第10話
先代の魔王も、先々代の魔王も、さらにその前の魔王たちも、細かいことを無視する豪快なタイプの悪魔というか、魔王というのはだいたいが破壊を好むものでしたから、魔王城の補修は長らく考えられてきませんでした。
そのせいなのか、何時のものやら判然としないほどに古い図面くらいしか残っていません。
その時々の魔王や側近たちが気ままに鍛錬場や魔法実験場、拷問部屋に家庭菜園にサンルームや牢獄などなど、わけのわからない部分を増やしまくったしで、図と現在の魔王城が一致している部分は中心部の位置くらいです。ただし、中心部は中心部で、魔法の改造による隠し扉があったりするので、困り物でした。
でもせっかくの機会なので、新しい地図作り作業も始めていました。
「おっと、この辺りの尖塔も崩れていますね」
「ここも撤去作業が必要ですな。やれやれ」
地図に情報を書き込みつつ、白髭の悪魔は膝と腰を擦りました。
軋む不協和音が楽しいものの、急角度階段を登るのは白髭の悪魔には大変なことです。羽を生やして羽ばたくとしても、どうせ飛ぶのには大きなエネルギーを消費するというジレンマがあり、仕方なく歩きで登って来ました。
同行している骨の悪魔の足取りは軽快で安定していて、休憩も必要なさそうな様子だったため、白髭の悪魔は羨ましく思いました。
「老いた体を使い続けるよりも、いっそ骨にして使ったほうがよさそうですな」
「どうでしょう。実はこの骨は魔法の調整が上手くいかなくて、作り直した体でしてね。魔法関節の初期調整は特に面倒でしたよ。定期検査も必須ですから案外、身軽ではないですねぇ。軽いのは重量くらいで。……そうそう、この前の検査では骨密度が足りないって言われて薬代が高くつきましたよ」
「ははぁ……それはそれは。肉体は完全に捨てて、霊体になるのが一番楽なのかもしれませんな」
「ですね。あ、でも知り合いの悪魔が言うには、物体を動かしたい時に実体化したり、念力でいちいちエネルギーを使う生活もなかなか疲れるらしいですよ。浮遊して壁をすり抜けられたりと、利点も多いくて楽しそうに見えますが」
「むむむ。どんな体も一長一短ということかもしれませんな。悪魔の力があっても悩むものです」
「みんな気に入る体を目指しては作り直して、良いものができてもまた飽きては作り変える、というのが普通ですからね。あなたのように同じ肉体を大事に使っておられる方は珍しいです。何か愛着がおありで?」
「ははは、いやなに。これは惰性で使っとるだけです。ささやかな実験でもありますがね」
白髭の悪魔と骨の悪魔は、年長者同士特有の健康と病院の話題で盛り上がってきました。
お気楽な雑談を糧にひたすら歩き続けるのです。
ひたむきに地図に情報を書き込みました。
放置されて蔓延った魔界苔や蔓の妨害にもめげず、出現したり消えたりする隠し扉の法則推理や、勝手に住み着いた子鬼たちに工事を知らせるなどなど、地味で地道な諸々が終わって、やっと最後の一角に来ました。
「ここはもしや……」
「その通り。魔王城の宝物庫です」
「私が入ってもよろしいのですか?」
「魔王さまの許可は得ておりますよ。いやなに、ここも古いですから専門家のご意見を聞きたいのです」
宝物庫は魔王さまと、魔王さまが信頼する限られた悪魔しか入れない場所です。
最初、白髭の悪魔は自分だけで宝物庫を調べる気でしたが、これまでの骨の悪魔の仕事ぶりから信頼できると判断し、魔王さまに報告していました。
名誉なことに骨の悪魔が緊張で震えてカタカタ鳴り出したので、白髭の悪魔はなだめてやりました。
宝物庫の豪華な装飾が施された大扉は、何重にも魔法の鍵が複雑に掛けられています。正しい順序で解除をしなければ侵入者撃退用に大爆発をしますから、白髭の悪魔は集中して解除に挑みました。
ガチャガチャと忙しなく鍵を弄った末、謎の起動音と共に解錠されます。
急に下から吹き上げる風がモクモクとした煙を広げて、扉は胡散臭い怪しげな光を点滅させながら重苦しく開きました。
一連の動作がもたついていてくどいので、お宝の有り難みを出すための演出用かと思われましたが、建て付けが悪くなっているからのようでした。
早速、骨の悪魔は扉の新調を用紙に記入しました。
宝物庫内には、歴代の魔王たちがなんとなく集めてみた財宝の数々が収められています。
入口付近にはわかりやすく金銀財宝が積まれていて、キラキラと眩く輝き、初めて見た時のインパクトは大きめでした。
「すごい量ですね。これは工事中に一時保管する場所も作らないと」
「あの辺りは処分たいと考えていまして」
白髭の悪魔が指差した一帯には、ひときわ高く物が積み上がってできた山がありました。近寄って確認しますと金銀財宝ではなく、呪いの絵画や人形、壊れかけの椅子や、中身が空っぽの箱やら、ガラクタがありました。
「なんですこれは?」
「はて。先代の魔王か先々代の魔王でしたか……片付けが苦手な魔王が居たらしくてですね、分類せず大雑把に宝物庫に放り込んでそのままのようでして」
「なるほど……。では貴重品が紛れ込んでいる可能性も考えて作業したほうがいいでしょうね」
魔王なんて全員極悪非道で似たようなものだと思われがちですが、細かいところでは性格の差があります。例えば、この乱雑山の反対側の辺りは奇麗に分類されているので、対照的でした。
考えてみると今の魔王さまなんて、悪魔にあるまじき平和を目指しているのですから、歴代魔王の中でも相当な変わり者でしょう。
「魔王にもいろいろな御方がおられますね。悪魔の歴史が詰まっているかのようだ」
「どの魔王もその時代の魔界最強であることは同じですがな」
金銀財宝コーナーを抜けた最深部には三つの扉がありました。
古くなって読みにくい薄い文字で、知の宝物庫、夢の宝物庫、闇の宝物庫と記してあるようです。
「……本物の宝はさらに奥ということですか」
「その通り。この奥だけは誰も入らず、扉の表面を直すだけでお願いしたい」
「? それほどに貴重な宝が?」
「左様。ここに封印され、眠っているのは伝説の魔剣です……。かの魔剣に選ばれ、手にした者は永遠の呪いを受けるかわりに、邪悪の真髄たる力が強まると謂われております。持ち主に闘争を呼び寄せて、狂気に囚われさせるという伝承もありますな。永遠の呪いに持ち主が敗北した時には、魔剣は次の持ち主を探してさまようのだとか……。共通するのはこの魔剣が謂わば破滅の根源であり、魔剣の中の王であること。そして闇色の剣閃は魂さえも喰らい、壊し、啜った血によって赤い刀身は輝きと強さを増していき、持ち主と魔剣が極限まで力に到達したならば、世界そのものをも切り裂くことも可能だと……」
「なんと恐ろしい……伝説で伝え聞くあの魔剣ですか……」
白髭の悪魔と骨の悪魔は扉の奥にある強い力の気配を感じ取り、両者背筋を凍らせました。
「くわばら、くわばら。……ここはもういいでしょう。そろそろ魔王さまも戻られる頃です。最終打ち合わせをしましょうか」
「ははは、お手柔らかにお願いいたしますよ」
白髭の悪魔と骨の悪魔はいそいそと宝物庫の最深部を引き返しました。
三つの扉のうちの一つ、魔剣が眠っている闇の宝物庫の扉の鍵が老朽化で壊れていて、わずかに開いていたことには気づかずに。
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