 惨めでも、自分のために参加して最後まで戦うべきでした。


「……だが……平凡な剣舞を披露したところで……」


 将軍の心と同じく剣も折れてしまっています。

 こんな状態で参加して、一発芸の一つもできないなら、あの観客は退屈するでしょう。退屈した客というものは情け容赦のない冷酷な態度をするものですし、将軍は決して歓迎されないはずです。

 将軍は項垂れました。

 で、背中を衝撃波で叩かれて、噎せました。

 恐る恐る振り返ると、黒い光が怪しさを増してギラギラと光っていました。


「フヒヒ。大丈夫ょ。アタシに考えがあるカラ信じなさぃ。最高のエンターテイナーになるの。進め、ぇぃっ^^」

「な」

「では将軍、司会に呼ばれて、位置についたら音楽を流しますからね。ダンス頑張ってくださいね」

「待」

「ぉ行きなさぃ!」


 将軍が何かを喋る前に控室を追い出されてしまいました。


 この場を逃げ去ろうとすれば黒い光が脅してくるので進むしかなく、係員の悪魔が近くに居るから、自分の自尊心を保つためにも弱っている姿を晒すわけにはいきません。

 将軍は嫌な汗を流し、ストレスで頭に血を上らせつつも、イベント会場の方へじりじりと追い詰められていきました。


 新魔王城になんか来るんじゃなかったと思いました。

 もしかしたら、信念やプライドなんて考えずに、黒い光に遭遇する前に、控室をとっとと逃げるべきだったのかもしれません。

 今日は厄日。


 暗い廊下の先には観客が大勢居て、次の参加者が披露する娯楽を待っています。

 陽気な騒ぎと気配がここまで充分に伝わってきました。


「緊張してぃるのね。ぃっぱぃ心配して不安に震えるがイイゎ。でもその感覚を味わえるのは、参加した勇敢な者のみだとゆうことを忘れないで。チャレンジャーはぃつの時代だって孤独に苛まれ、悲しみを隠して戦うものなの、、、今こそ、物語の主人公になる時ょ、将軍!」


 黒い光によくわからない激励と脅しを受け、暗く惨めな気分のまま、将軍は舞台へ上がりました。

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