第21話
お掃除は魔王の力を持ってしても、というか悪魔全般、力が強すぎるためにうっかり持っている物を壊したり、くしゃみで魔法が誤作動して燃やしちゃったりする事故があり得ます。
もちろん、やろうと思えば魔法で全部片付けることもできるのですが、繊細で巧みな操作で魔法を操らないと結局は、力の配分が偏って物が壊れてしまったり飛んでいったりと、これまた悲惨な結果になりかねません。
予め物の位置情報を登録しておけば略式魔法で安全に楽にいけるのですが、骨の悪魔が言うには倉庫の半分の荷物は届いたばかりで未登録なため、地道に片付けるしかないとのことでした。
「おぉ。毒薬から霊薬まであるとはすごいコレクションですなぁ」
「年季の入った収集癖というだけですよ」
「こちらは呪いのお人形さんたちでは? 人間界で一世を風靡したものまで」
「いやぁ、それはなぜか捨てても戻ってきちゃうんですよね」
白髭の悪魔と骨の悪魔が楽しそうにしています。
魔王さまには価値がわからない物ばかりなので、作業はより緊張しますし、疎外感で寂しくなりました。
油断すると持っている物を握りつぶしそうなのでおっかなびっくりゆっくりと、床に落ちた瓶を棚に戻していきます。
「片付けながら考えてみたのですが、魔王さまの推理はけっこう当たっているのではないですかな? 襲撃者が何者かはわかりませんが、この倉庫にある物が狙われたとのです」
白髭の悪魔がドラマの刑事っぽく髭を撫でつけながら喋っています。
たぶん、魔王さまの探偵ごっこを羨ましく思っていて、自分でもやってみたかったのでしょう。
「しかし……この部屋に置いてあるのは、現代の魔界で価値が低い物ばかりでして。魔王さまの命令に背いてまでこんな事件は……」
「さっき我には価値がわからなかったのだが、爺がここにある物を見て懐かしみ、喜んでいただろう。何に価値を感じるかは悪魔それぞれなのだ。襲撃者にとっては重要な何かがあったのかもしれないぞ?」
「んー、なるほど。ですが、困りました。リストを作る前だった荷物もありますし、頭蓋骨に衝撃があったせいか記憶が飛んでしまいどうにも。そうでなくても長年悪魔やってると食べた魂の数も忘れるっていうか」
骨の悪魔は頭蓋骨をぐるぐる回すことで部屋の物を確認し、三週くらいしてみて、いよいよ困ったらしく穴の空いた頭蓋骨を抱えました。
「でしたらほら、このかっこいい限定妖狐お面シリーズが足りないとか?」
「違うと思うんですけどねぇ」
「ではでは、このかわいい完全受注生産地獄の番犬ぬいぐるみシリーズでは?」
「違うと思いますねぇ」
「もしかして、それこそ人間界の物が狙われたのでは?」
「……だとしたら……あの辺の箱を確かめみましょうか」
一同は骨の悪魔が指し示した箱の山を調べることにしました。
〝だんぼーる〟なる箱の〝がむてーぷ〟なる粘着物を剥がします。
「何だこれは」
「木刀です。十代くらいの人間が好んで持ちたがるらしいので取り寄せてみました」
「うーむ。確かになんとなく振り回したくなるような」
魔王さまは内なる暴力衝動や、威力誇示したがりな欲求を刺激されたような気がしました。自分の家にあると邪魔でつまらないけれども、他所で発見すると遊びたくなる不可思議な魅力があります。
続いて開けてみた箱には人間用の服が詰まっていて、次のは調理器具で、その次は時計と、やっぱりなんだかよくわからない物ばかりでした。
「む。何だこの物体は」
「それは人間界で流行っているカメラで……はっ。そうだ、それです魔王さま!」
「きゅ、急にどうしたのだ? 全身の骨を鳴らして」
「防犯カメラですよ、魔王さま。昨日、この倉庫に設置したカメラを確認すれば、襲撃者が映っているはずです!」
骨の悪魔の指示でみんなで部屋に戻り、機械の準備を手伝いました。
準備中に聞いた説明によると、犯罪が絶えない人間界では犯罪予防と犯行の記録のために防犯カメラをそこら中に設置しまくっていて、誰彼構わず監視しているんだそうです。昨今の人間界は魔界よりも恐ろしい世相らしいです。
「さぁ、ここから再生すれば……!」
倉庫内に居て、まだ無事な骨の悪魔の映像が映し出されました。
探しものの最中らしく箱を開けたり、引き出しを引っ張り、まるで倉庫内を荒らすように中身を漁っては奥へ向かって行きます。
そして、骨の悪魔が奥に到達した時、何かがものすごい勢いで骨の悪魔の後頭部へ突進してストライク殴打しました。哀れ、骨の悪魔は倒れ伏し、衝撃で崩れた荷物の山に埋もれました。
「い、今のが襲撃者ですかな?」
「よく見えなかった」
「もう一度、スロー再生で見てみましょう」
魔王さまたちは集中して画面を見つめ、丸っこいものが弾丸のように骨の悪魔にぶつかったところまで突き止めました。
「この丸っこいものは何だろう。子鬼や使い魔か何かか?」
「改造した魔法銃では?」
「……あー……えっと」
「あの小ささだとまだ周辺に潜んでいるかもしれんぞ」
「危険ですな。もしもまた攻撃されたら」
「……あの!」
「さっきからなんだ、骨の悪魔よ。一刻を争うというのに」
「そうですぞ。正体のわからぬ相手ほど厄介なものはないのに」
「襲撃者なんか居ませんでした!」
骨の悪魔が叫んだので、魔王さまと白髭の悪魔は顔を見合わせました。
次いで、どういう意味なのかと骨の悪魔に視線を移します。
「……えー、大変、言いづらいのですが、これは開発中の新商品〝ちび悪魔飛び跳ね〜るさん〟が誤起動したものでですね」
「よくわからないのだが」
「えぇと、きっとこれに……はい。こちらを御覧ください」
他のカメラと繋いだのか、違う角度の映像が出されました。
骨の悪魔の羽の先っぽが箱についていた紙のようなものを引っ掛けて落とし、箱から丸い物が飛んで行く映像でした。
さらに他のカメラによる違う角度での続きの映像によると、飛んで行った丸い物が天井にぶつかり、跳ね返って棚を引き倒しつつ、小気味よいテンポでどんどん跳ねては物を壊して進んで行き、奇跡のような偶然と勢いで骨の悪魔に必殺の一撃をお見舞していました。
「……ということでして、これは誤って封印の札を剥いでしまったわたくしめの自滅です。紛うことなき自滅でした! お騒がせして申し訳ありませんでした!」
骨の悪魔は裏返った声で謝罪し、骨の体だから汗も無いのにハンカチで額を拭って震えています。
危険物の存在を思い出せなかった骨の悪魔にも、用途不明の商品についても疑問はありましたが、推理ごっこに興じて居もしない襲撃者だ何だと騒いだ魔王さまたちの対応も悪かったと思うので、まごまごしました。
自分たちに以外に原因を求めて悪者が居る思い込み、自らを省みることを怠ったから事態がこじれたような気がします。とはいえ、みんなで事件を解明、解決しようと頑張っていましたから誰かを責めるのも違う気がしたのです。
「……まぁ、なんだ。不届き者は居なかったのだからそれでよいではないか」
「で、ですかね?」
「そうですな。事件でははなくて安心しましたし……」
「で、ですよね?」
なんとなし、みんな沈黙しました。
興ざめとはこういうことなのかもしれませんでした。
「……ドラマの続きでも見ようか」
「ですね……」
「熱いお茶を淹れましょう」
今日、悪かったのは誰か、何かと考えてみて、しいて言えば、悪いのは魔界の重力と偶然という名の運命ではないでしょうか。
魔王さまたちはそういうことにしておきました。
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