Ⅰ MAD FIGHTER

Ⅰ-1 SPY

侵入インテリジェンス

「連絡が遅れてすまん。君をもってしても少し大変な任務かも知れないが、なんとしても完遂してくれ。あれがそこら辺の途上国に渡って特許技術になっては大変なことになる」

「わかりました。必ずや任務を完遂してご覧に入れましょう」

 30分前まで、陳枚舞は軍の上司が音声通信を入れてきたのが不思議でならなかった。最近はスパイが任務を伝える時にいちいち上司から音声通信で命令を聞かされたりはしない。スパイには文章による通信で命令が入ることがほとんどだ。しかし命令を聞いて納得した。彼は今回の任務には、うえの大人物が一枚噛んでいるのだと確信したのである。

「まず、君は今レーナ・トブクという名前でリビア軍に潜入しているね?君がいるリビア軍第1軍団第118中隊は9月2日の早朝、5時ジャストに目標と接触して補給を行う。君はその補給に乗じて目標内部に気づかれぬよう侵入し、データを回収し、速やかに脱出してくれ。そのあとは衛星通信でデータを我が国に送ってくれ。それを我が国の成果物として改変し、全世界にばらまく。目標内部の構造は分かっているが、乗組員は未知数だ。気をつけてくれ」

「はい」

 陳枚舞は通信を切ると、寝台を出た。今日は8月31日、天気は晴れである。

「本部隊は明後日、補給任務に従事する。明後日の5時、補給ポイントは1191だ。任務時間は20分、船内の動線図は分隊長に見せてもらえ」

「はい」

 兵士たちが敬礼し、訓練場へと走っていく。訓練が始まるのだ。



 9月2日の朝、陳枚舞は補給ポイント1191へと向かう兵員輸送車に乗っていた。後ろに続くトラックには大量の物資が積まれている。

「着いたぞ。補給相手はここにある地下基地だ」

 中隊長が通信機で一言二言話すと、砂の中から機械音がして出入り口が現れた。

「補給開始。食料から順番に積んでいけ」

「はい」

 陳枚舞は他の兵士に混ざって食料の入った段ボール箱を運び込むと、他の兵士が道を聞いている隙に研究室へと忍び寄った。センサーステルス装置がセンサーを狂わせ、防犯カメラも陳枚舞の姿を捉えていないようだった。

「クリア、か。チョロいな」

 陳枚舞がそう思った瞬間、背後から音もなく誰かが忍び寄り、肩を叩いた。

「……」

 陳枚舞は振り返って、デスパンチ死のパンチを繰り出した。冷戦期のソビエトで生まれた実戦格闘技システマの技の一つ『デスパンチ』は、50%の相手を死に至らしめ、50%の相手を死なないにしても気絶させる強烈なパンチだ。しかし陳枚舞の拳は空を切り、陳枚舞は床に手をつく直前で体勢を立て直した。

「なんて素早いの……」

 背後に気配を感じた陳枚舞は背後に向かって手刀を放った。しかし手刀は空を切る。と同時に、後頭部に鈍痛が走る。

「……?」

 自分は背後から殴られた。しかし背後に放った手刀にはなんの手応えもない。明らかに自分よりかなり格上の相手である。

「まずい、殺される」

 陳枚舞はそう思い、両手を上げた。そして背後から近づく気配に言った。

「降参」

「そうですか」

 気配はそう言うと、陳枚舞の両手に手錠をはめた。陳枚舞は背後を振り返ったが、誰もいない。

「……どういうことだ?視覚ステルスか」

「いえ、そんなものは使ってませんよ。それに視覚ステルスは専門外です」

「じゃあどうなってるんだ」

「それはそうと、10分前に補給部隊は引き上げて行きました。それからあなたがスパイであるということはリビア軍に連絡済みです。兵営にあるあなたの寝台からは市販されていない機械……それもスパイにうってつけな周辺消音機能がある通信機が出てきたそうですね。レーナ・トブクさん……それとも陳枚舞さんと言った方がいいのでしょうか」

 背後の声は、陳枚舞の精神を揺さぶった。

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