ゆる魔界
無同
第1話 忠魔犬
ある日。
魔界を支配している魔王さまは、招集した各地の悪魔たちに言いました。
「今日集ってもらったのは他でもない。……お前たちに頼みがあるのだ」
悪魔たちは頭を垂れた姿勢で、続く言葉を待ちました。
けれども魔王さまは口を閉ざしたままで、言いにくそうにしています。
これはどうしたことだと、みんなで魔王さまの真意を考えて囁き合い、謁見の間はにわかにさざめきました。
「魔王さまがこのように言い淀んでおられるのは初めてではないか?」
「も、もしや、余興としてデスゲームが始まるのでは……!」
「だとしても魔王さまのことだ。お互いを褒め合って相手を褒め殺した方が勝ちみたいなゲームになりそう」
顔を合わせれば殴り合っていたのは昔の話、今ではのほほんと悪魔たちは平和を満喫していて、こういう緊張で身が竦むような場のやり過ごし方をすっかり忘れていました。落ち着かず、隣に座った悪魔とこそこそと話し合います。
「じゃあ、あれじゃないか。不届き者の処刑?」
「そんなまさか……! ここに居るのは週一のお遊戯会やお茶会を気に入り、魔王さまに忠誠を誓っている者ばかりだぞ」
「くじ引きで当たったら、みんなの前で一発芸を披露しなければならないっていう公開処刑同然の余興は昔あったような」
あれこれと推測を囁き合っても、歩み出てまで魔王さまにお伺いをたてる者は居ませんでした。悪魔たちが憶測に頼ろうとしているのは、魔王さまの不興を買うのを恐れているからです。みんな、察しが悪いなどと魔王さまに失望されたくないのです。
ですが待っていても魔王さまは沈黙したままで、テレパシーや精神の乗っ取りや魂への介入も何もありません。
しからばやっぱり誰かが勇気を出して、真意を確かめなければいけないでしょう。
ここに居る悪魔たちは照れ屋さんなのでみんなの影に隠れようとして、爪や角や羽や尻尾や触腕やら何やらで互いの体を突き、押し合いの戦いが勃発しました。
もぞもぞごそごそと集団が蠢き続けた結果、白髭の悪魔が魔王さまの前に転がり出ることになりました。好都合なことにかわいそうな新参者ではなく、最も年長である白髭の悪魔です。質問者として妥当な選択だなということで、みんなは期待を込めて静観に徹しました。見捨てたとも言います。
逃げ場を失くした白髭の悪魔は痛む腰をさすりつつも、覚悟を決めました。
魔王さまから発言許可の視線を受けて、裏返った声で質問しました。
「ま、魔王さま。我らに頼みとはいったいどのようなことでございましょう?」
「……我には足りないものがあるのだ」
憂いを含んだ魔王さまの言葉に、悪魔たちはまた大きく動揺しました。
動揺のあまり互いの尻尾と触手が絡まったり、体に乗っけている首を落とす者が出ています。だって魔王とはどの悪魔よりも凶悪で美しく、完全なる者を讃える称号であり、魔界を支配して悪魔を従える存在なのです。ですから魔王さまは魔界のどの悪魔よりも強くて、足りないものなどないはずです。あってはならないのです。しかし同時に、魔王に忠誠を誓った者が魔王さまの言葉を疑うこともあってはなりません。
騒ぎの中で最も早く立ち直った白髭の悪魔は、魔王さまにとりなしました。
「何を仰られるのですか、魔王さま。魔王さまにおかれましては今日も完全なるご様子です。足りないとすれば、我ら配下の行いだけでございましょう……あっ、もしかして我らの働きが足りないと、そういう意味でございましたか?」
「……ふ。爺よ。我はお前たちの忠誠にも働きにも満足している。だが、まだだ。我は強欲なのでな。新しく我に仕える者が必要だ」
「そ、それはどのような者で?」
「我は望む。強く、賢く、主に忠誠を尽くしてくれ、勇敢で仲間を大切にする心を持つ者を。鳴き声は遠くまで響き渡り、真実を見通す目は輝いていて、侵入者の足音を聞き逃さない耳があり、優れた嗅覚で獲物を追跡でき、鋭い爪と牙を持ち、俊敏に走る体躯を飾る被毛は美しくなびいて、あらゆる者を魅了する獣をだ……!」
魔王さまは牙を覗かせて笑い、うっそりとしながら答えました。
強者の凄みを感じて悪魔たちは震え上がりましたが、魔王さまの望みならば叶えたいとも思いました。
忠誠や働きに満足だと魔王さまに評価されていたと知ったことも、魔王さまが極めて個人的な望みを口にするのも初めてのことだったからです。特に白髭の悪魔などは感極まっています。
「わかりました。わかりましたぞ、魔王さま! この爺、必ずやその獣を捜し出し、魔王さまの元へ連れてきましょう!」
「……うむ。任せたぞ、爺。期待している」
◇
魔王城を出た悪魔たちはさっそく相談を始めました。
魔王さまご所望の獣について、現時点で知っていることを誰かが喋ってくれると思ったのですが、誰も心当たりはありませんでした。困って気持ちが昂ってくるとみんな険悪な様子になってしまい、白髭の悪魔がよく確認せずに安請け合いしたことを責めたてました。
「どうするんですか! そんな獣、誰も知らないんですよ?」
「これだけ悪魔が居れば誰かが知っていると思い込んでいてのう……つい」
「どうするのさ〜。魔王さまの期待に応えるのは難しいんじゃないの?」
昔から、白髭の悪魔は情に流された勢いで判断してしまう残念なところがありました。その分とても情に厚いので慕われてもいましたが。
「とにかく、魔王さまにやると言ってしまった以上、何もしないうちから簡単にダメだったとはいえません。みんなで頑張って捜してみなくては」
言いたいことを言い、気分が少しスッキリした後は喧嘩をやめて、みんなでこれからのことを考えてみます。
「条件を満たした魔獣ならなんでもいい、というものではないでしょう。なにせ魔王の魔獣なのですからね」
「魔王さまが言ってた条件てなんだったっけ?」
「獰猛で強くて美しい云々」
「速く走る凶暴なやつじゃなかったか?」
「鳴き声で敵を魅了して、目が合うと石化させるみたいな?」
「そうだっけ?」
「あれ?」
喧嘩に気を取られたせいか、みんないまいち覚えていませんでした。
困りに困った事態ですが、強い魔獣だろうなというぼんやりとした情報だけは全員一致しています。そこで、みんなが知っている強い魔獣についての情報を出し合うことで、捜索候補を絞ることにしました。
「うちの地元に居る八つの頭と尾を持ったやつなんてどうです? 攻撃力が八倍ですよ。強いと思うの」
「頭が八つもあったら食費が大変そうだぞ」
「生贄で人間の娘が要るから……確かに飼いにくいかなぁ」
「大地から天まで飲み込むくらい大きくて、全身から炎が吹き出しているやつは?」
「体が大きいと運動量もたくさん必要だろう。魔王城で飼うには狭いだろうし、体のお手入れも大変そうだ。魔獣初心者の魔王さまには難易度が高い」
「混沌の太古の宇宙彼方から精神錯乱を引き起こす鳴き声で鳴くやつは?」
「自由に鳴けるような生活環境にしてあげたいけど、あんまり大きい鳴き声だとご近所さんにご迷惑をかけてしまうから」
「もっとこう、お忙しい魔王さま向けにコスパ最高エモい癒やし系も兼ねた都合のいい魔獣を……」
魔界最強の魔王の傍らには、最強の魔獣がふさわしいでしょう。
世界を飲み込めるくらい巨大だったり、世界を破壊するくらいの力があったり、世界を生み出すみたいな、そういう物騒な感じがいいとみんな思いましたが、もうちょい控えめな魔獣のほうがよさそうです。
悪魔たちはさらに意見を出し合ってから、魔王さまの魔獣捜しに出掛けました。
それぞれ駆けたり、地下に潜ったり、飛んで行ったり、海を泳いだり、魔界の果てまで捜索を頑張ります。
すべては魔王さまに喜んでもらうために。
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