第20話
どらまでは登場人物たちへの事情聴取が始まりました。
富豪は偉そうで差別思想を開陳する人間で、とにかく相手に殺意を植え付けるようないかにも人間らしい性格です。こいつなら犯行予告を利用して商売敵の社長を殺したりしそうでした。
愛人は正体不明で金品目的で富豪の命を狙っていてもおかしくなさそうですし、この短い間で富豪に何度も怒鳴られた使用人たちも富豪を恨んでいそうでしたし、商売敵の他の商人たちも富豪を疎ましく思っていそうでした。
さらに、富豪の親戚の中には愛人に横恋慕している者が居てそいつも殺意を持っていそうだし、館を建てる前に住んでいた家族を追いやったから復讐に来そうですし、仕事を奪われ解雇された社員もまた復讐に来そうでした。
物語の舞台である富豪の館は、悪魔がドン引きするくらいに殺意と情念が渦巻いている危険地域でした。
ただ一人、病気で伏せっている富豪の母親だけが富豪の身を案じて警官に依頼をしたらしく、警官が警察組織上層部からの反発を恐れずに名探偵を呼ぶくらい協力しているのが救いでしょうか。
魔王さまは登場人物全員が怪しく感じていました。
こういう、物語の真相がわからないモヤモヤ感を人間は楽しんでいるのでしょう。
嘘とハッタリが行き交い、わりと真面目に聞いていないと誰が何時どこに居たとか、誰と誰が恋仲だとか友人だとかがわからなくなりそうです。別にわからなくなってもいいんですが、せっかくここまで見たのだからしっかり視聴しておきたいとも魔王さまは思いました。
「ささ、魔王さま。さっきとは違う人間界のお茶を用意してみましたぞ」
「ほほう。爺は勉強家だな」
魔王さまが人間界の香り高いお茶を味わい、お茶菓子に舌鼓を打っている間にもどらまの中で主人公は頑張って推理をしています。警官による異様にきめ細かいサポートを受け、持ち前の身軽さと手癖の悪さを活かして物的証拠を集めていました。
「アレですな。これは人間の情念が絡まったややこしいお話なんですな」
「わかりにくいから話題作になれなかったのではないか? 人間も悪魔も飽きっぽいものだし」
主人公は偽の名探偵とは思えない華麗な推理をして、かっこいい感じを醸していました。
しかし、やっと犯人を一人捕まえただけです。
しかも、それはまた別の犯行を企てている者でした。
犯人は何組も何人も居るという可能性に頭を抱えながら、主人公と警官は情報集めを続けます。
なんかもういっそ、全員を逮捕したほうがよさそうなくらいでした。
変人の科学者に頼って凶器を調べてもらったり、初登場から怪しかった人物への疑惑をさらに濃厚にする物が加えて発見されたり、謎がさらに深まっていく緊迫した最中にも強引に差し込まれるロマンスを主軸にした面倒な人間関係模様に、警察上層部からの圧力で捜査を中止するように再三言われたりして、被害者が増えるわで状況は悪化していきます。
それでも主人公は諦めず、卑劣な悪を追い詰めると正義に目覚めたところで、どらまの再生は終わってしまいました。
続きを見るには次のでぃすくと交換しないといけないみたいです。
画面が止まって集中が途切れたことで、魔王さまははたと骨の悪魔が戻ってきていないと気付きました。
「……骨の悪魔はどうしたのだろう?」
「倉庫で何か困っているかもしれません。呼びに行ってみますか」
「そうしよう」
◇
倉庫では惨状が広がっていました。
何が起こったのか、壊れかけの照明が弱々しく明滅しながら、倉庫内の荒れようを照らしています。
棚が倒れて引き出しは壊れて歪んでいますし、カーテンもクッションも破られています。山積みの箱が崩れ、中身が激しく散乱してもいます。
それだけでもひどいのに、壁や床や箱には謎の液体が付着していて毒々しい色で光っていますし、床のあちこちで粘着質の何かがぷるぷるしていたり、物陰から呻き声を上げる奇天烈なオブジェなどがあり、非情に危険な雰囲気でした。
床が埋まっていて足の踏み場がないくらいです。
魔王さまと白髭の悪魔は浮遊しながら骨の悪魔を探すことにしました。
奥へ行けば行くほど、見れば見るほど酷いありさまでした。
知らず、魔王さまと骨の悪魔は口をつぐんでいました。
行く手を塞ぐ棚を退かして現れた引っかき傷の跡から考えますと、骨の悪魔は何者かと争った可能性があります。魔王さまの索敵にはヒットしないので、襲撃者が居たとしても逃げおおせた後ということでしょうか。油断はできません。
ぷよんぷよんと跳ねて逃げる妙な毛玉をミニチュアの家に戻し、腕が回転して奇声を上げているぬいぐるみを捕獲し、怪しい壺からはみ出た黒い靄を収納してたどり着いた倉庫の最奥。物が崩れに崩れた山となっている場所を掘り起こしましたら、事件の被害者――部分的に骨が砕けた痛々しい姿で骨の悪魔が倒れていました。
頭蓋骨に大きく穴が空いています。
何らかの攻撃を受けて骨の悪魔は倒れ込み、そのままうつ伏せの状態で動けなくなったのでしょう。
「なんということだ……!」
「この地域での奇襲は魔王命令で禁じられています。事前に申請して、審判を立てた決闘以外認められていないはずなのに……魔王さま、これは反逆ですぞ!」
魔王さまと白髭の悪魔はこれからの対処法で頭を悩ませました。
白髭の悪魔の言うように、これは魔王への挑戦だと受け取れます。魔王の命令を無視し、魔王さまと親しい悪魔を標的にすることで挑発をしているのかもしれません。
「許せんな。我に異議があるのなら、我に立ち向かってくればいいものを」
魔王さまは憤っていました。
自分ではなく骨の悪魔を狙った何者かへの怒りと、この地域を完全に支配したと甘く考えていた自分への怒りでした。
「……あのー、魔王さま。もう動いてもいいですかね?」
「待て。もうちょい写真を撮っておく。襲撃者が何か物的証拠を残しているかもしれないからな。人間界のどらまによると現場の保存は需要なようだ」
現場にはなぜか、犯人につながる重要な証拠が残っていたりするようなのです。
魔界でも応用できるかもしれません。探偵を気取っていた主人公を真似て、魔王さまは魔法道具で部屋の写真を撮りまくりました。
「そんなに上手くいきますかね?」
「犯人の落とし物とか、血痕とか、指紋とかがあるらしいぞ」
「悪魔に指紋ってあるんですかね?」
「なかったとしても謎の体液とか、鱗粉とか、毛皮系の悪魔だったら抜け毛が落ちている……かも。これだけ倉庫を荒らしたのだから何か痕跡があるはずだ。……よし、もう動いてもいいぞ」
「いやぁ。ひどい目に遭いましたよ。倉庫の棚を動かしていたら、いきなり背後から衝撃が来て何がなにやら」
言いつつ、骨の悪魔はのろのろと起き上がりました。
骨の具合が悪いのか、カタカタと関節が震えて鳴っているし、くっつく箇所を間違えたっぽい骨が数本ありました。完治までには時間がかかりそうです。
「骨の悪魔殿。この荒れようは襲撃者と争ったからでは?」
「え。どうでしょう。探している物が置いてあると思った場所になくてですね、引き出しを開けたり閉めたりして……いやぁ、お恥ずかしい」
骨だから顔色が不明ですがたぶん、荒れている倉庫を見られて恥ずかしいのでしょう。骨の悪魔は頭蓋骨の位置を不必要に難解も調節していました。
「まぁ、でも、無事でよかったですな」
「何を仰るのですか、白髭の。ぜんぜん骨が無事ではありません。つまり、これは事件なのです。魔王さまに逆らい、我が肉体の殺害をも狙った卑劣な犯行ですよ!」
「はぁ、まぁ、アンデッドだから時間で復活できるでしょうし」
「本当に何を仰るのですか! アンデッドだからと、どうせ死なないからと被害が軽く見られるだなんておかしいですよ!」
「や、ほら、まぁ、死んだのは初めてではないでしょうから」
「だからその物言いはひどいですよ! よくあることだからと耐える必要なんてないでしょうに!」
「両者、待て。悪魔の困りごとは我が解決できるよう尽力する。それにこれは我への挑戦でもある。襲撃者はこの魔王が必ず捕まえてみせよう」
魔王さまは慰めに失敗した白髭の悪魔を退かし、骨の悪魔の訴えに頷きました。
探偵みたいに真面目くさって格好をつけて、骨の悪魔に事情聴取をしていきます。
「何時頃に気を失ったかわかるか?」
「……あれはそう、倉庫に来てから半刻ほど経ってからでしょうか。本当にいきなり背後から衝撃が来て、失神しましたね」
「ふむふむ。……では、襲撃者に心当たりはあるか?」
「いいえ、魔王さま」
「よく考えるのだ。例えば、誰かの故郷の村を焼いて憎まれていたり、職場でつまらないギャグを言って部下にストレスを与えていたり、良かれ悪かれ、相手の視覚に刺激を与えていたりとか、騒音を作ってしまっていたり、強すぎる臭いを身につけていたりで無自覚に迷惑行為に及んでいたとかは」
「そんな……! 魔王さまの平和の理念に感銘を受けてからは、村焼きなんてしていませんし、会社の労働基準を厳守していますし、率先してパワハラ防止研修や職場環境改善運動に参加してきて、どうすればみんなで気持ちよく働けるかを真剣に考えてきましたのに!」
「う、うーむ。組織改善の会の場でさえ、権力を持っている側からの無理強いや無意識というものは発生しやすいものだし、恨みはどこでどう向けられるかわからないものだし、……いや、逆恨みということもある……けど、怨恨ではない路線でも推理してみるべきか……」
「……魔王さま、この状況をちょっと楽しんでません?」
骨の悪魔に疑惑の視線を向けられたのを魔王さまは咳払いでごまかしつつ、改めて事件現場である倉庫を見渡しました。
物に溢れて荒れてマジでどうしようもない感じですが、だからこそ狙われたのではないかと思いました。
魔王さまが魔王になる前から、骨の悪魔は悪魔同士の地位争いよりも物集めを好んでいました。財宝や有用な呪物や溜め込んでいるのは事実ですが、それが噂で流れたせいで、よく血気盛んな悪魔に襲撃されてそれを返り討ちにしたり、やり過ごしたりするうちに地位争いに夢中な悪魔たちより上の地位になったのですから、不思議な経緯です。それはともかくとして、骨の悪魔が長年溜め込んだ物の中には、骨の悪魔が忘れているとんでもなく貴重な物があるのではないかと、魔王さまは考えたのでした。
「襲撃者の目的はこの部屋から何かを盗むつもりだったのではないか? 犯行に使われた凶器で襲撃者像を絞れるかもしれん」
「骨の悪魔殿の防御力高めな頭蓋を砕くとなると、半端な悪魔ではないでしょう」
「うむ。もしくは殺傷力の高い魔剣のような凶器が使われたに違いない」
魔王さまは白髭の悪魔と共に骨の悪魔の頭部を調べることにしました。
間近で骨を見られるのを恥ずかしがる骨の悪魔には構わず、傷口の大きさや角度を確かめます。目立った魔法の痕跡はありませんでした。純粋な物理攻撃で殴ったと思われます。
背後かつ上から、しかも一撃で骨の悪魔を倒したということは、骨の悪魔よりも大きくて筋肉自慢な悪魔の仕業である可能性が高いでしょう。
「あれだ。どらまで出てきたバールのようなものではないか?」
「有名な悪魔の?」
「いや、バールという工具があるらしくて、ハンマーみたいなのがだな」
「人間界の武器をわざわざ魔界に持ち込むでしょうか? 魔王さまはフィクションと現実の境目が曖昧になっておられるのでは? 参考にしすぎでしょう」
「何を言うか、爺。現実を基にして作られるのがフィクションなのだから、フィクションから現実の情報を抽出することも可能だ。現実と虚構は相互に影響を与えて成り立つものだぞ」
魔王さまは名探偵になりきり、これまでの情報から導いた推理を披露しました。
「襲撃者は骨の悪魔の活躍を妬んでいたのだ。……この倉庫にある宝を所有すべきは優れている自分の方だと考えるくらいに貪欲で高慢な性格であり、盗みを企んだ。しかしだ。計画を練らない怠惰さで侵入したため、倉庫で発見したお菓子を食い散らかしてのんびりしていた。そこで骨の悪魔と鉢合わせてしまい、慌てふためき、予定通りにいかないことに怒り、そばにあった鈍器で骨の悪魔を攻撃して逃走したのだ……! つまり、骨の悪魔の住所や倉庫の存在を知っている者……襲撃者は魔界商会の中に居る!」
「いいえ、魔王さま。犯行時間はみんな商談中だから全員アリバイがありますし、そんな大罪を網羅したような悪魔は知り合いに居ません」
「なんでだ」
「なんでと言われましても」
推理が外れて魔王さまはがっかりしました。
いきなり名探偵になるなんて無謀だったようです。
ドラマみたいに異様に優秀だったりドジっ子だったりする助手が居ないと名探偵にはなれないのだと気づきました。
「あの、魔王さま。とりあえず倉庫の掃除をしませんか?」
「何か新しい証拠が新しく出てくるかもしれませんよ」
「うん……」
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