第9話
次の日の早朝。
魔王らしく膨大な魔力で最強の魔法を使えば、魔王城がどうにかならないかなと微かな期待をしていましたが、出勤して改めて惨状を目のあたりにしたら、あえなくそんな期待は消えてなくなりました。
思ってた以上にあちらこちらが壊れています。
これはもう素人目で見ても、素人にはどうにもならない壊れっぷりです。
多額の出費を覚悟して、大規模な改築を決意する他ありませんでした。
魔王さまの信頼も厚く経験豊富な白髭の悪魔の助言により、悪質な業者を避けるために事前に情報を確かめることや、日々変動する相場や新素材の相談をすることの大切さを魔王さまは知っていました。
念入りに複数業者に見積もりを出して貰うことにしましょう。
魔界通信にて相談をしてみます。
『ご相談ありがとうございます。何かお困りごとがあれば是非、弊社にお任せください。弊社は安心安全でスピード感のある対応と、クオリティの高いサービスをお約束いたします。申込用紙のご記入と契約のサインだけで簡単にお申し込みいただけます。料金はご契約後にお知らせいたします。ご安心ください。悪魔にとって契約は絶対でございます』
丁寧な感じで好印象でしたが、妙に安全を強調して契約を急かしてきたり、上辺だけ取り繕った雰囲気だけの語り口と、お金の話を後にしているところに最大級の不信感を抱きました。
ここはやめて、違うところに相談してみることにします。
『…………………………予算次第です』
資料を見る限り技術はとても高そうでしたし、愛想がないのは別に構わないのですが、説明をして貰えないのはさすがに困ってしまいます。
ここもやめて、魔王さまは妥協せずに違うところを探しました。
『あっ、魔王サマっすか? そんなんウチに任せてくださいよ〜w ブワーッってやってカチッと決めてイイ感じのアレを作るんで(σ・∀・)σ』
愛想がよくても具体的な内容が何一つ伝わってこなかったので、ここもやめておきましょう。
そんな流れで魔王さまは魔界通信を続けて、一番対応がよかった骨の悪魔に頼むことに決めました。
結局は馴染みのあるいつもの仕事相手に頼むのが無難みたいでした。
◇
魔王さまと白髭の悪魔と骨の悪魔は連れ立って歩き、魔王城のあちこちの被害状況の確認や、今後の建築予定のための下見をしていました。
魔王城はたまに魔法で空間同士を繋げてあるため、意図せず転移しちゃったり、空間そのものが魔法で拡張されて異様に広くなっていたりと、崩壊する前からしっちゃかめっちゃかしています。崩壊後はそんな魔法が重なり合ったり、歪になって、どこがどこへ繋がっているのかわからない、生まれたての混沌のようになってしまいました。
それだけでも大変なのに、暇を持て余した悪魔たちが遊びで罠を仕掛け、仕掛けたことから忘れられた罠が放置されているため、どこを行くのにもちょぴっと危険です。そして、危険なものというのは愚かな好奇心を満たす刺激になるため、魔王城は近所の悪魔たちが好む遊び場スポットになっているのでした。
今日だってどこからか悪魔たちがわらわらと集い、魔法の試し打ちや怖い顔の練習など、長閑に過ごしています。さっきは崩れ落ちた城壁の残骸の上で、怪しげな闇鍋パーティーをする悪魔の集団まで居ました。壁の喪失と共にやる気を失くしてしんなりした魔界キノコが、美味か毒かの運試し遊びに最適みたいです。
「魔王さま、この辺りを長期工事するとなると……みなさんが遊べなくなりますよね? そこで提案なのですが、新魔王城の耐久度が予定よりも下がる方法なのですけれど、魔法を中心にした建築法で竣工するというのはいかがでしょう?」
「しかし、壊れやすいと困るぞ。確かにみんなで遊べなくなるのも難だが……」
「では、材料の再利用ができず工事期間も長引き、工費が上がってしまう方法になるのですが、城壁の残骸などは魔法で破壊して迅速に片付けます。そうやってできたスペースを遊びに来ているみなさんに開放すれば、工事中でも遊べるはずです」
「それはよいな。その方針で頼む」
「はい。あ、そうだ。いっそ魔王城も城壁の形も大胆に変更するのもいいかもしれませんよ。イメージチェンジの一貫で形から新しい魔王城にしませんか? 最新の遊具などはいかがでしょう? 大迷宮とか、吸血鬼ハンターが攻めにくい難所とか、気まぐれに暴走をする遊具とか、未確認飛行物体と交信できそうな監視塔を作るとか。最近の売れ筋ですよ」
「新しい魔王城か……」
魔王さまは自分の理想の魔王城を作れる機会だと気づき、想像を膨らませました。
今までの伝統的で邪悪なトゲトゲ造形の建物も好きですが、偶然と勢いが生み出す時代の理解の先を行った前衛芸術的な謎形状もいいかもしれません。
いえ、ここは素朴な外観にまとめてから内装をこだわることで、意外性を狙うのも面白いのではないでしょうか。本当はミステリアスな魔王城みたいなの。
いやいや、やっぱり無難に歴代の魔王城のイメージを堅実に継承して、魔王さまの理想と他の悪魔たちの利便性を兼ね合わせられるような、閑静な闇魔界のアクセスし難い凝った罠付き物件を目指すべきところでしょうか。
魔王さまは悩みました。
理想を追求したいと思いました。
魔王城をもっと、こう――。
「魔獣が駆け回れるくらい広い庭にしよう。体調を整えられる魔獣草の植わった花壇と、それとは別に穴掘りが楽しめる砂場と、もちろん新鮮な水場があって、足腰に負担を掛けすぎない緩やかな傾斜の立体運動場に遊具と、いつでもその時の気分で暖や涼を取れる場所と、魔獣の健康を支える高度な医療設備を」
「あの、魔王さま」
「専用の料理チームも増やそう。魔法農薬を使っていない新鮮で安全性の高い食材を生産する農場を拡張し」
「魔王さま!」
「はっ……! 我はいったい何を」
「そういうのは魔王さまの私有地と私費でどうにかしてください。くれぐれもマジュルン殿に過度に依存して心理負担を掛けませんように」
「はい……」
白髭の悪魔にたしなめられて魔王さまはしょんぼりしました。
魔王さまが弱ったのを好機と見て、骨の悪魔はさらなる営業を仕掛けます。
「お客様にいろいろな提案をしていただくことで新しい気づきを得られます。遠慮せず、どんなことでも仰ってみてください。建築法を考え、予算内で調整していくことも我々の仕事なのですから」
「それは頼もしいな」
「あらゆるお客様のご要望にお応えできるように、が弊社の企業理念です。弊社には様々な商品がございます。この時期はセット販売に力を入れておりましてね、期間限定のキャンペーン中なんですよ。明日までに申し込んで頂ければ10%割引、さらに豪華でも粗品でもない日用品をプレゼントいたします。今回は特別に弊社自慢の魔法道具部門にて販売中の”無限に齧れる魔獣用おもちゃ”もお付けしますが」
「ほう。すぐに頼」
「交渉前の即決はやめてくださいね、魔王さま」
「はい……」
白髭の悪魔にまたたしなめられてしまいました。
どうやら自分は発注者に向かないのだと魔王さまは悟り、白髭の悪魔に一任して、各地の見回り仕事へ出掛けることにしました。
魔獣の話をチラつかせれば乗ってくる魔王さまと違って、白髭の悪魔は財布の防御力が高いのです。骨の悪魔は雑談を交えながら商機を窺う方針にひっそりと変更し、長期戦への気備えをしました。
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