第82話 そこはかとなく漂う……

 落ち着いた雰囲気の喫茶店にて、僕は佇む。


 注文はまだしていない。


 待ち人が来るまでは……


 カラン、と鈴の音が鳴る。


「……あっ」


 三つ編みメガネの美少女がやって来た。


 和沙ちゃんのライバルで、彼女にも負けない魅力を放っている……


愛地あいちさん……」


「こんにちは、真尋くん」


 決して派手ではない、それでも品の良い装い。


 ストン、と席に腰を落ち着ける。


「あの、今日はわざわざ、時間を作ってくれて、ありがとう」


「いえ、こちらこそ。久しぶりに、真尋くんに会えて嬉しいです」


「でも、本当に良いの? 受験勉強、忙しいでしょ?」


「それはみんな、同じことです。何事も、合間の息抜きが大事ですから」


「はは、そう言ってもらえると、助かるけど」


「注文は?」


「いや、まだ」


「では、頼みましょう。コーヒーで良いですか?」


「あ、うん」


「すみません」


 愛地さんが、サッと注文をしてくれる。


「……それで、真尋くんは小説家を目指して……とりわけ、官能小説が書きたいんですよね?」


「ま、まあ、そうだね……実体験を元に、書こうと思っているから」


「普段、読書はしますか?」


「ま、まあ、ぼちぼちかな。やっぱり、多読家じゃないと、ダメかな?」


「いえ、そうとも限りませんよ。ちなみに、官能小説は……」


「いや、さすがに、それは……買う度胸もないし」


「今は、電子でも買えますよ?」


「でも、まだ高校生だから、ダメかなって……」


「まあ、官能小説は、エロ漫画やAVほど規制は厳しくないみたいですけど……分かりました」


 そこで、コーヒーがやって来る。


 豊かな香りがした。


 愛地さんは、慣れた所作でひとくち。


「……この後、私の家に来ますか?」


「えっ?」


「秘蔵図書、お見せします」


「は、はは……何だか、すごそうだね」


「そんな風に臆することはありませんよ」


 愛地さんは、メガネの奥で、瞳を微笑ませる。


 その柔らかな表情を見て、僕は少しだけ気持ちが楽になった。




      ◇




 初めてお邪魔する愛地さんのお部屋は、芳醇な本の香りがした。


「うわ、すごい数だね……え、これってみんな……」


「はい、官能小説です」


「すご、こんなに種類があるんだね……」


「ちなみに、これは一部に過ぎません。大半は、電子で購入しています」


「時代だね……」


「ちなみに、官能系は主に2種類に分かれます。本格的とライトですね」


「ああ、うん。僕はたぶん……後者になるのかな?」


「ええ、そうですね。作風的にも、そちらの方が良いかと。あまり本格的な表現だと、若い読者は尻込みしてしまうでしょうし」


「う、うん」


「ですが、表現の幅を知っておくことは大切です。そのために、1度は本格的なのを読んでみましょう」


「な、何か、緊張するね」


「そんな風に、肩ひじ張ることはないですよ。そうですね、感覚としては、昼ドラにエロ要素がプラスされたと思えば良いですよ」


「ああ、何となく、分かるような」


「一般小説でも、純文学は敷居が高そうですけど、意外とざっくばらんに読めて、楽しい作品が多いです。官能小説も、それと同じですよ」


「じゃ、じゃあ、とりあえず読んでみるね」


「はい、どうぞ」




      ◇




 どれくらい、時間が経っただろうか?


 僕は最後のページをめくり、本を閉じる。


「いかがでしたか?」


「……何か、すごかった。もちろん、エロくて、僕が知らない言い回しがたくさんで……けど、話自体も、すごく面白くて……エロ抜きでも、楽しめるかも」


「はい、そうですね。優れた作品というのは、そういうものです」


 愛地さんは、微笑む。


「真尋くん、鉄は熱い内に叩け、と言います」


「え? あ、うん」


「だから、頭を使ったら、今度は体で覚えましょう」


「へっ?」


 戸惑う僕の目の前で、愛知さんはスルスルと服を脱いでいく。


 細身だけど、しなやかで、決して弱々しくない。


 そんな彼女の下着姿に、ドキッとしてしまう。


「あ、愛地さん……」


「寂しいです、いつまでも名字呼びは……七緒ななおって呼んで」


 不意打ちのタメ言葉に、僕はクラッとしてしまう。


 僕はいつから、こんな風に色男……いや、エロ男になってしまったのか。


 あの破天荒な父さんのこと、何も言えなくなってしまう……


「安心して下さい。久しぶりに、あなたのご立派なのを受け入れるので……こちらもゆっくり、じっくり、指導させていただきます」


「……よ、よろしくお願いします」




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