第18話
一方その頃。
魔王さまと悪魔たちは円陣で座り込み、反省会をしていました。
「ダメでしたねぇ、我々」
「うむ……」
「配慮や公平さという言葉の建前だけで満足してしまい、実践ができていませんでしたね。馴れ合いと言いますか、作業員の息抜きを優先して、ジャリュー殿への配慮が欠けておりました」
「理念まではよかったと思うのだが、我々は実行できていなかったということだな。うーむ」
みんな競技後のジャリュー歓迎会という名の宴会を楽しみにしていたため、ふわっふわと大分浮かれていました。かつての悪魔的な好戦気分に似た感覚で盛り上がり過ぎたのも、悪い方に作用しました。
「最高責任者である我が不甲斐なかったのだ。みんなの努力を台無しにしてしまい、すまない……」
魔王さまは古くから居たマジュルンを立てるべきであり、新しい場所に来て慣れないジャリューという新入りのことも思いやるべき立場でした。可能な限り、客観性と公平さを保とうと努力しつつ、サポートをするのが魔王としての努めだったでしょう。それなのに魔王さまはマジュルンばかりを見て、少しも全く欠片も1mmも1Pixelも1byteも思いやれていませんでした。
「即戦力を求めたい、ならばこそ実力を発揮できる環境を整えるのが筋でしたなぁ」
「そらいきなり知らない奴らに囲まれて、お前の能力を見せてみろっていうのはちょっと難ありですよね。自分も同じ立場だったら嫌です。しかも、事前にジャリュー殿は好戦的なタイプではない引っ込み思案だと聞いていました……プレッシャーでさぞ傷つかれたことでしょう」
「うむ。それを考えればジャリューはよくやってくれたのではないか? 地の利があるマジュルンの方が有利だというのに、減点されてでも順位争いで勝てる見込みのある方法を選んだのだから」
みんなで温かい魔界茶をすすりつつも、うなだれました。
ジャリューがこの場を泣きながら去っていった瞬間を思い出し、上手くいかなかったことを申し訳なく、悲しく感じていました。
思い思いに反省を口にします。
「調子に乗って実況で煽ったりしてすんませんでした……」
「他者の暮らしに関わる出来事を軽々しく賭け事のネタにしてごめんなさい……」
「相手の気持ちを少しも考えずにブーイングをして申し訳ございませんでした……」
「優しくなれなかったことを大変誠に心から幾重にも陳謝したいでござる……」
「うむ。だがこの場で謝罪を口にしたところで、ジャリューに伝わらないし、なんの意味も持たないのだ……」
魔王さまの言葉で場の雰囲気は一段とぐったりどろどろと重苦しくなり、湿度も上昇しました。
みんな空気の重さに負けています。
地面に埋もれるようにいじけて動けなくなっていましたが、そこへ丸っこい巨体が駆けてきました。
「ど、どうしたのだマジュルン……? お風呂が嫌で逃げたのでは」
「キュキュッ、ワワワ! ヴォウ! バウバゥウワン!」
「……なんと。一週間に一回のスペシャルおやつを取ってきて、しかもそれを友好の証にジャリューと半分こしたいだと……? 本気なのか、マジュルン……!」
「ワワンワワワン、キュッキュワン!」
「そうか……。そうだな。ジャリューにはジャリューの気持ちがある。我々がいくら想像しても我々の想像の域を出ないのだから、すべてを決めつけてはいけないよな。まずはこちらの思いを伝える努力をしなければ……!」
マジュルンがなんて言っていたのか、みんなさっぱりわかりませんでしたが、魔王さまがいい感じにまとめだしたので、そういうことにしておきました。
お茶菓子をかじって、お茶を飲み干して、元気をひねり出してジャリューを探しに行きましょう。
◇
「ぁのね。愛ってゆぅのは求めるだけでは得られないものなのよ、、、だから戦いなのょね。闘争本能を迸らせ己の存在意義を示すのょっ!」
「できたらこんなとこに居ないっす」
「アラそう? 最近の竜って気難しいのね、、、」
宝物庫では何度目かのジャリューのすすり泣きが響いていました。
「も〜、、、泣くのも疲れるでしょうに。ナニか話してみなさいな。話すぅちに気持ちの整理がつくカラ」
「……ぼ、ぼぼ、ぼくっ」
「涙を拭いて。ゆっくりでぃぃのょ。気持ちを言葉に変換するのって難しくて大変なコトなんだから」
「ぼくぅ、ぜんじぇんだめでっ」
「ダメと言ってもイロイロなダメがぁるはずでしょ? どぅダメだったのかを考えてみたら、改善できるコトだって気づけるかもだし、逃げられるコトなのかもしれないし、そんでもしも本当にダメだったら、ゃめられる方法を考えましょ?」
魔剣が気を遣って温風を生み出し、ジャリューを暖めました。
辛抱強くジャリューを励まして愛と余裕をもって接しています。自分のことだと暴走しがちな魔剣ですが、出会ってばかりの相手だったら無責任に優しくできたりするのでした。誰しも自分とは関わりの薄い他者のことであれば、客観性と冷静さを保ちながらちゃんとした意見をできたりしますん。
「ぼくの家族はみんなエリートの中のエリートっす。お、お祖父様なんか竜王だったし、パパもママも魔界最強査定三ツ星評価連続で取って殿堂入りの十二魔星に選ばれてるし、兄弟姉妹も霊峰を領土にしちゃうくらいだし……」
「ぅんぅん、それでそれで?」
「でも、ぼくは生まれる時からぜんぜんで、卵の殻を破るのに三日かかっちゃったし、強引に裏口入学させられた学校でもやっぱり買収できないほどに成績悪くて、でもお祖父様の威光に怯えた先生は必死で良い成績をつけようとして、だんだんぼくだけ授業がみっちりに……でもぼく、できないから、できなくてもお祖父様は学校に圧力を掛け続けちゃうから……裏庭で校長先生が黄昏れてたのを見たっす……」
「それはつらいゎね。大人に振り回されてきたのね。、、、続けて?」
たどたどしいジャリューの訴えに、魔剣は刀身に纏わせたオーラの点滅で相槌をうちました。こういう時は例えどんなにいい助言をしたとしても、相手が受け取れる状態でなければ逆効果になるものです。何か言いたくなってもこらえて、聞き役に徹する時でした。
「ぼくはっ、ぼくだっていつか家族みたいに立派な竜になれると思って、思いたかったけど、ダメだったから、え、エリート竜になれないって喚いて、パパとママは諦めてたんだけども、お祖父様は納得してくれないみたいで、何かと課題を与えてくるっす。何度やってもぼくできなくて、自分で掘った墓穴に埋まろうと思ったのに、キノコの群れに奪われてっ」
「ぅんぅん偉ぃヮよ。自分なりに戦ってきたってコトでしょ」
「穴から地上に逃げたら幼馴染に捕獲されちゃって、家に帰らされたらママに面接に行きなさいって……ぼ、ぼく、それで今日は魔王城での実力テストだったけど、魔獣に勝てなかったっす。追いついたと思っても、また追いつけなくなって。だ、だめっす。だ、誰もぼくのことなんか期待してないっす」
「ぁら〜、、、ぅ〜ん。嫌なら実家も魔王城も行くのゃめればイイんじゃなぃ? 竜の頑丈さを活かせば魔界のどこでも生きてぃけるでしょ?」
「ダメっす! お祖父様は失敗を許さないっす。どこまでもぼくを追いかけてきて、そう、竜は我が子を奈落へ蹴飛ばすという竜の昔からの教育方針でお祖父様は、ぶ、ぶるぶるがくぶる」
「バイオレンスな教育方針なのね〜」
「ぼくは……どうすればいいっすか……」
ジャリューは多量の涙と鼻水と共に長年溜めていた鬱屈を吐き出しました。
敵の隙を見極めるのと同じ感覚で、ジャリューが沈みきって落ち着いた時を見計らっていた魔剣は、今が好機だと語りかけました。
「手段を尽くして優位にたてなかったら愕然とするの、ゎかるゎ。でもね、ジャリューちゃんがマジュルンちゃんに勝てないのは当然だと思ぅのね」
「……ぼ、ぼくがヘタレ竜だからっすか。どうでもいいからっすか!?」
「違ぅゎょ。そもそも魔王城はマジュルンちゃんの住処なんだから、勝てなくて当然なの。一度でも追いつけたんだから大したものだゎ」
「そ、そうっすかね?」
「そうょ。反省って大事だケド、自分を傷つけるのはょくなぃヮ。自分の味方もちゃんとしてぁげなきゃ」
「でもぼくなんか……」
ジャリューはさらにふさぎ込みました。
陰気で卑屈で鬱陶しい感じに、魔剣は相手するのに飽きてきました。
「できなぃできなぃってそもそも悪ぃコトじゃなぃのよ?」
「……ど、どういうコトっすか?」
「イィ? デキるヤツってどうして有難がられて、価値があると思ぅ?」
「ゆ、優秀だからっす。希少だからっす。能力主義っす」
「そうょ。そこを考えてみて? デキるヤツはできないヤツの多さによって希少価値を得ているの。これは逆に言えば、できないヤツが居るおかげでデキるヤツは存在意義を確かにしてぃると言っても過言ではなくて、できなぃヤツこそが真に感謝されるべき存在なの!」
「え。……いや、それはちょっと……」
「は? このぁたしの言うコトが信じられないの?」
「いえっ、いいえ、そうだと思いま、そ、そうっす! そうに違いないっす!」
「そぅそぅ!」
魔剣は強引にジャリューを脅し――いえ、励ましました。
「、、、それに、できなぃアナタのコトがどうでもイイなら、お迎えが来るワケなぃじゃなぃ。ねぇ? マジュルンちゃん?」
「ワンキュキュワッワン!」
「……マ……マジュルン先輩……!?」
ジャリューが涙を拭いて顔を上げたら、そこにはマジュルンが居ました。
ほうぼう走り回ったのでしょうか。競技後の汚れた姿のままで息が荒く、植物の種まで追加でつけていました。
「……ま、負けたぼくを嘲笑いに来たのでは……?」
「そうしたぃんだったら、ジャリューちゃんは出会い頭にアタナに噛み付いて振り回すでしょ! でもしなぃってコトは! 違うのょ! 全力を尽くして競技をゃりきったジャリューちゃんへの敬意と、新たな仲間への愛ょ!」
「ワーンキュワワガルッ!」
「魔王と悪魔たちもあなたを待っているって! 良かったじゃなぃ。帰れる場所に愛があるのなら、早く帰りなさいな」
「……で、でもぼ、ぼくを捕まえに来たのでは? 魔王城内で野垂れ死には困るから義務感で捜しに来たのでは……!」
「フ。マジュルンちゃんの食い意地は本物ょ、、、。たかが先輩としての義務感でおやつを持ってくるなんてぁりぇなぃヮ、、、」
マジュルンはスペシャルおやつの袋を咥えていました。
その袋をジャリューのそばに置いて、尻尾を振っています。
それは魔剣の言うとおり、愛でした。
思い返せばジャリューの同級生たちは賄賂や脅迫を受けていたせいか、ジャリューを勝たせようととにかく必死で、誰も真剣にジャリューと戦ってくれる相手はいませんでしたし、先生もどうにか成績が良くなるようにどうにかしようと焦るばかりで、ジャリュー自身と向き合ってくれる者はいませんでした。
ですがマジュルンは最初からジャリューと真剣に戦ってくれました。
竜の一族を恐れることなく、侮ることなく、仲間として正々堂々勝負をしてくれたし、負けたジャリューを嘲らずに仲間として迎え入れるために、ジャリューを捜しに来てくれたのです。
仲間のために労を惜しまず、仲間とこれからの時間を分かち合うために。
幼馴染竜以外で、この魔王城で出会えたことにジャリューは感極まりました。
「ま、マジュルン先輩……!」
「キュッキュ、キュキュ!」
ひしと抱き合い、竜と魔獣は仲直りをして、新たに始まる友情を確信しました。
魔剣が闇オーラをちぎり、ハートやお星さまマークを飛ばして祝いました。
◇
「キュワワーン、キュッキュワッフ!」
「はいっす、今日も頑張るっす!」
それから魔王城では魔獣と竜が警備をするようになりました。
マジュルンとジャリューは仲良く走ったり、仲良く侵入者を噛み砕いたり、仲良くお昼寝をしたりします。今日なんて、同じ寝相で寝ていました。
「……おや。仲のいいことだ。少し妬けてしまうな」
魔王さまは微笑し、マジュルンとジャリューの今日のおやつを準備するのでした。
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