第2話

 悪魔たちはなんとかそれらしき魔獣を見つけ出しました。

 今日は魔王さまにお披露目の日です。真っ黒に燃える太陽でよく晴れたいい天気ですし、幸先は良さそうです。


 魔王城に慎重に丁寧に搬入しましたし、ダークマターで作った特別で頑丈な檻に入った魔獣はおとなしくしてくれています。夜空を切り取って作った布で覆えば、魔王さまへ献上する用意は万全なのでした。


 王座に君臨する魔王さまに悪魔たちは一礼して、代表者である白髭の悪魔が進み出て口上を述べます。


「魔王さま、約束の魔獣を連れて参りました」


 謁見の間に声が響き渡り、残響まで聞き取れる静けさで場の緊張感が増していきます。もったいぶって白髭の悪魔の視線の合図にて、骨の悪魔がこれまたもったいぶった動きで檻の鍵を外して、ゆっくりゆっくりと布を取り去りました。こういう時は演出が大事なのです。あらわになった魔獣について、白髭の悪魔が高らかに続きの説明口上を述べました。


「ご覧下さいませ、魔王さま! こちらがご所望である、強く、賢く、主に忠誠を尽くして、勇敢で仲間を大切にする心を持つ者、魔王にふさわしい魔獣でございます! 真実を見通す邪眼は爛々と、鳴き声は低く遠くまで地鳴りのように響き渡る恐ろしさで、かすかな侵入者の足音でも聞きつける耳を持ち、罪まで嗅ぎ分ける優れた鼻に、鋭く毒のある爪と万物を噛み砕く強靭すぎる顎で、煉獄の炎まで吐き出せます。魔王城を荒らす侵入者を確実に撃退できるでしょう! 俊敏に走ることは勿論、気分で生やす背中の翼で短時間ならば飛行も可能であり、空中戦にも対応しております。わがままな主人の要望に応えきる最高にして最強の魔獣でございますよ!」

「ぜんぜん違う」

「えっ」


 謁見の間は緊張よりも困惑で硬直してしまいました。

 魔獣もお利口さんにその場におすわりして、首を傾げています。


 居心地が悪い事態に慌てて白髭の悪魔は集団の中へ引っ込み、悪魔たちで囁き相談を始めました。

 確かに魔王さまの言う通り、捜索チームで分かれて伝言を繰り返すうちに、求めている魔獣の情報が変質していって、魔王さまが命じた当初の要望とはだいぶ違っていたような気がします。まぁでも、できるだけ強い魔獣を連れて来たのですから、みんな魔王さまに褒めてもらえると見込んでいました。これは想定外の展開です。


「は、その、魔王さま。多少違ってもこの魔獣は必ずや役に立つはずで」

「……わいくない。違う」

「はい?」

「ぜんっぜん違うもんッ!!!」


 突然魔王さまは玉座から立ち上がり、激昂しました。

 いつも穏やかな魔王さまが声を荒げたので、みんなはもっと慌てました。


「ま、魔王さま。どう違うのでしょうか? やり直すチャンスを頂ければ今度こそ」

「爺よ。根本的に違うのだよ……」

「は、魔王さま。違うと言いますのは?」

「もっと小さくていいのだ」

「はぁ、だいぶ小柄の魔獣を飼いやすいだろうと選んでみたのですが」

「もふもふで、万人を魅了する姿形でな……その……チワワみたいな」

「は、魔王さま。ちわ……? はっ、血羽破でございますか? それはいったい?」

「だから! チワワだよ! チワワ!!! 人間界に居るではないか! 魔界の魔獣よりもすっごくすっごく小さくて弱々しい獣の! 慈悲深いあまりに醜悪な人間どもにお愛想で尾を振るほどの寛容さで、愛と希望と幸せの象徴みたいなふわふわの毛玉生物がッ!」


 魔王さまは叫んでいました。

 魔王さまは思ってたのと違ったので、魂からの落胆を満身の力で叫んでいました。




 さて、チワワなる具体例が出ましたが、現代の悪魔たちの多くは人間界へ行ったことがないので、頭上に?を浮かべていました。檻の近くで毛づくろいを始めた魔獣とどれくらい違うのか、さっぱりわかりません。

 唯一、白髭の悪魔は人間界へ行ったことがあり、薄らぼんやりとした知識を思い出すことに成功して、魔王さまを諌めました。


「魔王さま。我々がご期待に添えなかったことは大変申し訳ございません。……ですが、恐れながら申し上げます。魔界の魔力や瘴気は人間界の生物には毒になるのです。特に小動物だと魔界では長く生きられないでしょう。先日も人間界から違法輸入した悪徳業者を、警備隊が血祭りにしたという報告があったではないですか。魔王さまがチワワなる小動物を真に愛しているのでしたら、魔王さまのそばに置くことはどうか諦めてくださいませ。仮にですよ。チワワに魔力や瘴気避けの護符をたんまり装着させたとしても、重くかさばるので筋肉や骨に負担が大きく健康寿命に深刻な影響があるでしょう。よしんば生き永らえたとしてもこの魔界、溶岩や氷河などお散歩には適しません。ワンちゃんのQOLを高く保つことはどうあがいても不可能!」

「……そんな……だったら我はなんのために魔王になったのだ……」

「チワワと暮らすためだけに魔王になられたのですか!?」

「うぅ……」

「よいですか、魔王さま。悪魔のイメージアップ洗脳キャンペーンも順調で、旧来の悪いことをしてこそ悪魔という風潮は薄れてきています。が、まだまだ魔王には世間体というものがございます。偉大にして最強で絶対強者の格というものを示せなければ、古い悪魔たちは従ってくれませんよ。チワワのような小動物を膝の上に侍らせていたら、たちまち魔王は軟弱であるなどと噂が広まり、お力を理解できない愚か者どもが魔王の座を簒奪しようと各地で暴れることでしょう。魔界は荒れ、殺し合いの日々が戻ってしま」

「ぅうるさいッ! 魔王だってな! チワワと暮らしてみたいんだよッ!!!」


 魔王城全体に魔王さまの叫びがこだまします。

 魔王さまは半泣きでキレていました。

 なぜなら今日という日、チワワと暮らせるようになることを夢見ていて、その期待を打ち砕かれてしまったからです。魔王という地位と権力を手に入れるために心身の犠牲を払って努力をしてきましたし、強い魔王のイメージを維持しようと我慢してきた鬱憤が、永遠にチワワをもふもふできない絶望と混じって吹き上がりました。魔王の激務なんて、もう頑張ることはできません。


 拗ねた魔王さまは自室に逃げようとしました。

 が、白髭の悪魔に尻尾を捕獲され、阻まれます。


「離すのだ、爺! 我は無期限長期休暇を取るぞ! なんなら魔王を辞めてやる!」

「お、お待ち下さい、魔王さま! 我らを見捨てないでくださいまし!」

「魔王さま辞めないで!」

「権力者らしく我ら悪魔のために働きやがってください!」


 世界を破滅させようと暴れかけましたが、魔王さまは悪魔たちに懇願されて思い留まりました。

 魔王さまが魔王城から居なくなってしまったら、白髭の悪魔が忠告していたように、今どき流行らない古の時代の露悪戦闘趣味な悪魔たちが魔王の座を簒奪しようと、上から下から次元の狭間からも押し寄せて来るでしょう。

 一時的にでも魔王の権威が弱まってしまったら、魔王さまがこれまで推進して頑張ってきた改革は全部パーです。それはよろしくないことでした。


「そ、それにですよ、魔王さま。この魔獣をよくご覧くださいまし。チワワなる獣とはその……少し……いえかなり違いますけれども、この魔獣はこの魔獣で味があるというか、個性がクセになるというか、わかりやすい普遍的な可愛さではないところに逆に可愛さを見出したくなってきて反逆的思考で見れば可愛らしいかもと思ったりしませんか? ほら、ああいう、素人ではわからない良さがっ」


 白髭の悪魔の苦しい説得に耳を貸し、魔王さまは未だに賢くおとなしくお座りをしている魔獣を改めて見ました。


「こ」

「こ?」

「これのどこが可愛らしいのだ。どこがッ!?」


 第一形態で小さめとはいえ、魔王さまの体は他の悪魔よりは大きめなのです。

 それなのに魔獣は魔王さまよりも大きな体であり、ギラついた目を光らせていて、毒々しい感じの涎を垂らしていましたし、暑いのかハァハァと忙しなく息が荒く、不揃いに生えた長い牙がチラ見できます。怖いです。


「ほら! ぇえっとですね、あー、大きな目が表情豊かでして――」

「瞳孔が小さくてギョロリとした目玉に睨まれている気分になるが?」

「えっと、うーん、体が大きくて抱きしめがいがありますよ! 硬めの毛もこれはこれでアリで、ゆるめた口元がまるで友好的にはにかんでいるかのような――」

「我も、この場に居る悪魔も一飲みにできそうな口だな。この牙に噛まれては易易と逃げられまい」

「……っと、このようにですね、雰囲気が荒れていても動じることなく大人しくて賢くて、主との絆は強くて良き友だと――」


 魔獣はずっと魔王さまを見つめていました。

 すでに魔王さまを自分の主だと思っていたからです。


 魔獣の視線の強さに魔王さまはたじろぎました。


「だ、誰が主だ! 我はお前など認めん!」

「あっ、お待ち下さい、魔王さま! 魔王さまぁ!」

「いいか、爺よ。魔王の仕事はやるがな。この魔獣は認めんからなッ!」


 白髭の悪魔の抵抗も虚しく、魔王さまは羽を広げて魔界の管理へと出掛けてしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る