第24話

 武闘会ではなく舞踏会。

 殺し合いではなくダンスバトル。


 なんだ、ダンスバトルって。


 悪魔がすることなのか。いや、絶対に違うでしょう。

 将軍は呆れて目眩がしてきました。


 人間の真似事なんてやめるべきです。

 人間が強大な力を持つ悪魔に憧れて悪魔を真似ることはあっても、優れた悪魔が愚かで劣っていてすぐ死ぬ人間を真似るなんてありえませんし、魔界らしくないおかしなことです。

 微笑みながらダンスなんかしたら、悪魔が廃ります。


「認めんッ……!」


 将軍は激怒しました。

 全身の血が燃えるようです。怒りで沸騰しています。

 血管がブチブチと千切れていました。

 怒りMAX怒髪天上天下を衝き、ムカムカなお気持ちが地団駄しました。

 爆発した感情のまま、将軍は巨剣を魔王へ向けて叫びます。


「この軟弱者め! 俺はお前のような軟弱者を魔王だとは認めんぞ! お前が魔王になったのは間違いだァ! 魔王城もろとも叩き壊してやるッ!!!」




 将軍が邪魔をしに来たのは魔王さまの思い込みだったという勘違いからの、やっぱりいつもの戦闘体勢になってきたので、魔王さまは大変がっかりしました。


『待っ、挑発に乗ってはいけませんよ、魔王さま』

「案ずるな、単眼の悪魔よ。我もそれくらいはわかっている……。将軍。ここでは障害物も多く、お前とて戦いにくい場所だろう。だからこの場は移動し――」

「逃げてブサイクな魔獣に泣きついて震える気か? ここで戦え!」

「!? 愚か者め!!! 今すぐマジュルンへの侮辱を撤回し謝罪をして、直ちに悔い改めよ!」


 容姿を侮辱する行為は最低最悪ですが、中でもマジュルンへの侮辱はマジュルンを育んでくれた魔界全体への侮辱にも等しく、即座に裁くべき大罪でした。

 マジュルンのつぶらなギョロ目と丸みのある曲線美を象るふわさらもっふんの良さを否定する者は、絶許です。理解なき者は滅ぶべし。魔王として、魔獣の主として、将軍を極刑に処する義務が魔王さまにはありました。

 報復の初手として、光の速さで将軍の頬を往復ビンタします。


「グッ…………!」

「血反吐を噛みしめよ、将軍。罪の重さに苛まれよ。一度、死ね。贖い、生まれ変わってからフレッシュな気持ちでマジュルンを讃えるがいい!」

『ま、魔王さま! 言ったそばから即挑発に乗らないで!』

「そ、そうですぞ、お待ちくだされ魔王さま! 爺と違って魔王さまは簡単に動いてはなりません。それとも昔の武闘会のように殺し合いをされるおつもりですか? 今の魔王はそんなことしないはずでしょう!」

「……………………。わかった。わかっている、単眼の、爺よ」


 単眼の悪魔と白髭の悪魔の諫言で、仇敵滅殺煉獄魔王玉を練り上げかけていた魔王さまはギリギリで気持ちを抑え、技の発動をキャンセルしました。


 配下の悪魔が間違いを犯してしまった時にはそれを正し、みんなを守った上でやり直す機会を用意するのが魔王としての仕事でしょう。将軍が悪口で誰かを傷つけそうになったら口を物理で塞ぎ、暴れそうになったら物理で抑え込む。そうです。危険なフラグがあったなら魔王チカラでへし折ればいいのです。

 平和を目指す魔王はこんなことで挫けてはいられません。


 魔王さまはビシッと将軍を指差しました。

 暴力に抵抗するための理屈を述べることにしたのです。


「将軍。武器を振り回して周囲を威圧して怒鳴り散らすのをやめろ。誰もが平和を保つ努力をする場なのだぞ」

「命令するな! 何が平和だ。残虐こそが悪魔の証明である! 力による支配こそが魔界の道理である! 貴様のせいで魔界はおかしくなってしまった! 弱い悪魔どもから富を奪い、従えてさらに支配を広げて、力と悪を誇るのが強い悪魔というものだろうがッ!」


 魔王さまは将軍の怒声に首を傾げました。


「これは異なことを言う。力による支配だと? 現状が正に、力によって支配されているではないか。我という完全なる魔王の絶対の力に悪魔たちは服従し、魔王の意に沿い平和に暮らしているのだ。将軍も昔の魔界と何一つ変わらず、同じように魔王の力と命令に従って、平和を謳歌したまえ」

「ふざけるなッ! あの時、俺が屈服したのは強く偉大なる魔王にだ。今の貴様のような戦わない魔王にではない!」

「……やれやれ、分からず屋め。まだわからんのか。我は魔王に逆らう力を持たない者は全て跪けと言っているのだ。将軍の望み通りの昔ながらの〝魔王〟としてな」

「ムッ……!?」


 魔王さまは一歩踏み出し、魔王専用エフェクトな闇のオーラで威圧しました。

 将軍が言う、権力と暴力で相手の意見をねじ伏せるという昔の悪魔らしいやり方を、わざとわかりやすくしてやったのでした。

 将軍は意表を突かれたのか、効果があったようで、将軍の尻尾が荒ぶる感情を表してビチビチしています。


「将軍。さっきから我を挑発するばかりで攻撃をして来ないのは、我に怯えているからなのだろう? 〝将軍〟と呼ばれて返答しているくらいだ。我に敗北し、我に屈服して、我に忠誠を誓って将軍という肩書きを認めているということだ。骨の髄まで我の命令に従い、将軍も軟弱者とやらになればいい」

「だ、黙れ黙れ黙れェッ! そうやって戦いから逃げ、言葉だけでやり込めると思っているのも気に入らんのだ!!!」


 将軍は巨剣を力に任せて振り上げ、魔王さまに攻撃をしてきました。

 舌戦で不利になったら肉体言語という名の暴力に訴えてくるとは、素直というか短絡的な反応です。当然、魔王さまは分身して簡単に身を躱しました。

 魔王さまは加勢しようとしてくれる白髭の悪魔と単眼の悪魔を止め、自信たっぷりに頷いて安心させます。

 なぜなら、ここまで全部魔王さまの計算通りなのでした。


「やれやれ……。聞いていれば、戦いから逃げているのは将軍の方ではないか?」

「な、何だと!?」

「我らを、この場に集う悪魔たちを軟弱だのと腐しているが、将軍は平和な暮らしをやらないのではなく、できないのでは? 自らを強い悪魔だとうそぶいているのに、その蔑んでいる弱い悪魔たちがしていることをできないのだろう? 将軍は平和に歌えず、愛を語って踊れもせず、趣味もなく……無力で、哀れで、不完全な悪魔なのだな……」

「誰が無力かッ!」


 瞬速で迫る将軍の巨剣を、魔王さまは苦もなく鉄拳で弾きました。

 カッコイイ魔王仕草に観客はきゃいきゃいと声援を、将軍にはブーイングを送っています。将軍は完全にアウェーとなっていました。

 最後の一押しとして、魔王さまは挑発を畳み掛けます。


「いいか。完全な力を持つ悪魔だけが魔王となるのだ。将軍もそれには異論あるまい。そして、完全なる悪魔ならば、暴虐は勿論、例え平和であっても完璧にこなせて当然だ。違うか?」

「それは……」

「将軍。もしも、将軍が無力ではないと、偉大な強い悪魔であるというならば、我が主催したこのイベント〝新魔王城完成祝だよ・お楽しみダンス大会〟で勝者になり、楽しめると証明してみせろ!」


 観客一同、そんなイベント名だったんだと思わなくもなかったですが、将軍の哄笑が響いて疑問を口にする隙間はありませんでした。

 将軍は高らかに宣言します。


「フッ……フハハハッ! よかろう、魔王よ! やってやるわッ! 平和なんぞ簡単すぎて今までやらなかっただけのこと。やるからには入賞などでは生ぬるい。近頃の軟弱な悪魔との違いを見せつけて、優勝してやるとも!!!」


 将軍の決意に観客がまばらな拍手を送り、係員が適切に控室に案内をして、将軍は大きな体らしい大きな足音をどすどすと立てながら去って行きました。




「なんといいますか……」

「うん……」

「……その……なんてチョロいのかと」

「言うな、爺よ」


 挑発には挑発を。目には目を歯には歯を。

 押してダメなら引いてみろ、引いてダメならもう一回押してみろ。

 暴力には愛をみたいな感じで、魔王さまの作戦は見事に成功しました。


 会場には出し物が一つ終わった感がありますし、観客と将軍が雰囲気に流されているうちに、さっさとイベントを開始するとしましょう。

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