第6話
小走りをする傘持ち人間に引きずられるように魔王さまは足を動かし続け、景色がすっかり変わった頃、ようやく傘持ち人間は止まってくれました。
人間の体に変身しているせいか、魔王さまの身体機能が表面上は弱くなっているのでしょう。呼吸をするのも大変でした。
「ふぅ。危ないところだったね」
「危ない? なにがだ?」
「あなたねぇ、ダメだよー、変な勧誘に簡単について行ったら。都会は人が多い分、悪い人も簡単に紛れ込んでいるんだからさ。あんなふうに隙だらけで挙動不審だとさっきみたいに誘われちゃうよ」
「? さっきのはもしかして悪事の勧誘だったのか? 悪人には見えなかったが」
「そらね、勧誘役は使命感強めに仕上がってるから、善人に感じるだろうね。私も前にあの団体を調べたことがあったから気づけただけだし。ああいうのの手口っていろいろあって、孤立していたり、悪意に鈍そうな人を狙って話しかけて、最初は話すだけだとか無料とか言いつつ対象と仲良くなってきたら、会員になれとか、何か買えとか色々と要求をしてきたりするんだよ。さっきのはまぁ、不安の救済がメインの団体で敵を作ったりはしていないから、集団としては善良な部類なんだけどねぇ。……あなたが好んでああいうのに属したいって言うなら、もう止めないけど?」
「いいや、助けてくれて感謝する。ありがとう」
よくわからないままですが、どうやら魔王さまは人間界で言うところの詐欺的な何かに遭うところだったようです。幸いにも、この見ず知らずの人間が無償で助けてくれました。
「あ、名乗ってないんだから私も怪しいよね。私はユウって名前。何でも屋みたいなことやってる。これ名刺ね。よろしく」
「我は魔王だ。改めて、助力に感謝するぞ」
「ん? マオさん? でいいのかな? ちなみに私が言ってることを素直に信じるのも危ないことだからね。気をつけなさいね、あなた」
ユウと名乗った人間は難しいことを言いました。
人間界では悪魔もびっくりな騙し合いが横行しているのでしょうか。
長年、悪魔は人間を騙す側だったので、人間に悪魔が騙されるなんてことは想定していませんでした。魔王さまは人間を侮りすぎていたみたいです。悪魔たちが変わってきたように人間たちも昔とは違い、昔にもまして陰湿で卑劣な謀が跋扈する時代になっていそうでした。魔王さまの性格はどちらかというと武闘派なので、謀略は苦手です。いまさらながら騙されかけたらしいことに、どぎまぎしてきました。
「ユウ殿、後学のために我が狙われたのはなぜか教えてくれないか? この格好はそんなに隙のある感じだろうか?」
「格好はふつーなんだけどね。……その奇抜な眼鏡が陽気で浮かれてそうで、世間慣れしてない金持ちっぽいからかなー」
「眼鏡か。これは大事な物だから外せないな」
魔法眼鏡は人間界探索の必須アイテムなので困りました。
一つのアイテムだけでバランスが損なわれるとは、人間界のファッションというのは難しいものです。ただ、この魔法眼鏡は魔界でも派手な部類ですから、悪目立ちするというのは納得しました。
「私はそれ個性的でいいと思うけどね。バランスの問題かな? その眼鏡みたいに、全体を派手な格好にしたほうが自我が強そうに見えるだろうから、さっきみたいなのは寄りにくくなると思うよ」
「そうなのか。人間の意見は参考になるな」
「人間て。なに、動物しか居ないすっごい田舎から来たとか、そんな感じ?」
「そ、そんな感じだ」
魔王さまは誤魔化すように眼鏡を掛け直しました。
ユウは人懐っこく、どこかマジュルンを連想させるので、油断したら変身の魔法で引っ込めている角が出てきそうでした。重々、気をつけましょう。
「言いたくなきゃ言わなくていいけど、マオさんがきょろきょろしてたのって何を探してたの?」
「本屋さんを探していた。あの二人組に聞こうと思っていたのだが」
「あっちにあるじゃん、本屋。迷うことあった?」
「む?」
「……あー、いいや。私も買う物あるし、ついでに案内する。マオさんは私を怪しんで警戒しながらついて来るといいよ」
魔王さまの返事を待たずにユウは歩き出しました。
親切にしながらも自分を信じるなと言うのですから、奇妙な人間でした。
◇
そして無事、魔王さまは文字と絵であふれた本屋さんに辿り着きました。
あれだけ迷っていたのに、ユウの案内があったらすぐに着いたので、実はすんごい近くにあったみたいです。
店内には多種多様な冊子が並べられていて、その積まれている本の多さ、見慣れなさに魔王さまは目が回りました。
魔界通販では特定の本しか仕入れませんし、悪魔たちが暇潰しに読みたい本の種類はよほど偏っていたのでしょう。見たことのない本ばかりでした。こんなにあるのでしたら、もっと豊富に取り揃えるよう魔界商会に要望を出したほうがいいかもしれません。
「マオさんが探してる本ありそう? それはわかる?」
「食に関するコーナーを探してみる」
「私は文房具買ってるから、何かあったら呼んで」
「かたじけない」
「……武士なの? マオさんておばあちゃん子とかで時代劇が好きだったりする?」
「う、うむ。そんな感じだ」
「ふーん」
深く追求されたら冷や汗いっぱいに困るところでしたが、ユウはあっさりと引いて本棚を移動していきます。ホッとした魔王さまは並ぶ本の表題を読みつつ、ダイエット本探しをすることにしました。
『心に残る百景&古代文明の歴史を巡る旅』
『週刊 仮面騎士コレクション 変身首飾りレプリカ付き』
『月間導師 修行を志したきっかけを語る』
『仕事人決定版 理不尽なビジネスマナーに自分を洗脳して染める技能』
『夢を叶える習慣と上腕二頭筋相性占い』
なんか違う気がします。
次の本棚へ行ってみましょう。
『写真集 チワワファン過激派によるチワワのすべて。 特集 チワワが生まれてくるところ、生きるところ 特集 〜遺伝病について学ぼう〜』
『世界と家の中心は当然猫 生活環境相談と対策まとめ』
『しつけが要るのは人類だけ 犬心あれば仏心宿る』
『地域猫と人 これまでの取り組みとこれからを考える一冊』
『伝説のモフリスト直伝 動画で学ぶ動物をもふもふする時の必須技能編』
ここは動物関連の本棚のようでした。
非常に心惹かれるものがありましたし、憧れていたチワワの表紙も見えます。
けれども魔王さまはマジュルンのことを思い出しました。
マジュルンの健康のためにも、早くダイエットの本を見つけなくては。
魔王さまは次の本棚へ移動しました。
次の本棚ではキャラクターが前面に大きく描かれた表紙群が目を引きました。
ぼんやり眺めているうちに、魔王さまはやたら長い本のタイトルの中に悪魔という言葉を見つけ、詳しく見てみました。
『破門寸前の落ちこぼれ魔術師なのになぜか悪魔娘にはモテる件。』
『婚約破棄されたので悪魔と契約してでも異世界生活を謳歌します!』
『いまさら謝罪されても復讐のために悪魔を召喚しちゃったから、もう遅い』
はて。
最近の魔界の悪魔事情では、画期的な新技術によって人間から精魂を奪ったりしなくても、悪魔は存在維持のエネルギーを得られるようになっているので、わざわざ人間界へ旅行したり、悪事の契約件数を競って働く悪魔はめっきり減っています。
ですから、人間界に悪魔はほぼ居なくなっているのですが、人間界では変わらずに悪魔が崇拝されたり、恐れられたりと人気のようでした。
昔から人間ときたら、自分のやらかしたことでも、そうでなくてもなんでもかんでも悪魔のせいにして、自分は無実だと主張するものですから、悪魔にはいつでも居てほしいのでしょう。魔王さまは根強い悪魔人気を感じつつ隣の本棚へ移動しました。
『昔、自分が作ってた乙女ゲー(未完成)に転生してエンディングがわからないっ』
『追放された悪役令嬢は魔王の生贄にされるってマジですか?』
『光魔法が使えないのはオレの右目に伝説の魔王が封印されているかららしい』
『魔王討伐に村娘が挑むぜよっ!』
悪魔がなりたい職業ランキング不動の一位なだけあって、人間界でも魔王は人気なようです。魔王さまはちょっと照れたあと、次の本棚へ移動しました。
『知らない国からきた名前も知らない謎野菜を料理しよう』
『材料費を削れ、手を抜け、無気力な家庭料理で凌ぎ生きる夏』
『お金さえあれば健康になれるのにと思いながら学ぶ栄養の基礎知識』
魔王さまはやっと食に関する本棚を見つけました。
さすがは地方の労働力や物資、富を搾取独占して飽食に惚けて成り立つ人間の都市です。食に関する書物がこれまたたくさんあるではないですか。ダイエットについての本があるとしたら、きっとこのあたりです。
『SNSで話題! 貪り食ってもみるみる痩せる絶対ダイエット法』
『美しさは消化器官から! 華麗なる粗食料理』
『TVで紹介されました! 脂肪を死亡させる㊙戦略』
どうやら魔王さまが思うほど、ダイエットは秘伝のものではなかったようです。
大々的に宣伝してあるので、ユウに聞いてみてもよかったのかもしれません。
でも、なにはともあれ、あとは本を購入して魔界へ持ち帰り、じっくり勉強するとしましょう。
しかし、なんというか――。
「食べるのに痩せるとはいったい……? 特殊な技か? もしや毒を服用……?」
「カロリーが低い食材ってのはあるけども、食材を偏らせたら栄養が足りなくなって体調を悪くするから、急激に痩せる必要がある場合以外はおオススメしないよ」
「うぉっ!?」
熱心に本を見ていた魔王さまが振り返ったら、自分の買い物を済ませたらしいユウ殿が居ました。動揺してうっかり羽か尻尾を出しそうで、危なかったです。
魔界であれば背後に目でも作っておけば隙なし魔王で居られるのですが、人間の姿だとそうもいきません。人間に変身していると感覚まで鈍くなることを忘れていました。魔王さまは修行が足りないようです。
「ごめんて。そんなにびっくりすると思わなかったから。……えっと、真剣に考えるほどマオさんて体型で悩んでるの?」
「……これはその、大切な友人の役に立つのではと思ってな」
「ってことは平均より大きめの人なのかな? ……でもさぁ、こういうダイエットのススメとかは余計なお世話になるんじゃない?」
「な、なぜだ?」
「なんでって、他人が無責任に生活へ干渉するなんて無礼だし、一つの体型を理想にしてみんなで目指そうなんてバカげてるでしょ」
ユウが指差した本の表紙の人間は骨と皮のようで細長く、魔王さまの感覚ですと痩せすぎのように見えました。もしや、これが人間たちの理想なのでしょうか。
「みんな使えるお金も時間も違うし、身長も体質も何もかも違うんだからさ、太ってても痩せてても自分でちょうどいいと思えた体型が一番だと思うよ。狭い美醜の価値観に合わせようとしたり、比較して優劣決めるなんてダルいしね」
「む。ユウ殿はダイエットに批判的なのか?」
「どうかな。動機とか方法によるかなー。体調の問題を改善するためにやるなら応援したいけど、社会規範のノルマを達成するためにっていう強迫観念でやってる人のは、負担になりすぎていないか心配になっちゃうんだよね。……そうは言っても、どうしても健康、生活が関わる問題だから私も、みんなだって悩んでいるんだろうし、自分の体を受け入れるというのも難しいから、不安を煽られて振り回されたりしてるんだけどね」
魔王さまが改めてこの辺りの本棚を見ましたら、美や健康という文字が多くありました。なるほど、『他人から笑われない』『失敗しない』『オシャレになれる』などなどの言葉で心を揺さぶって不安にさせ、脅迫しているかのようです。
悪魔だと明確な報酬と同等の対価を示すやり方が基本ですが、人間は無根拠な成果と曖昧な対価の提示で行動しようとするのですから、魔王さまにはとても不思議なことでした。
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