第12話

 魔王さまと臨時出動した警備隊は、飛び去った魔剣の捜索を開始しました。

 マジュルンが得意の鼻を使っていい仕事をしてくれたので、速やかに分身を発見、破壊まで行えました。


「妙です、魔王さま。分身とはいえ弱すぎます。これらは囮で、魔剣は封印前の完全な力をどこかで取り戻そうとしているのでは?」

「おそらくな。だが、各地で分身が暴れているのを無視することはできない。このまま分身を破壊していき、魔剣との決戦を覚悟しよう」

「か、完全な魔剣と戦われるおつもりですか?」

「何を怖気づく。魔王が負けるとでも?」

「……し、失礼いたしました! 魔剣を捜索、分身の撃破任務を継続します!」


 警備隊は頑張りました。

 魔剣の本体が潜んでいそうな場所を推理しながら、時間外ボーナスでやる気を上昇させ、着実に魔剣の分身を倒していって、魔剣の本体を追い詰めたのです。




 魔剣が立て籠もったのは茨の塔でした。

 天高く聳える威容、外壁全体が茨の塔の名の通りに巨大な茨に覆われていて、塔の中心部には巨大な魔法心臓炉があります。古くて今は使われていないものの、悪魔の力を蓄えるには充分な場所であると言えました。

 この塔は偉大な大悪魔が住んでいたとか、竜が人間界のお姫様を攫って一晩中おままごとの相手をさせたとかいう、魔王城の中でも由緒悪しき塔なので、決戦の場にはふさわしいでしょう。塔全体に魔法の光が掛けられていて、妙に浮かれた楽しい雰囲気になっていなければ、ですが。


「なんでしょうあれは。我らを挑発しているのでしょうか?」

「いや、あれは塔の力を吸い上げている時の光だろう。説得は効果なしだな……」

「やってはいるのですが……」


 さっきから警備隊は頂上に居る魔剣へ呼びかけているのですが、効果はありませんでした。依然として魔剣は塔に籠もり、闇の波動で周囲を威圧し続けています。

 それでも警備隊は魔法拡声機でもう一度、魔剣へ呼びかけました。


「えー……魔剣へ告ぐ。魔剣へ告ぐ。周囲は完全に包囲した。お互いのために穏便に解決しようではないか。魔法を解いて出てきなさい」

「イ・ヤ・よっ! ちょっとでも塔へ近づいてきたら、魔法心臓炉に乙女アタックして魔界ごと吹っ飛ばしてやるんだカラ! どうにかしたかったら魔王を出しなさぃ! アタシと血みどろの一騎討ちをするのょ、一騎討ち! 恋の終焉は決闘と決まっていぃるのょ!」


 魔剣が突っぱねるせいでぜんぜん話になりません。

 魔王さまは警備隊を労いつつも、ため息を隠せませんでした。


「状況は変わらずということか?」

「はっ。説得は効果がありません。解析だけは順調に進んでおります。やはり魔剣は塔の中心部、魔法心臓炉のエネルギーを狙っていたのでしょう。魔法心臓炉が弱まっていくのに対して魔剣の反応は大きく強くなっていっております」

「魔剣の力はもうじき完全に戻る。使い手が居なければ、いつぞやのように暴走して好き勝手破壊三昧をするはずだ」

「では魔王さま、復活する前に塔に踏み込みましょう」

「塔の螺旋階段内では魔剣が隠れられる場所が多く、こちらが圧倒的に不利だ」

「で、ではどうします?」

「最初に言ったように、戦うしかない」


 魔王さまの言葉に警備隊は息を呑みました。


「そんな……このまま魔法防壁を維持して長期戦に持ち込み、魔剣の魔力切れを狙うのはどうでしょう? そちらのほうが平和的解決と言えるのでは」

「我も可及的速やかに平和な交渉で解決したいのだが……復活した魔剣の力を抑え込むのは防壁だけでは難しい。万一、突破されれば被害は拡大してしまう。魔剣からの挑戦状を受けて、我が標的になったほうがまだいいだろう」

「本当に説得はできないのでしょうか? 恫喝で言うことをきかせるとか、賄賂で融通をきかせるとか、カツ丼やおふくろを出して宥めるとか、崖に追い詰めて自白させるとかそういう感じで」

「残念だながら魔剣の意思はダークマターよりも強固だ。魔剣が戦いたいと言うならば、使い手である我は嫌でも応えねばならん。……お前たちは少し離れた場所に避難していてくれ」


 静かに、しかし力強く魔王さまは断言しました。

 こうなってしまえば警備隊にできることは、ヤバい魔剣とつよつよ魔王の衝突で発生する周囲の被害を抑え込むことくらいでした。


「……わかりました。魔王さま、どうかご武運を」

「うむ」

「魔王さま、この辺りが壊れたら魔剣の使い手である魔王さまの責任ということで、工事費は公費ではなく私費で。あと時間外出勤者全員に振替休暇とボーナス倍増もよろしくお願いいたします」

「う、うむ」


 魔剣を止められる唯一の力を持つのは魔王さまだけです。

 ですからここから先は味方の支援はありません。

 古来から魔王という存在は、孤独な戦いを強いられるものなのでした。




 ◇




 魔界の空が決戦の気配を察知して真っ赤に染まり、稲光を走らせて最終戦闘っぽい背景を作っています。余計な音が消えた静けさは、これから起こる激しい戦いの前兆なのでした。

 魔王さまは塔の前に立ち、精神統一をしながら魔剣が現れるのを待っています。


 戦いとは恐ろしいものです。

 できれば魔王さまは戦いたくありません。

 けれどここは魔界。悪を尊び、力が支配する世界です。

 魔王さまはまだそんなルールに従わなければならないのかと腹立たしくなりましたが、平和のために闘う矛盾を考えられる余裕も、正せる機会があるのもこの魔界、明日も無事だった勝者だけです。魔王さまにとって勝ち続けることは魔界の掟へのささやかな抵抗なのでした。


 でも、温い風を感じながら立っていると、魔王さまはちょっと寂しくなってきました。心の準備がどうも足りません。戦いとは自分が傷つく恐怖と、相手を傷つけてしまう恐怖との闘いでもあります。心の準備が必須なのです。

 誰かと話したいのですが臣下の悪魔たちには避難を指示したばかりですし、戦うと言ってカッコつけたばかりですから、呼び戻すのは躊躇われました。


 魔剣はまだ来ません。

 もしかしなくても魔王さまは暇でした。

 暇だと雑念が消えなくて困ります。


 魔王さまはちょっと考えて、悪魔が駄目なら人間にかまって貰うという名案を思いつきました。

 短い生なのにくよくよと思い悩んで時間を浪費する人間なら、不安の解消方法を発明しようとしているはずです。少なくとも、悪魔よりは対処法を知っているでしょう。人間の姿に変身してから魔法テレビ電話を掛けてみました。


『はいはーい、自称創業千年な家業を継がされたお助け屋のユウでーす。リモート相談は直接会った時より情報量が少ないため、手助けをする精度が下がりますが四割引でーす。あらかじめご了承くださーい』

「ユウ殿か。我に助言をしてくれないだろうか」

『ん? あぁ、なんだ、マオさんじゃん。今日は……途中までヒロインの説得に応じそうだったのに些細なすれ違いの後に暴走する魔王みたいな格好してるね。似合うけど。……で、何? 相談?』


 ユウは外出中らしく、帽子を被ってマスクをしていて、いつものビニール傘を持っていました。人間というのは動きにくそうな格好を好んでするものなのだなと、魔王さまは改めて思い、はたと気づきました。

 気安い雰囲気で何でも話したくなりますが、魔界のトップシークレットにして醜聞である魔剣について話すのは、コンプライアンス違反な気がしたのです。


『相談料なら友達価格にしてあげるし、初回はなんと無料だよ。まぁ、話すだけで頭を整理できる時もあるから、話してみてよ』

「これは……友人の話なのだが」


 魔王さまは機転を利かせて、架空の友人をでっち上げました。

 魔界の出来事を人間界の出来事に変換して、ユウからのアドバイスを魔界用に再変換すれば問題ないはずです。近頃は魔王さまだって人間界の品をいろいろ取り寄せて勉強しているし、なんとかなるでしょう。嘘は悪魔の得意分野でもあります。

 魔王さまはこの前に読んだ人間界の若人たちのロマンス主題の創作物を思い出しつつ、今の状況を当てはめてみました。


「その……友人のAに熱烈な恋をしているBが居て、そのBにAが友人であるCと居るところを目撃されて、Bが裏切りだとAを責めるようになって――」

『え、あ。待って。ごめん。私、恋愛関連の相談は対応してないんで』

「そこをなんとか」

『なんとかと言われても』

「なぜそんなに嫌がる?」

『マオさんが困ってるのと同じ理由だと思うけど?』

「む」


 勝手な恋情に巻き込まれるのは嫌ですし、解けない思い込みの攻撃性と厄介さときたら、今まさに魔王さまが経験していることです。


「恋なんてしなければいいのに……」

『参加しない権利もあるよ』

「……そうだな。それを聞けただけでもよかった」


 魔剣につられて魔王さまも感傷的になりすぎていたのかもしれません。

 魔王さまと魔剣はこれまでにもいろいろありましたが、あれで魔剣は魔王さまの役に立って――いたような――そうでもないような――魔剣が手元で狂って暴れて苦労した記憶ばかりが思い出されました。

 情に流されずに決別が必要な時もあります。


『そうそう、この前の記念写真メールで送っとくから』

「ありがとう。人間の奇妙な習性の教材に役立つだろう」

『よくわかんないけど、ま、なんていうか、みんなの幸運を祈ってるよ』


 誰かと話をできたおかげで魔王さまは気持ちの整理ができました。

 これまでは魔王の最強装備は魔剣という伝統に従ってきましたが、無理をしてまで魔剣を装備しなくてもいいかなって思えたのでした。

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