第16話
『さぁさぁ、次の難関は暗闇急カーブだ! 自分の運動能力を正確に把握して、暗闇でも焦ることなく冷静に走れるか、精神力と技術が試されます。真っ暗なトンネルにスピードを維持して突入したいところでしょうが、曲がりきれずに壁にぶつかってしまえば、弊社の新商品である〝超瞬間接着スライムさんLevel2〟に取り込まれてしまいますよ! ……こちら、修理から防犯まで便利に役立ちます。売店にてお買い求めください。新商品のため販売は在庫限り、以後は予約を受け付けております』
合間に挟まれる宣伝に悪魔たちはブーイングしつつも、実況に煽られて高揚して声援を送り続けています。
そんなお気楽な場の雰囲気にのまれて、マジュルンは気が大きくなってしまったのでしょうか。スピードを落とさずに急カーブに挑んでいったものの、足運びに失敗してしまい、盛大に転がってしまいました。
『あああっ、なんということだ! マジュルン選手、丸みのあるボディのぽよんぽよん具合が仇になって回転し、なかなか立て直しができません! お腹周りにスライムさんがべったりとついてしまったぞ!? 身動きがとりにくくなる上に、苦手なお風呂タイムは避けられないでしょう! 身震いして少しでもスライムさんを飛ばそうと頑張っているが……その横をジャリュー選手が抜きました! 順位が変わった! この勝負は目が離せないっ』
魔王さまは粛々と暴れるマジュルンをお風呂に入れる覚悟を決めましたが、それはともかく、ジャリューは羽で上手くバランスを取りながら、急カーブを攻略していきました。
マジュルンも毛がカチコチに固まって動きにくくても懸命に走り、ジャリューの背を追いかけていきます。
『今度はジャリュー選手がわずかにリードしています。マジュルン選手、頑張ってスピードを上げていますが鼻息荒く怖い形相です。相当苦しそうですが、スピードを緩めません。これが魔王城先輩の意地なのでしょうか!? さぁさぁさぁ、氷&炎の城壁が迫ってきました! 両者、この城壁をどう越える?』
ジャリューは氷の城壁に爪を引っかけようとしましたが、滑ってうまくいきませんでした。冷たい氷を攻めあぐねます。そのわずかな時間でマジュルンは追いつき、慣れた様子で氷の城壁を登っていきました。
『魔獣の肉球は氷にも適応していたのか!? マジュルン選手、氷の城壁を危うげなく登っていきます! ジャリュー選手はどうする? 迂回するのでしょうか? しかし、そうすれば最初の城壁の時のようにまたマジュルン選手と差がつくでしょう。このままマジュルン選手に勝利を奪われてしまうのか?』
登っていくマジュルンのプリプリした尻を見上げた後、ジャリューは大きく口を開きました。
竜らしい決めポーズをした全身から魔法の力を引き出して、竜の炎を吐き出したのです。赤、青、白と色の混じった竜の炎は氷の城壁に打つかり、轟音と蒸気を撒き散らして竜が通れるくらいの大穴を空けました。
勝ち誇ったようにジャリューは吠え、氷の城壁を突破して一位に躍り出ました。
マジュルンは氷の城壁が破壊される時の衝撃で体勢を崩してしまい、落下。しかし、意外な身軽さで着地して、すぐさま復帰しました。
ちなみに、今回の競技設定では城壁の破壊は減点です。
作ったばかりの氷の城壁を破壊されて、工事作業員は盛大なブーイングをジャリューに送りました。
『両選手続いて、夏場は不評で冬はそれなりな燃え盛る炎の城壁へ挑み……えぇっと!? ジャリュー選手、あっさりと通り抜けましたー! 熱くないのか、熱くないのでしょう。これが竜の力だ! マジュルン選手のほうはなにやら大きく膨れ上がり……空気砲のごとく息を吐き出しました! 火の輪くぐりのように通り抜けて行きます! ちょっと毛が焦げてるのが心配です!』
ジャリュー、マジュルンはゴールに近づいて来ました。
順位が入れ替わる熱戦に観客の悪魔たちは叫んだり、駄菓子を売って一儲けしたり、賭けの元締めと喧嘩して揉めるなどなどしつつ、競技の結果を待っています。
『さぁ、さぁさぁ、さぁさぁさぁ、最後は魔界名所の一つ、悪夢坂です! 悪夢のように様々な角度の坂が長々と続くことでその名がつけられました。両選手は空間の歪みにめげずに進む気力を保てるのでしょうか?』
ジャリューもマジュルンも疲れの色が見えます。
けれども、足を動かし続けています。
どちらも勝利への道を諦めません。
『ジャリュー選手、両手両足でジャンプするように上手く羽を使って、順調に進んでいきます! 体力気力が尽きずにこのペースで進めれば、このままジャリュー選手の勝利で決まりそうです! どうするのか、マジュルン選手っ! 短めの足でとことこ上っていきますがこれでは追いつけそうに……これはっ!? マジュルン選手、下り坂は丸みのあるボディを活かして転がっていきます! 凄まじい勢いです! 追い上げていきます! この勝負、まだです。まだわかりません!』
マジュルンはぐるんぐるん転がり、ジャリューを追い抜きました。
坂道を上る時にはジャリューが優位に、下る時にはマジュルンが優位になります。
最後の坂は下り坂です。
『マジュルン選手が一気に転がって勝利へと……あっ、おや? 今のは……マジュルン選手がジャリュー選手にぶつかってしまったのでしょうか? え? ジャリュー選手がぶつかりにいった? はて。意図的な妨害は今回のレースでは失格となるのですが、観客でも見方が分かれていますね。審判が止めないということは接触事故のようですが……えー、マジュルン選手は軌道を誤って転がっていったため、ジャリュー選手がゴールに近い。……え。あっ、あれは? あれはマジュルン選手だ! マジュルン選手が来ました! マジュルン選手がコースを外れて城壁にぶつかったものの、城壁を蹴った反動で勢いを増して、戻って来ました! マジュルン選手が弾丸のようにジャリュー選手を追い抜き今、ゴォオオオーーーーールっ!!!』
実況の絶叫と観客の歓声がゴールの瞬間を讃えました。
マジュルンはボロボロでした。
ふわふわ、さらさらだった毛も荒れて、スライムでコチコチに固まったり、焦げたり、泥まみれで薄汚れています。けれどもマジュルンは勝者としての誇りを持ち、キリッとしたイイ表情で立っていました。
壮大な神話の一幕、英雄の偉業を象った美美しい姿、勇気と感動と愛と絆と最高潮の今が過去に置き換わっていく虚しさと森羅万象喜怒哀楽をスポーツによって与えられた魔王さまは、涙という陳腐な表現で反応するしかできない自分を恥じて万感に浸り、思いがとても言葉に変換できません。
マジュルンの勝利を祝うべく瞬間移動で駆けつけたのに、魔王さまは役に立ちませんでした。
仕方なく、異常で役に立たない魔王さまに代わって、白髭の悪魔が改めてマジュルンの勝利を告げました。
ノリのいい悪魔たちがまた歓声で応えました。
「こ、こんなのありえないっす……!」
盛り上がった場に異論を放ったのはジャリューでした。
「何かの間違いっす! 魔獣が竜に勝てる訳ないっすよ! 卑怯な手を使ったんじゃないっすか? きっとわざとぶつかってきたっす!」
「いいえ、不正はありませんでした。映像チェックにて、ゴール前での接触は偶然のことだったと判断できます」
審判役の骨の悪魔がジャリューと対峙しました。
観客はマジュルンの勝利を認めないジャリューに冷ややかな視線を向けています。
「卑怯というか、間違えたのはジャリュー殿では? 城壁の破壊の減点分を考えればあのままゴールしても、マジュルン殿の勝利という判定でしたよ。悪あがきはやめて、素直にマジュルン殿の実力を認めてはいかがです?」
「……だってこんなのう、うう、嘘っす! あんなポヨヨンとしただらしない魔獣に負けるわけないっす! 竜が負けたらダメなんす!!!」
「やめなさい。体型を侮辱するなんて最低ですよ。マジュルン殿は自分の体をよく知り、個性を活かして走りました。尊敬すべきことでしょう」
そうだそうだと悪魔たちが野次で骨の悪魔に加勢します。
ジャリューは孤立して追い詰められ、体をプルプル震えさせました。
「のに……」
「はい?」
「……ぼくだって頑張ったのに!」
悲痛な叫びを残して、ジャリューは逃げていきました。
叱りこそしましたがそこまでジャリューを傷つけたり、追い詰めるつもりではなかったので、骨の悪魔たちはたいそう居心地が悪くなりました。
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