第17話
ジャリューは走っていました。
ジャリューは打ちひしがれていました。
「ぅうっ……終わりっす。ぼくはきっとなんにもできない運命なんす……」
学校の成績は一族で最も悪くて失敗したし、親のコネで入れるはずだった面接でも緊張して遅刻して失敗したことは何度もあるし、最後の親の情けで与えられた今日のチャンスも魔獣に敗北しました。
失敗だらけの負け続きでした。完敗でした。竜にあるまじき弱さでした。
「怖かったっす……。歌と踊りが大好きな陽気魔王と愉快な悪魔たちなんて大嘘っす。新入りを晒し者にして古参が勝利をキメる……あれが冷酷無慈悲魔王と魔獣と悪魔のやり方っす。……竜に敗北なし、なのに……お、お祖父様になんて言われるか……いや、もう何も言われないのかもっす。竜失格っすから……」
自分は人生の負け竜なのだと、変われないのだとジャリューは思いました。
頑張っても無駄だと、頑張ったぶんだけ余計に苦しく惨めになるのなら、最初から頑張らないほうがいいのだと思ったのです。
「っていうか、ここはどこっすか……?」
魔王城の外を目指して走っていたのに、よくわからない冷たい雰囲気の廊下にジャリューは居ました。
なんでやねん。
泣きながら走っていたにしても、屋内に入り込むのはどうしてなのか。
どじなことに、空間移動の魔法とかを踏んでしまったのかもしれません。
完全に迷子です。ジャリューは自分が情けなくて、また涙が出てきました。
「……なんでっすか」
どうしてこんなに何もかも上手くいかないのでしょう。
一族の竜のみんなと、どうしてこんなにも自分は違うのでしょう。
「……おかしいっす」
だいたい今時、こんなややこしいラストダンジョン仕様の魔王城はどうかと思いませんか。これだから魔王城はと悔しさと悲しさを他罰的思考に転換して、少し元気を取り戻したジャリューは、出口を求めて探索を開始しました。
のっぺりとした無機質な壁と高い天井の廊下は、同じ色、同じ形で距離感も方角もわからなくなります。薄暗く冷たい雰囲気に不安が強まっていくのをジャリューは感じました。
一歩歩くたびに爪が当たる音が響き、遠くまで反響していくうちに、音が前から鳴っているのか、後ろから鳴っているのか、どこから鳴っているのかわからなくなってきます。ジャリューは何かに追いかけられているような気がしてきました。
足を止めたくなりましたが、ここで足を止めてしまったら、もっと怖くなって動けなくなりそうでした。ジャリューは自分の身を守るように羽を広げながら、おっかなびっくり廊下を進んで行きました。
「……ふん、ふんふん? ……はっ、お、黄金の匂いがするっす!」
竜の栄養源である黄金の匂いを嗅ぎつけて、ちょっとだけ足取りが軽くなりました。恐怖を好奇心で上書きし、黄金の匂いに誘われるまま、ふらふらとジャリューは辿り、曲がり角をぐるんぐるん回って、奇妙な浮遊感を味わったあとにやっと、廊下の行き止まりが見えてきました。
黄金の匂いはどんどん強まっています。近いです。
魔王城に来て初めてテンションが上がるのを感じながらジャリューは先を急ぎ、行き止まり――大きな扉の前へと到達しました。
体の大きさにだけは自信があるジャリューよりもさらに大きな扉でした。
見上げていると、扉の豪奢で重厚な雰囲気に気圧されますが、すぐそばにある工事用らしき簡素な看板に気づいたら覚めました。
〝宝物庫 関係者以外立ち入り禁止〟というひどい走り書きで、厳かな扉の雰囲気をぶち壊していました。
扉の前でジャリューは悩みました。
関係者とはいったい、どこからどこまでで、どれくらいの関係のことを指すのでしょうか。誰とどう関係していたら関係者になるのでしょう。
ジャリューは今日、魔王城の警備担当として呼ばれていて、侵入者撃退のためならばどこにでも入っていい言われていました。ですが、今は侵入者を追いかけてないので、ぜんぜん関係していない者なのかもしれません。
悩んだ時は同僚や上司に聞きなさいと、両親にしつこく言い聞かせられていましたが、マジュルンの勝ち誇った姿と、マジュルンしか見ていない魔王さま、ジャリューに野次を飛ばしてきた悪魔たちを思い出して、ジャリューは身震いしました。
どうせあの魔王一味はジャリューの言葉なんか、聞いてくれないでしょう。
ジャリューはさらに悩みました。
扉はゆるく隙間が開いていて、漏れてくる黄金の匂いにジャリューは強く惹かれるのです。
これなら鍵がかかっていなかったため、そんなに大事な場所だと思わなかったなどという言い訳もできそうでした。それに、魔王一味に仕返しとまでは言わないものの、何かしてやりたい捨て鉢な気分です。
でも、興味本位でだれかの家を探索するのは無礼なことですし、プライバシーの侵害です。やめるべきです。でもでも、今すぐ黄金を抱えたいほどにジャリューは疲れています。
ジャリューはさらに深く悩んだ末、意を決しました。
好奇心よりは自制心が勝ったものの、自制心よりも惨めったらしい敗北者の捨て鉢な気分と黄金に癒やされたい気持ちが合わさり、ジャリューの行動優先枠に選択されました。
そろりそろりと、悪いことをしている背徳感に浮ついた気分で距離を詰め、ぺちぺちと扉に触れても侵入者撃退魔法が発動しないなと念入りに確認してから、ジャリューは扉の中へと身を押し込みました。
中へ入ってみて、正解だったとジャリューは思いました。
故郷の竜の巣でもお目にかかれないくらいの黄金の山があり、薄暗い闇の中でもキラキラと美しく輝いて、とてもいい匂いです。竜を癒やす特別な魔法の黄金にジャリューは心を奪われながら、黄金の山に埋もれました。
「はぁ〜……黄金の煌めき、適度で優しいひんやり涼感、ぐんにゃりとした柔らかさ……完璧っす。マジ癒やされるっす。このまま溶けそう……いっそぼくも黄金になりたいっす……」
黄金のおかげで体の傷がみるみる癒えていきましたが、ジャリューの心の傷は癒えませんでした。それどころか体の痛みが消えたために、心のつらみがくっきりはっきり重しのごとくジャリューを沈ませてきます。
天井の豪華な細工や絵画を眺めて気を紛らわそうとして、ごろごろと寝転がってみても、尻尾の脱皮しそこなった皮の残りを発見するくらいには暇でもあり、暇だとあれこれと考えてしまうもので、不安や悲しみや悔しさやらつらい感情へと、考えが戻ってしまいました。
将来のことを考えたくないのに不安に苛まれました。
「……こ、こんなことしててもダメっす。ダメな竜がダメなことをしていたら、もっとダメになっていくっす……。また就職に失敗したから故郷には帰れないっすから……黄金……この黄金をくすねて新天地へとんずらするっすよ……! 逃げるっす。古臭い伝統や、逸脱者を認めない型に押し込める非道な教育から逃げて、生き延びるっす。目指すは一匹竜。一発逆転異世界転移に賭けるしかないっすよ!」
ぶつぶつと呟いてジャリューが黄金を一抱えした時でした。
「あらナァニ、ぁなたって新入り?」
「おゔぅわひぃやっ……っす!?」
奇声を上げて飛び退いたジャリューが見たのは、宙に浮いた半透明の剣でした。
禍々しい邪悪なデザインとオーラで、見るからに呪われそうな魔剣でした。
ジャリューは恐怖で尻尾を上下にぶん回して威嚇し、抵抗しました。
「や、やめて、殺さないで! ダメっす! 確認もせずに魔王城をうろついたから罰が当たったっすか!? そうなんすか? そうなんすね!? 剣の幽霊に憑り殺されて死んじゃうんっす! 嫌っす!!! せめて黄金に埋もれて死にたい……つまりこの場が最適……なんすか、なんなんすか! ぼくの生涯なんかぁっ」
「ンフ、ぁたしの美ボディに見惚れるのは勝手だケド〜、残念ネ。ぁたしにはもう心に決めたお方が居るの、、、フフ。悲しまないでょ? ぁなたの魅力が足りなぃんじゃなくて、ぁの御方が素敵すぎるのネ。……ぃゃん、恥ずかしぃ↑ 乙女な魔剣にこんなに語らせないで★」
「死んでも逃げられないっすか!? そうっすよね? わかってるっす! 休む間もなくお祖父様に魂引きずられて受肉させられるんすよ! どうせ! 魂教と胎教と幼児英才教育の地獄の日々がまた始まるっす! 魔界に救いは無いっす! 一切の希望を捨てるっす!!!」
「ぁ、そうね。別にぃ、ぁたしはぬぃぐるみとだって友情は成立すると思ってるカラ、竜のアナタと文通してぁげてもィイゎょ? ぁなたと恋はできなぃケド、友情という愛は育めるゎ。世界には愛が溢れているほうがイイものね。ほら、携帯持ってる? ぇ? 持ってなぃ? 大丈夫、大丈夫。ぁなたの脳の周波数を覚ぇて直接電波を送って受信させるし。頭をかち割って脳みそをちょっと見せてくれれば、、、」
「……っす?」
「、、、、、、ぁら?」
勢いと思い込みで構成された噛み合わない会話でしたが、時間が経過するにつれて冷静になってきました。
ジャリューと魔剣は微妙な距離を保ってお互いを観察します。
不穏なことを言ってはいますけれど、魔剣は意外と友好的な雰囲気でした。
「そんなに見つめられると照れるちゃうヮ。、、、ぇっと元気?」
「……っす?」
知らない誰かと対面しているという状況に、内気を発動させたジャリューはプルプルと震え出しました。
「ちょっとナニ震えてんのょ。頭をかち割るなんてよくぁる魔界ジョークでしょ! 若い子には通じないの、、、? なんもしなぃってば。そぅぃぅ思ぃ込みが激しいのってょくなぃと思うの!」
「……っす。わ、わかったっす」
魔剣を知る者がこの場に居たなら、お前が言うなとツッコミを入れていたことでしょう。ですがここにはジャリューしか居ませんでした。
ジャリューは素直に頷き、尻尾を体に巻き付けることで気持ちを守ります。
「ハイハイ、イィ? ここじゃァタシとマジュルンちゃんが先輩なのよ。アタシはそういうのに厳しいんだからねっ」
「は、はいっす」
「命が惜しくばそうやって素直にしてぃなさぃな! 矮小な竜如きが、この魔の真髄たる力を備えた美麗最凶魔剣であるアタクシに逆らわないコトね、オホホホ!」
「……い、いびるのが魔王城のやり方なんすね……」
「は? あぁもう! 違うでしょ! ツッコミ入れるとこでしょ今のは! 、、、はぁ〜。ちょっと悪の女幹部みたいなの一回やってみたかっただけなのに、、、。ホラ、ァたしって普段は清らかな乙女だから、、、」
魔剣を知る者がこの場に居たなら、どこらへんがとか、清らかな乙女をなんだと思っているんだと、それこそ全力でツッコミを入れていたことでしょう。居ないのが悔やまれます。
「、、、まぁぃぃケド。で? 新入りちゃんはどうしてアタシのトコロに来たの?」
「し、知らないっす。泣きながら走っていたら迷ってここっすよ……」
「ァラ? 泣くような何かがぁったの? 大丈夫? お仕事ぴえん↓つらたんTTなの? ァたしでょければ、愚痴くらぃ聞ぃてぁげるヮょ? どうせ幽体離脱して封印抜けしたり、念力で鍵の開け閉めして遊んでてもヒマなんだもん。大丈夫ょ、ここって宝物庫だから誰も来ないの。お姉さんなぁたしと新入りちゃんだけのヒ・ミ・ツ」
くるんと魔剣は回転し、おちゃめさで場を和ませたかったたかったようですが、半透明でも鋭すぎる刃先だとわかったため、ジャリューを怯えさせました。
ただ、実体を伴っていない分、内気度は半減していました。
頑張れば会話が成立しそうです。
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