第13話
魔王さまは決闘だか決戦だかの時を待っていました。
念の為、急に動いて筋肉を痛めたりしないように準備体操もしておきました。
現在進行系で溜まっていく魔王の仕事予定を頭の中で確認しました。
爪を研いで自分磨きをしました。
魔獣のマジュルンの一週間分の献立を想定して、買い物メモも作りました。
魔剣はまだ現れませんでした。
魔王さまはあくびを噛み殺しました。
屈伸しました。
人間界の携帯ゲーム機でちょっと遊んでみました。
ゲームみたいにセーブポイントがあってやり直せればいいのになと思いましたが、戦いとは勝者と敗者で明暗の分かれる非情なものです。
覚悟が決まった魔王さまの心は凪いでいました。
悪魔の力が凝縮して研ぎ澄まされたこの感覚なら、砂粒の一つ一つまで鮮明に場所を把握しながら、正確に、精密に体を動かして戦えるでしょう。
それでも魔剣が来ねぇなと待ちぼうけて、地面に落書きを一通り書き終わったらば、やっとこさ異変が起こりました。
轟音を響かせ、赤黒い雷が塔全体を貫くように走って大地を揺らしました。
魔剣は自らの登場を華々しく飾り、魔王さまを挑発しています。
魔王さまは冷静に烈風と石礫を自分の羽で防御しつつ、収まるのを待ちました。
時間経過と共に土埃と黒煙が薄らぎ、静寂の中心地に魔剣が浮いているのが見えるようになりました。
魔剣の刀身はまるで別魔剣のように輝きを増していて、毒々しい攻撃色のオーラを纏っていました。魔法心臓炉の力をたっぷりと吸収したのでしょう。
「フフ、魔王。逃げなかったコトを褒めてぁげるヮ!」
完全に悪役になりきっているらしい魔剣は魔王さまをロックオンしながら、不快な音調で嘲笑ってきました。
魔剣からの敵意を真っ向から受け止めて、魔王さまは拳を構えます。
「……我は逃げるのをやめた。これまで問題を先延ばしにしていたが、今日こそはしっかりと対処し、終わらせてみせよう」
「ぁら? アナタにそんなコトできるのかしら? 昔っから変わり者の悪魔で、反吐が出るような綺麗事をほざくだけだったでしょう? アタシのような成績優秀容姿端麗最強の魔剣がなければ、ァナタなんか魔王にはなれなかったはずょ!」
「我はお前に勝利し、お前を再び封印する。我にお前は必要ない」
「ハンッ! このアタシと別れたいってコトね? ……いいヮ。アタシに勝ったらぁなたと眼鏡の門出を祝って、可憐に健気に身を引いてぁげる! でも、アナタはアタシの憎しみと怒りのスペシャルブレンドアタックを受けて倒れる運命ょ!」
勘違い魔剣の戯言に気が抜けそうになりましたが、戦いは真剣にやらないと危険です。魔王さまは魔法眼鏡を起動させて魔剣の攻撃に備えました。
魔剣が羽ばたくたびに空気の温度が凍てつきます。これが攻撃の予兆でしょう。
魔剣の剣先が煌めいたと同時に、魔王さまは咄嗟に身を転がしました。
なんと魔剣は魔法眼鏡の予測警告音よりも早く迫ってきたのです。剣が纏う凝縮したオーラの余波によって、魔王さまの体には傷がついてしまいました。
最強の魔剣というのに嘘はなく、魔王さまにも脅威でした。
「くっ……」
「ぁらアラァら? 魔王が無様ですコト。オホホホッ!」
安っぽい悪役セリフと不快な高笑いをする魔剣を睨みつけ、魔王さまは続けて体を斬り裂かれる痛みに耐えました。
戦いはまだ途中です。
強者と強者が極限で争う場合、時間は長くかかりません。
一秒、一瞬、刹那で競われる次の攻防で勝負は決まるでしょう。
魔剣がまた羽ばたき、魔王さまは拳を固く握りしめました。
スピードに自信があるのか魔剣は余裕そうに光り、見せつけるように剣先を魔王さまへ傾けます。
いつ動く。
魔王さまがそう思うよりも早く、魔剣は勝負を仕掛けてきました。
瞬間では思考も魔法眼鏡も役に立ちません。
これまでの戦いで身についた勘と経験だけが武器でした。
鋭く、敵を破壊せんとする刃を受け止めるように、魔王さまは全力を賭けて拳を突き出して応じました。
最初の攻防で、魔王さまは魔剣の攻撃を避けられなかったのではありません。
あえて受けることで、魔剣の力を吸収し、自らの力と合わせて必殺の反撃へと利用することが魔王さまの狙いだったのです。
魔王さまの拳と魔剣、破壊と破壊の力が衝突しました。
破壊によって最初に潰えるのは光です。
強すぎる光では他の光が消失して、何もわからなくなりました。
次に大きすぎる音に耳を塞がれ、全力を出し切って疲れた感覚は遠のきました。
破壊と破壊が重なって相殺されて、時間が経つごとに光が、音が、心が、世界を感じる感覚が蘇り、魔王さまは状況を知りました。
その場に立っているのは魔王さまでした。
魔剣は地に落ちています。
「……負けたヮ」
魔剣の刀身には罅が入っていて、輝きを点滅させていました。
魔王さまの勝利です。
「フ、あのね、、、アタシね、もう一度だけ魔王しゃまと戦ってみたかったの、、、アナタと初めて出会った時みたいに、、、ねぇ覚えてる? 魔王しゃまはアタシと出会った時のコト、、、茜色の空の下、バイオレンスな日常、、、。アタシと魔王しゃまとはちっちゃな頃から一緒に暴れて育ったヮょね、、、。ぁんなコトや、こんなコトや、葬り去りたい過去もぃっぱいぁる、、、でも不思議ね。終わりを迎えたら思い出は美化されていくものなのかしら? 悲しいケド優しくもあるの、、、今ぢゃなくなっていくってこういうコトなのね。寂しくても思い出に変わっていっちゃうの、、、どうあがいても終わりなのね。アタシはもう過去になる。そこのダサ眼鏡にぁなたのコトを任せて去るしかなぃ。上手くぃかなぃ恋だった、、、アタシたちは恋の万能感に酔いしれて、、、絆を結ぶ努力を怠ってぃたんだヮ」
敗北後の魔剣の話が長そうなので魔王さまは着信チェックをしました。
メールの差出人名はユウで、魔王さまが人間界へ行った時、ユウと観光名所で記念写真をした時のをちゃんと送ってくれたようでした。
魔王さまは覚えたてのおぼつかない操作で写真を表示して、確認をします。
「しからば愛とはこんなにも儚く、求めるには遠ぃ。恋は過ぎ去る切なぃもので――は? ちょっと魔王しゃま! アタシの話聞いてるの? 、、、って、えっ!? えっ!!! ゃだ、嘘、、、待って、マジ、、、?」
もうびちびちと動かないだろうととたかを括っていたのに、急に魔剣が躍動したので魔王さまは焦りましたが、魔剣は魔王さまの手元、魔法電話の画面を凝視していました。魔剣に目があるのかどうかは知りませんが。
「なんてコト、、、このスッキリとした瑞々しい透明感、、、タイプだヮ! 魔王しゃま! この御方の性格と好きな食べ物、既往歴から思想や信仰まで、個人情報を知る限り教えてちょうだい! ねぇ、こちらの御方のお名前はなんて仰るの???」
「に、人間のユウ殿だが」
「は? 人間なんか全部ブサイクな水の袋でしょ。ふざけないで? コレだから悪魔は、、、こっちの曲線が魅力的かつ蠱惑的なこの御方についてょ!!!」
「……ビニール傘?」
「ビニール傘しゃま、、、まぁ、、、なんて、なんて麗しいお名前なの、、、!」
魔剣は写真のユウが持っているビニール傘を見て、うっとりとしていました。
魔法道具の美的感覚は謎ですが、人間界という遠い場所のユウとビニール傘は安全でしょうし、魔王さまが執着されるよりは世界にいい影響がありそうでした。
魔剣の機嫌がよさそうなのでこのまま利用して、魔王さまは交渉を進めます。
「それでえっと、封印してもいいかな?」
「イヤょ。今すぐこの御方に会いに……いいえ、待って、えぇ、封印、封印ね、そうね! こんな罅の入った体ぢゃ憧れのビニール傘しゃまにお会いできないもの! しっかり睡眠と適度な破壊運動を取って美刀身になってそれからそして、、、イヤン★ これ以上は言わせないで! アタシ遠距離恋愛なんては・ぢ・め・て! ウキウキテカテカしちゃぅ!」
魔王さまは疲れ切った気持ちで魔剣をとっ捕まえました。
魔剣は短所があまりにも多いですが、切り替えの速さは長所でしょう。
くよくよ悩みがちの魔王さまは少し見習いたいと思っています。
「では……帰ろうか」
「ぅん!」
◇
イエーィ。
アタシ魔剣。恋多きデンジャラスソードょ。
魔王しゃまとの恋は終わってしまったヮ。
運命を乗り越えられない未熟な恋は、愛になれなぃのね、、、。
あれは偽りの恋だったのかも、、、。
でもね、アタシね、これからも恋に生きるのょ。
恋から逃げて、恋に囚われ、恋に絶望しても、また恋に救われる運命なの。
真に眠りから覚めた気分だヮ、、、。
進化して究極覚醒しちゃった感ぢ?
傷を癒やして今度、封印から目覚め・た・ら、、、。
んフフっ ぅヒヒヒぅヒッ 落ち込んだ時には新しい恋が一番ね♪
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