灼熱ラボラトリー

「……」

 制御室に入ったカーバは絶句した。制御システムはまったく正常なのだ。ある一点を除いては。

「これは……」

「冷媒循環装置3番の圧力計が異常値ですね」

「ビア、ブリッジに報告は?」

「済んでます」

「3番圧力計を確認しに行こうか」

「わかりました」

 説明が遅れたがビアとは研究所のスーパーコンピュータに宿り、所内各所に取り付けられたロボットアームやカメラ、オドマンコマ研究所本体を制御し研究者たちをアシストするAIで、研究者20人、パイロット10人、技師40人、通信士4人、医療スタッフ21人とその家族104人の合計199人が乗り組むオドマンコマの200番目の乗組員ともいえる存在である。

「ビア、圧力計本体をカメラで確認してくれ」

「はい」

 圧力計の周辺に特におかしな様子はない。カーバはマカット技師を呼び出した。

「マカット技師、3番圧力計のチェックを頼む」

「はい」

 しばらくして返ってきた返事は、驚くべきものであった。

「3番圧力計、異状ありません。圧力異状は所内コンピュータのシステムアップデートに伴うバグかもしれません」

「わかった、システムを再起動してみよう。フクベ副所長にも伝えておく」

「はい」

 カーバはブリッジに向かった。

「フクベ副所長、システムを再起動してみよう」

「わかりました。ただ、今再起動すると移動システムが止まり、攻撃を受けやすくなります。安全地帯に出てからでいいですか」

「わかった。あと何分だ」

「あと30分ほどです」

「そうか……暑くなるな。放送を入れてくれ」

「はい……冷房装置が故障したため、システムを再起動する必要があります。しかし付近でリビア軍とテロ組織の戦闘が発生しているため、あと30分走って安全な場所に向かう必要があります。しばらく暑くなりますが、我慢してください」

 折から冷房が止まって空気がぬるくなっていた研究所内に放送が入ると、研究室からはため息が聞こえてきた。

「とりあえず先を急ぐぞ。第一速度だ」

「やってます」

「そうか……しかし遅いな」

「仕方ありませんよ、トップスピードですら時速100キロに満たないのに」

「ビア、原子炉の調子はどうだ」

「快調です。給電抵抗もさほど上がっていません」

「よろしい。室内温度は何度まで上がる」

「20分後には10℃上昇して38℃、30分後は最大で42℃です」

「外気温は」

「45℃です」

「なら窓は開けない方がいいな。各員に通達、窓を絶対に開けるな」

「放送入れます」

「大丈夫だ、私が言う」

「わかりました」

「全員に告ぐ、30分後には室内温度は42℃まで上がる。しかし室外の温度は45℃だ、絶対に窓を開けるな」

 30分が過ぎる頃には、全員が配布されたバスタオルをぐっしょり濡らすほどの汗をかいていた。だが室内が乾燥しているためだろう、バスタオルは汗をいくら拭いても湿る程度だった。

「水分補給をしっかりしないとな。そろそろ再起動だ」

「はい……ちょっと待ってください、近くにIRISの部隊がいるかもしれないとリビア軍から通達が」

「再起動に何分かかる」

「ざっと5、6分でしょう」

「よし、周辺警戒を厳にして再起動だ」

「はい」

 フクベはシステム再起動シーケンスを起動し、再起動をかけた。所内の電気が一瞬薄暗くなって、再び点灯した。

「警戒ドローンが5キロの距離にIRISの歩兵戦闘員を確認しました」

「なるべく刺激するな。ドローンはまだ気づかれてないな?」

「いえ、気づかれている模様です」

「それなら……」

「よし、ドローンを墜落させてくれ」

「カーバ所長?」

「早くしてくれ」

「はい」

 ドローンはモーターを停止して、墜落した。

「IRISの戦闘員はおそらくドローンの回収に向かうだろう。その間に再起動を終わらせるんだ」

「はい」

 ドローンからの情報は、IRISの戦闘員が走り出したことを伝えていた。ドローンに向かって走りだしたようだ。

「再起動まであと30秒」

「ドローンを離陸させろ。ドローンは再起動後に回収」

「ドローン離陸完了!IRIS戦闘員の射程圏外です」

「メインコンピュータ、再起動しました」

「推進器始動!ここからフルスピードで離れながらドローンを回収だ」

「了解」

「チヌークが戻ってきます」

「わかった。8キロ前方の砂丘で回収すると伝えろ」

「はい」

 チヌークは高度を下げてくる。オドマンコマは停止し、チヌークをその内部に収めると、ドローンも回収して再び走り出した。日は傾きだしているが、まだ日没までは3時間ある。オドマンコマは照りつける日差しの中を時速60キロで爆走し、安全地帯を目指していた。

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