第23話
夕暮れの終わり頃の薄闇に、不気味かわゆく光る茸でライトアップされた新魔王城が映えて、魔界各地から続々と訪れる悪魔たちを迎えていました。
今日もつつがなく、魔王さまの計画は順調に進んでいます。
新魔王城で迷わないように親切な案内板を設置しまくり、出来心で案内板と見せかけたクイズ板などを設置してみたりもして、客の誘導と困惑を生んでいました。
狂戦士モードに入った料理長が目と腕を増やして鍋を振るい、悪魔たちが暴食で消費するよりもご馳走の量を増やしていました。
マジュルンとジャリューの警備により、不届き者は適切に処理されていました。
「今のところは大きな問題もなく順調です、魔王さま」
「うむ。引き続きよろしく頼む」
魔王さまはすれ違う運営係の悪魔を労いながら、全体の様子を眺めて回っていました。カッチョ良くなった生まれ変わった新魔王城の内外では、魔王さま一派がイベントの最終準備のために大忙しにしていて、走り泳ぎ、飛び回っています。
常日頃、昔からの考えに固執して争いたがりの暴れる悪魔が現れたという報告が各地から上がってくるため、新しい魔王の新しい魔王城ではもっと新しい楽しいことや、嬉しい良いことがあると宣伝して、考えを改めさせ、もっと多くを仲間に引き込む必要がありました。
大衆を操るには知識の剥奪か、娯楽を与えるのが定石です。
魔王城建設中のマジュルンとジャリューのレースでは盛り上がりましたし、今日の新イベントが魔王主催の娯楽第一弾として成功すれば、昔からの快楽主義で世間体を気にする悪魔ほど、いいことばかりを不自然に強調した甘言に弱いものですし、広告の効果は絶大でしょう。
無事に工事が終わったと一息つく暇もなく、みんなの労働時間が増える日程になってしまいましたが、臨時ボーナスを支給し、言葉を尽くしてお願いしてでも、魔王さまが実現したかったことです。
魔王さまは気合を入れ直して華麗にマントを翻しました。
増築された魔王城の中にも収まらなかったのか、城壁の外にまで露天のお店が続々と増えていっていました。
不気味に嘶く魔界りんご飴などのおやつから、能力値が上昇する危ないお薬に、破壊力の代償に使用者の生命を要求する武器などなど、幅広く売られていて活気があります。すでに盛況と言ってもいいかもしれません。
ただ、好奇心で興奮したり、集団になって気が大きくなった者が乱痴気騒ぎを起こし、警備隊に捕まって説教されている正座姿も見かけました。
浮かれた明るい雰囲気の利点と欠点がよくわかる状況です。
念の為、警備隊の巡回頻度を増やすよう、魔王さまは追加指示をしておきました。
「それにしても魔王さまのポケットマネーをあんなに使ってもよかったのですか?」
「ふふ。我の貯金残高なら大丈夫だ、爺。マジュルンと自分らしくいられる生活を求めた日々を奮闘記としてまとめた〝魔獣と暮らす〟という同人誌を発行したら、魔獣との暮らしに迷う悪魔たちから好評でな、口コミからじわじわと部数が伸び、ちょっとした小金が我の懐に入っている」
「ははぁ、それはようございましたな」
「うむ。……あの時の我とマジュルンの苦悩と努力は誰かの標になり、様々な悩みを持つ魔獣の主たちが相談し合う場が各地で作られ、魔獣同好会の輪は活性化している。情報と知恵は本部に蓄積され、食べすぎはもちろん、食が細いなど偏食などなど、より魔獣の個性と多様なお悩みに対応できる情報網が構築されつつあるのだよ。ちなみに次号は〝ふわっふわサラサラを維持するブラッシングの極意 〜皮膚病退散祈願編〜〟という題でな、予約数は前号に並んでいるのだ。爺も期待していてくれ。ああ、そうだ。最近、肉体改造に目覚めたマジュルンとジャリューの日常も記録した別冊も作らねばならん」
「は、はぁ、そうっすか」
うっかり魔獣談義に踏み込むと魔王さまの話が長くなるので、白髭の悪魔はさっさと切り上げて、これからやるイベントの話題を振りました。
「魔王さま、そろそろイベント会場へ行きませんと」
「む。もうそんな時間か」
「爺は楽しみであると同時に緊張もしております」
「我も同じ気持ちだ。……このまま、みんなで無事に楽しく過ごせればいいのだが」
魔王さまは言ってから、人間の創作物だとこういう発言はフラグになってしまうと気づきました。
でも、まぁ、ここは魔界だから大丈夫でしょう。
◇
イベント会場には観客の悪魔たちが密集しつつも、行儀よく席についていました。
単眼の悪魔が拡声魔法で煽りまくっているためか、イベント開始前で、魔王さまが挨拶するまでもなく盛り上がっていました。
『みんなー! 生きてるかーい?』
「「「生きてるーーー」」」
『アンデッドのみんなは気分で答えてねー! アリーナも生きてるかーい?』
「「「それなりーーー」」」
『よっしゃ! みんなが生きてて嬉しい! さて、皆様お待ちかね、魔王さまの登場だ! 角の角度が今日もカッコイイぜ! 拍手! 自ら楽しむためにも拍手!』
短時間で訓練された客によるレスポンスの異様な熱気に戸惑いましたが魔王たる者、羞恥心に克服し、緊張を乗り越えて挨拶口上をするという難易度の高い仕事にも挑まなくてはなりません。
白髭の悪魔に貰ったカンペを手に魔王さまは深呼吸をして、声を出そうとしたその時でした。
イベント会場に不穏な影が落ち、見上げた悪魔たちを脅かすように風が吹き荒れ、重く唸りました。影が暗く大きくなっていくことで、ものすごい勢いで何かが降って来ているのだと悪魔たちは気づき、何だ何事だと騒ぎました。
何かは、意外なほど柔らかく地面に降り立ち、羽を広げて正体を明かします。
見るからに大きく、巨剣を担いでいかめしく武装をしている悪魔でした。
その悪魔は魔王さまが地方に配属命令を出していたはずの悪魔将軍でした。
将軍はどう好意的に解釈しようとしても戦闘態勢であり、魔王さまに敵意いっぱい殺意いっぱいで睨みつけてきています。
記念すべきイベントを前に暴れられてしまったら、新魔王城の工事に携わった悪魔たちの素晴らしい仕事も、イベントの準備を頑張ってくれた悪魔たちの努力も、これからを楽しみに集ってくれている悪魔たちの気持ちも、全部台無しにされてしまうでしょう。
「なんという……」
魔王さまはさっき自分が立てたフラグがあまりにも速攻で回収されたことに動揺して、反応が遅れてしまいました。
いち早く対応に当たったのは将軍と旧知の仲でもある白髭の悪魔です。
「今日は上空の飛行は禁止ですぞ、将軍!」
「フンッ。白髭か。魔界の隅で惨めに縮こまるしかできなかったくせに……。弱い悪魔でも偉ぶれるようになったのだから、魔王に媚を売ってよかったな!」
「ハンッ。お主ときたら魔王城の緩やかな組織縮小と効率化により、大悪魔七十二柱→二十四大獄魔将→星護十二魔将→四方位魔将と、その特別な魔将には選ばれずカッコイイ肩書きを失ったことをまだ逆恨みしておるようじゃな!」
「だ、黙れェ! 魔獣と竜に守られるようなへなちょこどもが!」
「おや? おやおや? 近頃、耳が遠くてのう……。マジュルン殿とジャリュー殿を恐れて避け、上空から侵入してきた自称強い悪魔が何か言っておりますかな?」
「魔王の後ろにこそこそと隠れているから聞こえぬのだろうが!」
白髭の悪魔と将軍は昔から折り合いが悪く、ついでに魔王さまと将軍も仲が悪かったりしますがだからといって、出会ってすぐ争おうとしてはいけません。
時候の挨拶から始め、相手と自分の機嫌を窺う努力をするのが大切です。
魔王さまはなるべく穏やかな気持ちを作ってから、間に入りました。
「両者やめないか。この場で争うことは我が禁じているのだぞ」
今のところ、観客は将軍の登場をイベントの演出だと信じている様子でした。
この場に居る限り、昔の魔界みたいに、強い悪魔に理不尽に踏み躙られることなく、魔王さまに守られて弱い悪魔も同じ席に居られて、のんびり楽しめるという信頼ゆえの反応でした。
単眼の悪魔が目を白黒させながら進行表を確認しているくらいで、まだ楽しい雰囲気は保たれています。仮に将軍が暴れるつもりだとしても、遠い場所に連れ出すとかして上手く収められれば、魔王さまがちょっと不在になってもイベントの方はなんとかなるでしょう。
魔王さまは将軍を落ち着かせようと、ゆっくりとした調子で話しかけました。
「将軍、白髭の悪魔が言ったように今日はマジュルンとジャリューら警備隊の負担を減らすため、魔王城上空の飛行は緊急時以外控えてほしい」
「そう言うな、魔王よ。遠方から急いで飛び、武闘会に参加するために来てやったのだからな!」
将軍は巨剣を見せつけるように担いでいて、挑発的な態度です。
でも魔王さまはそんなことが気にならないくらい、感激していました。
てっきり将軍は邪魔をしに来たのだと決めつけ、思い込んでいたけれど、新魔王城の祝いの場に駆けつけ、イベントに参加してくれると言うではありませんか。
これまでのギスギスしてボカスカ暴れてきた不仲な出来事は水に流し、今日空から飛んで来たことについても大目に見てもいい気がしました。
「そうか将軍……舞踏会に参加してくれるのか!」
「おうとも。昔のように武闘会にてすべての悪魔と戦って斬り伏せ、魔王にも勝利してみせよう! フハハハッ!」
相変わらず将軍は血気盛んで元気なようです。
魔王さまはちょっと困りながら、細かなことですが一応訂正を求めました。
「将軍、意気込みは素晴らしいがもっと穏当な言い回しにしてくれ。ここには気の弱い者も居るのだ。あと、我は審査員だから参加者と戦うとは言えないと思うぞ」
「……何? 配下の悪魔を戦わせるだけなのか? 魔剣も手元にないようだし、戦わないのではなく戦えないの間違いだろうが」
「魔剣? 要らないだろう。舞踏会だし」
「?? 己の肉体だけを武器にする武闘会なのか?」
「?? 踊りを競うことは確かに己の肉体を武器にするとも言えるが……、衣装として武器を持ちたいなら、将軍の好きにすればいいぞ」
「??? 踊り? 武闘会で?」
「??? 舞踏会だからな」
魔王さまと将軍は混乱して硬直しました。
どうも、なにか大いなる勘違いがあるっぽいです。
沈黙が続いて、見かねた単眼の悪魔が横から助言をしました。
『えー、えーっと、あのですね、将軍。今から始まるのはダンスなパーティーでしてね、ハイ。将軍が考えておられるような、魔界の古い、伝統的な流血死屍累々な殺し合いのバトルではなくてですね』
「……は? ダンス……だと?」
『ハイ。そうです。とってもパリピな微笑みダンパです』
あんまりなことに将軍はさらに硬直しました。
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