第73話 甘さマシマシ

「いらっしゃいませ! ご注文はいかがなさいますか?」


 お店の顔は、可愛い店員さんの笑顔だろう。


 爽やかで、好感の持てる接客。


 一方、その奥は、油の匂いが充満している。


「おい、新入り。モタモタすんな、急げ」


「あ、はい」


 先輩に急かされてしまう。


「慣れないか? この雰囲気」


「ま、まあ、そうですね……」


「そっか~。まあ、綿貫くん、陰キャって感じだもんな~」


「あはは……」


「それに引き換え……」


 先輩の視線と共に、チラッとレジに目を向ける。


「ただいま、期間限定のイチゴシェイクがオススメです!」


 ハツラツとした声を響かせる美少女ギャルがいた。


「ゆかりちゃん、良いよな~。明るくて可愛いし、接客うまいし。それに背は小さいけど……アレはデカいしな~」


 先輩は、少しゲスな笑みを浮かべて言う。


「でも、綿貫くんも可哀想だな~」


「えっ?」


「所詮、友達ってか、パシリ止まりだろうから。いつも目の前にぶら下がっている、あの巨乳に触れないんだろ?」


「いや、あの……」


「でもまあ、陰キャの童貞くんは妄想力がたくましいだろうからさ。せいぜい、イケメンの先輩があの子とハ◯ハ◯すんの妄想して、シ◯ってなよ(笑)」


「…………」


 僕は沈黙する。


「すみませーん、特大バーガー2つでーす!」


 ゆかりちゃんの声が飛ぶ。


「はいよ~!」


 イケメンの先輩が笑顔で応える。


「特大は、君のおっぱいだっつーの」


 こそっと言って、ニヤつきながら、バーガーを作り始める。


「おい、綿貫くん。ボケッとしてんな」


「あ、はい」


 僕はゆかりちゃんの背中をチラ見しつつ、自分の仕事に手をつけて行く。




      ◇




 お昼のピークタイムを過ぎた頃……


「綿貫くん、休憩入って良いよ」


「あ、ありがとうございます」


 慌ただしいキッチンを抜け出し、僕は事務所と一緒になっている休憩室に入った。


「失礼しまーす……」


 遠慮がちにノックして入ると、


「ギャハハハハ! マジかよ~!」


 うっと思わずむせ返るような、陽キャの笑い声が響いている。


 先ほどのイケメン先輩と盛り上がっているのは……


「そうなんですよ~♪」


 ゆかりちゃんだ。


「んっ? おっ、綿貫く~ん、休憩か?」


「あ、はい……」


「今ちょうどさ~、ゆかりちゃんと、君のおもしろ話で盛り上がっていたところなんだよ~」


「えっ? ぼ、僕の……ですか?」


「そうそう。ねっ、ゆかりちゃん?」


 イケメン先輩は、ウィンク交じりに言う。


「はい、そうです」


 ゆかりちゃんは、ニコニコ笑顔のまま頷く。


「てか、ゆかりちゃん、春休みだけの短期じゃなくて、ずっとここでバイトしなよ~」


「え~、でももうすぐ3年生で、色々と忙しくなるから……」


「大丈夫だって。俺がちゃんとフォローするから」


「アハハ、それ関係あります~?」


 明るく笑顔で言葉を交わす2人を、僕はぽつねんと見つめる。


 ずっと一緒にいるから、忘れかけていたけど。


 ゆかりちゃんは、元々あっち側の人間なんだ。


 僕とは住む世界が違う……


「じゃあ、俺は先に戻るから。おい、綿貫くん。ゆかりちゃんにセクハラすんなよ?」


「し、しませんよ……」


「どうだかね~?」


 イケメン先輩は、嫌なニヤけ面のまま、去って行った。


 バタンとドアが閉まると、僕はため息を漏らす。


「まーくん、ごめんね」


「えっ?」


「あたしのワガママに付き合ってもらって。ここのお店、まーくんの柄じゃないのに」


 ゆかりちゃんは、眉尻を下げて言う。


 この春休み、将来の進路を決める意味でも、色々と経験を積むべく、バイトをしたいと言い出して。


 僕も彼女に付き合う形となったのだ。


「いや、大丈夫だよ。確かにちょっと合わないかもしれないけど……まあ、これも将来の勉強と思えば」


 僕が苦笑まじりに言うと、ゆかりちゃんはニコッと微笑む。


「そうだ、まーくん。良いものあげる」


「えっ?」


 ゆかりちゃんは、テーブルの下から、何かを取り出す。


 その包みが解かれると……


「……あっ、お弁当?」


「うん。あっ、内緒で作って来たから……もしかして、自分でお弁当作って来ちゃった?」


「いや、今日は軽くコンビニのパンで済ませるつもりだったから……あまり食欲もないし」


「ダメだよ、そんなの。まーくんは、いっぱい食べて、いっぱいスタミナをつけてくれないと」


 ゆかりちゃんは、少しムスッとした顔で言う。


「ほら、これ食べて~」


 パカッと開いた弁当箱には、愛らしいごはんとおかずが詰まっている。


「あ~ん、してあげよっか?」


「い、良いよ。誰か来るかもしれないし……ゆかりちゃん、もう休憩あがりでしょ?」


「うん、そうだね」


 よいしょ、とゆかりちゃんは立ち上がる。


 いつも胸元がユルユルの服を着ているゆかりちゃんだけど。


 さすがに、バイトの制服は着崩さない。


 けど、その真面目さに拘束されている巨乳が、むしろ普段と違うエロスを醸し出していて……


「どこ見てんの?」


「あっ、いや……お弁当、いただきます」


「うん、じゃあ……」


 ふっと、ゆかりちゃんの香りが近付いた。


 主にレジ担当だから、僕ほど油の匂いはしない。


 いつもと変わらない、ゆかりちゃんの匂い……


「……えっ」


「ふふ」


 彼女は、少し小悪魔な表情を浮かべて、唇に指を添えた。


「行って来ます、ダーリン♡」


「い、行ってらっしゃい……」


 呆けたまま言う僕に、ゆかりちゃんはニコッと優しく微笑みかける。


 そのまま、部屋から出て行った。


 しばし、僕は固まっていた。


 けど、おもむろに、彼女の手作り弁当を口にする。


「……美味しい……けど、ちょっと甘いな」


 先ほど不意打ちでされた、キスのせいかもしれない。




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