童話ノート

 カーバはカイラと一緒に休憩室に入り、ノートを開けた。

「どれどれ……

『――風に乗って――

とある荒れ地に、ねずみの村がありました。その村では、小麦を一番多く作ったねずみが一番偉いことになっていました。この村に住むねずみのキトは、このまま荒れ地に住んでいては小麦はできなくなってしまうと知っていました。荒れ地の土はやせ、小麦は育たなくなっていたのです。そこでキトは、どこか別の場所で小麦を作ることを思いつきました』」

「そこはもう読んでもらったわ。風に乗って遠くに行く方法を見つけて、村を救ったねずみの話よ」

「どこまで読んでもらったの?」

「えっとね……その次の次のお話」

「ってことは……今から読むのは『翼を得た少年』か」

「どんなお話しなの?」

「読んでみる?」

「わかんないからやだ」

「分からなかったら聞いて」

「えー……」

「お姉さんが教えてあげる」

「わかった。

『――翼を得た少年――

昔むかし、遠い東の国に一人の少年がいました。少年は空を飛びたいと思っていました。空を自由に飛ぶ鳥に憧れていました。少年はやがて、空を飛ぶにはパイロットになるべきだと知りました。少年は頑張って勉強して……』」

「軍隊」

「『少年は頑張って勉強して、軍隊に入ろうと考えました。そのときは軍隊に入るのがパイロットになる近道だったからです。やがて少年は夢を叶え、パイロットになりました。少年は空を飛びたかっただけでしたが、やがて戦争が始まりました。少年は戦うことになりました』」

「続きは?」

「『少年は敵を次々に撃ち落としていきました。しかし、その日が来てしまったのです。その日、少年は戦いが終わった飛行場を飛び立ちました。しばらくすると、待ち伏せていた敵が現れました。少年は敵を撃ち落とそうとしましたが、たくさんの敵に取り囲まれてついに撃ち落とされてしまいました。少年は飛行機と一緒に海に沈んでいきました。死んでしまった少年の前に、神様が現れました。神様は少年を憐れみ、少年を鳥に生まれ変わらせました。少年は今も空を飛び回っていることでしょう。』」

 カイラが童話を読み終えたときだった。カーバの内線電話機のベルが鳴り響いた。

「どうした」

「大変です!冷房装置の冷媒が循環しません」

「何があったんだ!メインコンピュータは大丈夫か」

「スーパーコンピュータの冷却系統は大丈夫です。故障の原因の方は……近くに金属反応がありますし、リビア軍から『テロ組織IRISアイリスと戦闘中』との報告も入っていますので、おそらく流れ弾に当たったものと思われます」

「馬鹿な、このオドマンコマは戦車砲でも傷一つつかないんだぞ」

「……」

「何かが当たったような音はしなかった。おそらく他の要因だろう。パッシブレーダーのログはどうなっている」

「何も異状はありません」

「となると……もしやポンプの故障か?」

「何はともあれまずは戦場を離れます。対応はそれからです」

「そうだな」

 カーバは通話を切って、カイラの方を向いた。

「カイラちゃん、よく聞いて。今から私はお仕事に行ってくるから、ちょっとここで待ってて」

「わかった」

 カーバは休憩室を出ると、内線電話機のワンタッチダイヤル[2]を押した。

「ビア」

「なんでしょうか、所長」

「冷房装置区画に異常が発生してるらしいな。作業を手伝ってくれ」

「はい」

 カーバは通用口から冷房装置の制御室に向かった。

 

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