第19話 アンデッド襲撃事件簿
悪魔たちが使う〝人間界〟という呼び名は嫌味というか、強欲に無責任に振る舞う人間たちの様子をまるで暴君だと嘲ったつもりだったのですが、人間にはびっくりするくらい伝わらなくて、そうともここは人間界だなどと受け入れられた時から定着していきました。悪魔としても、愚かで業突く張りなそのままの人間でいてくれたほうが操るのに都合がよかったため、積極的に人間界だねと吹聴して利用してきました。
そんな風に昔から悪魔と人間は影響を与え合い、時には共に悪事の限りを尽くしたものですが、何十年、年百年、何千年と同じようなことをしていれば飽きてくるものでして、だんだんと悪魔たちの人間界離れは加速していきました。そして、今の魔王さまが魔王さまになって悪魔の生活変化を訴えたことが決定的な転機となり、スローライフ時代が訪れたのでした。
魔王さま的には、まんまと上手くいったぞとほくそ笑む流れではありますが、悪魔たちが魔界に閉じこもって他の世界に興味を持たなくなり、好奇心が枯れきってしまったり、比較対象を得ることでの技術発展が滞るのは、長期的に考えるとあまりいい傾向ではありません。
どうしたものかと悩んだ魔王さまは、まずは自らを改善できるかを試そうと決めて、人間勉強会を発足することにしました。
人間界はいつまで経っても悪事に飽きない人間たちばかりで、まるで代わり映えがしない歴史を繰り返しているようですがその実、悪魔には無い必死さと言いますか、寿命が短いがゆえの活発さがあり、細かな部分では常に目まぐるしい変化が起こっています。特に魔法を忘れた人間たちだからこそ作る奇妙な発明や、変わり者の人間が遺した書物など、悪魔がこれまで興味を持たなかったことがもったいないくらいに面白いものがあるのです。
魔王さまもですが、人間界から離れて久しい悪魔たちは人間界についての知識が著しく偏っていたり、ぜんぜん知らなかったりする部分が多々あります。だからみんなで興味を持ったものについて研究して、発表しあったりする人間勉強会を定期的に開けば、スローライフのたまの刺激になるはずです。
今日は広く悪魔たちを呼ぶ前のお試し期間ということで、魔王さまは馴染みの白髭の悪魔と骨の悪魔と一緒に勉強会をしてみる予定でして、夕暮れ時に骨の悪魔の家を訪れていました。外壁までも骨っぽく造られた荒涼たる雰囲気で、家主の徹底した骨愛を感じることができる好印象なお家でした。
「これはこれは魔王さま、今日も完全なるご様子で」
「うむ。今日もいい骨だな」
「折角なので人間界のお茶とお菓子を持ってきましたぞ」
魔王城以外でまともに会うのは初めてなせいか、なんとなく余所余所しい挨拶を交わしたあと、骨の悪魔の家の中に招かれました。
丁寧に魔法が塗り込まれた通路は快適な温度に保たれ、魔王さまでも余裕のある広さがあり、壁に小骨が飾ってあるのが目を引きました。壁にぺたぺたと貼って飾る人間の習性を真似た魔界アレンジでしょう。人間勉強会の場にふさわしい粋な計らいでした。
「骨の悪魔よ。例の物は手に入ったのか?」
「ええ、魔王さま。ぬかりなく」
「いんふるえんさーが拡散した直後とかで品薄らしいのだが、よく手に入ったな」
「人間の中にはちょっとお金を積んでやるだけで何でもする者が居るのでね」
感心する魔王さまに、骨の悪魔が頭蓋骨で器用にも悪そうな笑顔を作りました。顎の位置を歪ませて歯ぎしりするのが悪印象のポイントみたいでした。
魔王さまはどらま鑑賞に向けてクッションを集め、骨の悪魔はいそいそと人間界の機械をセットをして、白髭の悪魔は人間界のお茶を淹れました。準備万端です。
「魔法を使えば簡単ですのになぁ」
「それを楽しもうではないか、爺よ。矮小で無力な人間の身の気分になってみるのも、悪魔の遊びらしくてよい」
「いやはや。人間が魔法を忘れたのはいつの時代でしたかのう」
骨の悪魔は魔王さまのご所望で用意された例の物――人間友達のユウから聞いた話題作てれびどらまのぶるーれいでぃすくぼっくすから円形の物を一枚取り出して、箱に食べさせていました。
魔王さまの人間界の知識は半端なので、最近の人間界の機械のことはちんぷんかんぷんです。だからこそ興味が尽きません。
「配信で見るほうが人間みたいに流行に乗れると思ったんですがね、契約を魔界まで繋げるのは経由地の用意などで難がありまして……今回は箱買いで特典も得てみようかなと」
「うーむ。我の知らないことばかりでさっぱりわからん」
「魔王さまならばすぐに覚えられますよ」
雑談中に場が整ったのか、骨の悪魔が何かをしたら、正面に置いてあった大きな板から映像や音声が再生されました。
文字がでかでかと出るやかましい場面から転換し、てれびどらまのお話は人間と生活音で満ちた駅から始まりました。
この前、魔王様が人間界で見た駅よりも古びた雰囲気なので、時代設定が昔なのでしょうか。雑踏の人間の中からなんとなく軽薄な印象を覚える人間が画面の中心に映されています。
「商品パッケージの中央にも居ますし、この人間が主人公みたいですね」
「人間の区別がつきませんなぁ。せめて角が生えていれば見分けがつくものを」
「む。……おかしいな。ユウ殿に教えてもらって魔法眼鏡に登録していたのとは違う人物のようだが」
「えっ」
骨の悪魔は慌てて画面を一時停止してから、ぼっくすを確認しました。
よくよく見比べてみれば、魔王さまが依頼した物とタイトルはほぼ同じなのに、パッケージが違います。
「どうされました、骨の。まさか偽物なのですか?」
「……は、その、もう一度検索して調べたところ、これはどうやら違う会社になった後の別物でして、最近話題になっているのはリメイクの方でそれも似たようなタイトルで……さらに他にも別会社が似たタイトルの別物を出していたらしく……」
「つまり魔王さまのご所望と違うのでしょう。これは失態ですぞ。気づかないなんてお主の目は節穴ですか!」
「骨なので実際に穴が空いておりますので……」
「言い訳の前に謝罪をすべきですぞ!」
「まぁ待て。我のために争うな。似た物があると予め注意をできなかった我も未熟だった。話題作は後日にするとして、今回はこのよくわからないどらまを試してみようではないか」
「魔王さまがそう仰るなら……」
「さすが我らの魔王さまは寛大でいらっしゃる」
魔王さまは白髭の悪魔を抑え、間違えてしょんぼりする骨の悪魔を励まして、どらまの続きを促しました。
一時停止から動いた主人公がすれ違いざま、他の人間の持ち物を盗みました。久々に見る悪事でした。
「ほほう、窃盗ですか。いい腕ですな」
「爺よ。これは演技を撮影したものだから、本当に盗む技術があるとは限らないぞ」
「こちらの特典の冊子によると役者が器用で、窃盗は実演しているようです」
場所も衣装も偽物ですが、本物も混ざっているということでしょうか。
虚構と現実の不安定なバランスを人間は容易に受け入れているのでしょうか。
盗みを働いたのだからこの主人公は善人でもないようですし、悪人を主役にするのでしょうか。
人間界の娯楽は魔王さまが考えるよりも複雑なようでした。
それに悪魔の感覚だと、魔法でもっと直接感覚に訴えてくる幻覚や快楽の娯楽に慣れているので、じっと動かず一方向から味わうのはとても新鮮です。
人間界のお茶に、人間界のお菓子、人間界の娯楽ということで早くも刺激がいっぱいで、魔王さまは画面に集中していきました。
唐突に差し込まれた回想シーンによると、主人公は友人との約束で盗みをやめていたらしいのですが、その友人が病気になってしまい葛藤の末、高価な薬を買うお金欲しさの犯行だったようです。
主人公の悪行には理由があり、誰かのためだと視聴者に教えることで、好感度が下がりきらないように作られているということです。人間が娯楽ないし商売のために同胞に使っているのは、悪魔が忘れかけている人心掌握術に似ていました。
「あ、捕まった」
盗んだ物を見つめながらのんきに回想シーンが入っていたくらいですから、警官に見咎められたのは自然な展開に思えました。しかもなにやら、盗んだ物は主人公には不相応な高価な物らしくて、警官は厳しく主人公に詰め寄っています。捕まるわけにはいかない主人公は咄嗟の嘘で、自分は盗んだのではなく窃盗犯から取り返したのだと言い張りました。
そうしたらば警官は急に態度を軟化させました。主人公を待ち合わせていた名探偵だと思い込んだのです。否定したら疑われてしまうので、主人公は名探偵の振りをするしかなくなり、やけくそで名探偵を演じて、警官と共に犯行予告があったとかいう富豪の館へ行くことになったのでした。
「はて。この警官こそ胡散臭いのでは?」
「人間は創作物の中でさえ権威に弱く、疑いすら持てないのだろう」
「あれが高価だとは、相変わらず悪魔と価値観が違いすぎますね」
それぞれ画面の中へ勝手な感想を投げつつ、主人公を見守っていきます。
警官は名探偵のファンなのか、しつこく質問をしていますが主人公は適当にはぐらかしました。盗みに嘘とは、なかなかに業が深いキャラクターです。
そうして二人が富豪の館の扉を開いた瞬間、今日び魔界でも聞かないような絹を裂くような悲鳴が上がりました。
急展開です。
犯行予告よりも前に事件が起こってしまいました。
登場人物たちは新鮮な死体を囲んで不安と恐怖を浮かべ、右往左往しています。
警官にも富豪にも事件を解決してくれと頼まれて、偽の名探偵である主人公の精神は追い詰められました。
「……奇妙だな。人間は一度死んだら救世主でもない限り、復活できない。それなのに死や暴力を扱った創作物を楽しむとは」
「暴力や死を恐れているからこそ、創作物で慣れようとしているのではないか?」
「さぁ、どうでしょう。暴力や死を好んでいるだけに思えますよ。人間はどうやら自分とは関係ない出来事だという強固な自己認識があれば、安全な恐怖として楽しむ図太さがあるみたいですし」
富豪の誕生日を祝うパーティーの最中での事件であり、犯行予告ではパーティーが最も盛り上がった時に、それはそれはバイオレンスな方法で富豪を殺害するなどと書いてあり、被害者になったどこそこの商人とやらは無関係なはずでした。
警官の助言というか誘導で主人公は、犯行予告を利用してもう一つの事件が発生したと、つまり犯人が二組いると気づきます。
「こんな面倒な大事にせずとも悪魔と契約してやれば完全犯罪ですのに……。人間は魔法を、悪魔召喚のやり方も忘れてしまったんですな」
「いや、犯罪の狡猾さを表すのが目的ではなく、主人公が犯罪を暴くのが主題なのだろう? この作り話は悪行の見本のように思えるが、悪行を働けば必ず報いを受けるという結末にすることで、視聴者に道徳を刷り込むのが目的なのだ」
「そうですかねぇ。現実だとできない行動や感情を消費したいだけのようにも思えますけど」
人間が作り上げた創作物の中には、人間の願望がこれでもかと注ぎ込まれていたり、社会の仕組みで強いられた状況が反映されているようでした。
ゆるまったり鑑賞しているだけですが、魔王さまが知らない人間の考えを感じられます。人間勉強会は我ながらいい思いつきだったかもしれません。
「あっと、そうだった。魔王さま、せっかくの機会ですし、最新のスピーカーやヘッドホンも試してみませんか? 人間が考える音というのも興味深いですからね。ちょっと倉庫から持って来ますから、魔王さまと白髭の悪魔殿はこのままご視聴ください」
「そうか? すまないな」
「爺はお茶のおかわりを淹れてきますぞ」
「む。骨の悪魔殿も爺も居ないなら休憩にしようか」
「いえいえ、魔王さまはそのままで。目と耳を置いていけば、爺も続きはわかりますから」
魔王さまは好意に甘えて視聴を継続するとします。
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