Ⅰ-2 COOK

迫真クッキング

 枚舞がオドマンコマに来て、すでに1ヶ月が過ぎていた。枚舞は料理人としてオドマンコマで働くようになってから、愛おしさにも似た感情を抱くようになっていた。だが、何が愛おしいのかは枚舞には分からなかった。

「マイマイ、農業デッキに来たまえ」

 カーバが枚舞を呼ぶ。枚舞は農場と果樹園がある農業デッキに上がった。

「林檎が赤くなってきた。そろそろ収穫だな」

「ですね」

「マイマイ」

「読み方違います、バンウーです」

「バンウーだと元の名前と同じだろう。オドマンコマに来て新しい人間になったんだったら、新しい名前の方がふさわしいんじゃないのか?それにマイマイのほうが可愛いじゃないか」

「絶対最後の理由ですよね……それにどんなにかわいがられたとしてもホイホイとあなたの忠犬いぬになる気はありませんからね?」

「大丈夫だ、かわいがってるわけじゃない。懐く気がある犬はたやすく懐き、懐く気のないオオカミはよほどのことがないと懐かないのは知ってる」

「……」

「それで、林檎を10個ほど収穫した。今日の料理に使ってくれるとありがたいな」

「わかりました。ところで……」

「なんだ」

「今日は何を作ればいいですか、所長」

「ああ、今日は……久しぶりにカレーにしたいものだね」

「どこの様式ですか」

「そこに日本から取り寄せたカレールーがある。それを料理してカレーライスにしてくれないか」

「こんなもの、作り方通りに作ればどうとでもなるじゃないですか」

「だから君に頼んでいるんだ。これを調整して、とても甘いカレーにしてほしい」

「なるほど……善処します。チャツネはありますか?」

「蜂蜜や果物はある。……チャツネはないな」

「そうですか……じゃあ頑張ってみます。箱にすでに林檎と蜂蜜が書いてあるんですけど……というか甘くするのはなぜでしょうか」

「子供たちに食べてもらうんだ。1ヶ月ほど前にこのまま作ったら辛くて食べられないと言われてしまってな」

「なるほどわかりました……最年少の子は何歳ですか?」

「1歳7ヶ月だ」

「なら大丈夫ですね。たぶんできそうです」

「そうか。ありがとう」

 枚舞はキッチンへ向かおうとしたが、ふとここ3週間ほど感じていた疑問を感じて振り返った。

「そういえば、私が来る前は誰が調理を担当してたんですか」

「ビアだよ」

「ビア……?」

「君と戦ったAIだよ」

「ああ……あのAI、料理もできるんですね」

「そうだ。じゃあ、料理をよろしく頼む」

「はい」

 枚舞は農業デッキを降りると、キッチンへ向かった。まず林檎をすりつぶし、蜂蜜と砂糖を加えて電子レンジに入れる。そして加熱している間に野菜を裁断機にかけ、細かく切っていく。林檎の加熱が終わると、枚舞はそれを冷やしながら野菜と肉を炒めはじめた。炒め終わったところで水を入れ、沸騰させる。そして火を止めてからルウを粉々にして溶かし、先ほど加熱した林檎を入れる。

「これぐらいか……?」

 枚舞は味見をしてみた。甘い風味とカレーの旨味が口の中に広がる。

「これでいいか……。ご飯も炊けたようだし持っていこう。ビア、手伝ってくれるか?」

「はい」

 枚舞がカレーの大鍋を食堂に持って行くと、食堂では子供たちと主婦、そして研究者たちがいつものように待っていた。子供たちにカレーを持っていくと、子供たちは一口食べて笑った。

「おいしい!」

 枚舞はそれを聞きながら、余った林檎ジャムをどうするか考えていた。

「所長、林檎ジャムが余りました」

「明日の朝はサンドイッチにして、それに入れたらどうだ」

「それよりパイを作った方がいいかと思いまして」

「そうか。じゃあそれで頼む」

「ビアに手伝ってもらわないと」

「ビア、頼んだよ」

「はいはい」

 平和の中には天使が住むという。それは本当かもしれないと、枚舞は思い始めていた。

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