第15話
本日はお天気もよろしくて、夢見も占いの順位もまたよろしくて、新しいことを始めるにはいい日でしょう。
魔王城の中庭にて、魔獣のマジュルンと竜のジャリューは対峙していました。
ふわふわもふもふの毛を逆立てて膨らまし、威嚇をする魔獣のマジュルン。
歯を鳴らし、羽を広げて尾を振って威嚇をする竜のジャリュー。
一触即発、大乱闘魔王城クラッシャーズの気配を感じて魔王さまは困りました。
なんですかね。初対面の印象が最悪なのでしょうか。
距離を離してゆっくりじっくり穏やかな面会を促してみても、ニオイなのか直感なのか何かで刺激されているらしく、マジュルンもジャリューも戦闘体勢を譲りませんでした。
危うい状況です。
緊張しながらも魔王さまはとりあえず、挨拶から始めました。
「まずはジャリューよ。よく我が魔王城へ来てくれた。我はお前を歓迎する。先代の魔王の時代に我はお前の両親と戦ったことがあるぞ。実に素晴らしい戦闘力だった。お前のことも期待している」
「……ふ、ふん。ぼくを他の竜と比べるなんて愚かっすよ」
「そうだな、失礼した。お前の実力はこれから知れることだしな」
「……っす」
ジャリューの返事はか細くて聞こえませんでしたが、大きな不満はなさそうなので魔王さまは挨拶を続けました。
「みんなも知っての通り、マジュルンには現在、魔王城の警備を担ってもらっている。警備隊のみんなもマジュルンと同じく頑張ってくれているが如何せん、魔王城の敷地内は広大だ。超過労働せずに警備を厳重にするのは難しい。だから新しくジャリューにも加わってもらい、警備を任せたいと我は考えている。悪魔、魔獣、竜、上手く協力し、補い合うのだ」
魔王さまはこそこそと挨拶文のカンペを取り出しました。
「えー……初対面なので、なんとなく気恥ずかしかったりするかもしれないが、早く仲良くなれるようにとも思って、我は競技の場を用意した。まずはお互いの実力を知ろうではないか。警備隊や工事のみんな休憩して観戦し、ジャリューの力が信頼に足るかどうか見極めてくれ。ジャリューは我ら魔王城のみんなが力を貸すに値するかどうかを見極めてほしい。正々堂々、全力で勝負しよう」
「キュキュッ! ガルルルゥルルルルゥウ!」
「……ふ、ふん。由緒正しき魔界の竜の実力にひれ伏すがいいっす!」
マジュルンとジャリューはやる気充分なようです。
魔王さまもはりきって競技の準備を手伝いました。
競技では走力を重点に競ってもらうことにしています。
魔王さまが言っていた通り、魔王城の広い敷地内を巡回するにはなによりも基礎体力が必須です。さらに宝物や家具や備品を狙う窃盗犯、魔王を狙って襲いに来る挑戦者などを撃退するには、瞬発力も重要な能力です。
そこで競技コースの城壁と建材の山を乗り越えるところでは瞬発力を、暗闇急カーブでは技術力を、ゴール地点の塔までの直線距離と上り下りの不規則な坂で持久力を試せるように設定しました。
今回は空が飛べない緊急事態を想定し、飛行の高さを制限してあるため、総合力の勝負になるでしょう。
魔獣の主な魔王さまだと公正な審判をできるか怪しいので、骨の悪魔が審判を担当します。さらに魔王さまはうっかりマジュルンに手を貸したりしないように、離れた場所に移動して千里眼で観戦します。
マジュルンとジャリューはスタートの位置につき、工事作業員の悪魔たちも休憩時間の余興の席につきました。
真昼の太陽の光で落ちる影は色濃く、静止したマジュルンとジャリューの存在を際立たせています。相変わらず、悪魔たちは血みどろの殴り合いには馴染みがあっても、直接的暴力を使わない勝負には慣れていません。新鮮な雰囲気に自然とみんな固唾を呑んで見守る姿勢に変わり、場は静けさに包まれました。
緊張が最大に高まった瞬間、白髭の悪魔が法螺貝を鳴らして競技のスタートを告げました。
「キュワワワン!」
マジュルンが丸っこい手足をかつてない速度で動かしてスタートダッシュを決め、やや遅れてジャリューが走り出しました。
最初の関門である城壁の高さはそれほどではありませんが、魔王城にありがちなトゲが飛び出ているため、距離を見誤って飛び越えたら怪我をしてしまいます。
遠回りをして安全に通過するか、無理をしてでも突破して優位に立つか、戦略が問われる場面でした。
『さぁ、最初に挑むのは魔王城の城壁です。両者、このレースをどう攻めていくのでしょうかっ!』
野次馬の中でも一際調子に乗った単眼の悪魔が魔法で声を大きくして、勝手に独断と偏見に満ちた実況を開始しました。
『おや、マジュルン選手スピードを落としません! そのままでは城壁にぶち当たってしまうが……あっと!? ふわふわ毛皮とぷにぷにボディがトゲの攻撃力を相殺している! そのままマジュルン選手、勢いを落とすことなくトゲを掴んだり咥えたりして城壁を悠々と越えていきます! 魔王城を知り尽くした先輩の力を見せつけている! ジャリュー選手は迂回して安全に通過することを選びましたが、最初についたこの差は今後レースにどう影響するのでしょう!』
骨の悪魔はビジネスチャンスを敏感に感じ取り、魔法で空中に競技中の映像を拡大投影して、見物野次馬に餌を投じました。
悪魔たちは大喜びで野次を飛ばして観戦します。
『マジュルン選手、建材の山コーナーに到達! 建材は形も硬さも様々で、選んだ足場によっては崩れたり、隠れた罠に囚われ、大きなタイムロスになりかねません。瞬時の判断力が試されます!』
マジュルンが城壁から華麗に飛び降りた勢いを活かし、荒い鼻息を鳴らしながら凸凹した建材の山を駆けました。
『これは余裕そうで……あぁっと! マジュルン選手、体勢を崩しました! そのまま罠にかかってしまうのか!? いいや、強靭なマジュルン選手の脚は止まりません! ほとんど時間をロスすることなく健在の山を抜けたぁっ! そしてジャリュー選手は? ……これは素晴らしいっ、飛行制限内み収まる動きで羽ばたき、建材の山を越えていきます! 飛行する高さを巧みに制御しています! どちらも弊社自慢の罠にかかってくれませんでしたが競技後の売店にて、どのような罠だったのかを展示販売予定です。お部屋のインテリアにいかがでしょうか? ぜひ、足をお運びください。……えー、はい、ジャリュー選手、前方のマジュルン選手との距離を縮めております! 両者並ぶいい勝負で始まりましたね!』
千里眼で競技を見ていた魔王さまは、自社商品宣伝を挟む実況がどうでもいいくらい、マジュルンの勇姿に感動で滂沱の涙を流し、開始早々からクライマックスを迎えていました。
でも、競技はまだまだここからです。
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