第41話 お腹いっぱい、お口にいっぱい?

 文化祭当日。


 校内はとても賑わっている。


「はぁ~、緊張するなぁ」


 ゆかりちゃんが、大きくため息をこぼした。


「あら、珍しいわね。ゆかりが緊張するなんて」


「今日は雨が降りますね。屋外の出し物の人たちが可哀想です」


 麗美ちゃんと和沙ちゃんが言う。


「って、ちょいちょーい! 好き勝手なこと言うなぁ~!」


 そんな3人のやり取りを、僕は少し離れた所から見守っていたのだけど……


「まあ、演劇までまだ時間はあるし、息抜きでもしましょう……真尋」


「へっ?」


 ふいに呼ばれて、僕はビクッとした。


 既に僕らはただならぬ関係だけど……クラスのみんなには一切公表していないから。


 まさか、いきなりみんなの前で声をかけられるなんて……


「えっ、真尋って……綿貫のこと?」


「麗美ちゃん、何で……」


「いや、まさか……」


 みんなが少しザワつき始める。


 僕は瞬間的に、ダラダラと冷や汗が出て来てしまう。


 そんな周りのザワつきに、当然ながら気付いている麗美ちゃんは、


「ええ、そうよ。真尋は、私の……」


 ちょ、ちょっと、麗美ちゃん、まさか……


「……下僕よ」


 チーン。


 何か虚しい音が響いたような気がした。


「何だ、下僕かぁ」


「そっか、そっか」


「ていうか、どちらにせよ、うらやまっ!」


 男子たちが騒がしくなる。


「おい、綿貫! お前、どうやって麗美ちゃんの下僕になれたんだよ!」


「教えてくれよ!」


「やっぱり、陰キャだからか?」


 普段、あまり絡まない男子たちに襟首を掴まれて、ぐわんぐわんと揺らされる。


「こらー、まーくんをいじめるな~!」


「真尋くんを離して下さい」


 ゆかりちゃんと和沙ちゃんが言う。


「えっ、何で2人まで……」


 男子たちが目をパチクリとさせる。


「まーくんは、あたしのかっ……下僕でもあるから」


「そうです。真尋くんは、わたしの下僕でもあります」


 2人は言い切った。


「「「な、何てうらやましい……」」」


 いや、下僕だよ、みんな?


「さあ、真尋。お供しなさい」


 麗美ちゃんは僕に微笑みを向けながら言う。


「まーくん」


「真尋くん」


 ゆかりちゃんと和沙ちゃんも。


「あ……はい」




      ◇




 クラスの三大美女と言われているけど、


「あっ、ゆかりちゃんだ!」


「麗美ちゃんもいるぞ!」


「和沙ちゃんも!」


 他のクラスの生徒からも、人気と知名度は抜群だ。


 ちなみに、今はまだ演劇の衣装を身に纏っていない。


 まだそれをやる前だから、ネタバレになっちゃうし、当然だけど。


 周りには文化祭らしく、仮装とかコスプレしている生徒もいるけど。


 ただの制服姿でも、人目をグイグイと引き寄せている。


「はぁ~、お腹空いたな~」


「そうね。演劇前に、軽く何か入れておきましょうか」


「賛成です。真尋くんはどうですか?」


「僕もそれで良いよ」


 この3人はやはり人気者。


 だから、もし校内に彼氏がいたら、それこそ大騒ぎ。


 そして、いま僕はその3人と一緒に行動している訳だけど……冴えない陰キャだから、誰にも注目されない。


 なるべく、3人の端っこに付いて歩いているから。


 たまに、僕にスポットが向けられても、


「あれ、パシリかな?」


「下僕じゃね?」


「それでも、うらやま」


 とか言われる始末。


 まあ、麗美ちゃんの目論見通りだし、大騒ぎになるよりは全然良いんだけど。


「屋台、屋台ぃ~♪」


 屋外にある屋台ゾーンにやって来た。


 香ばしい匂いによって、ますます食欲がそそられるようだ。


「あ、チョコバナナだ!」


 ゆかりちゃんが声を上げた。


「ねえ、あれにしようよ」


「う~ん、そうね~……」


「わたしは、たこ焼きとか食べたいんですけど」


「まあまあ、お2人さん」


 なぜかニヤけ面のゆかりちゃんが、麗美ちゃんと和沙ちゃんを抱き寄せて、コソコソと話をしている。


 やがて、3人が僕の方に振り向き、意味深に微笑んだ。


「えっ、どうしたの?」


「ふふふ、待たれよ、まーくん」


 そう言って、3人はチョコバナナの屋台へと向かう。


 僕も付いて行こうとすると、


「待たれよ!」


 なぜか怒られた。


 仕方なく、待ちぼうけする。


 そして、チョコバナナを買った3人が戻って来るけど……


「あの、僕の分は?」


「え? まーくん、共食いしたいの?」


「と、共食い?」


 動揺する僕を見て、ゆかりちゃんは、にへらっと笑う。


「こっち、カモーン!」


 威勢の良いゆかりちゃんに先導されて、僕らは人気のない場所にやって来た。


「さてと……ではこれより、第1回 誰がいちばんエッチにお◯ん◯ん食べるんだ選手権を開催しま~す!」


「共食いってそういうことか! それ、お◯ん◯んじゃなくて、チョコバナナだから!」


「えー、こんなに黒光りしてるのに~?」


「黒光りとか言わないで……」


 僕がガックリとうなだれる。


「じゃあ、まーくんはそんなあたし達を見て、お腹いっぱいになってね♡」


「いや、ならないから。普通に焼きそばとか買って来ても良い?」


「じゃあ、まずは言い出しっぺのあたしから行きまーす!」


「って、勝手に始めたし!」


「んっ……ぺろぺろ、ちろちろ……ちゅっ♡」


「えぇ~……」


「まーくん、気持ち良い?」


「って、何で!?」


「ほら、いつもしてあげているでしょ? それを思い出して……」


「誰かに見つかって、通報されたらどうするの!?」


「大丈夫だよ、まーくんが騒がなければ。ほら、麗美と和沙も」


「は、恥ずかしいけど……」


「んくっ、んぷっ」


「おぉ~! 和沙たん、積極的ぃ~!」


「むぐっ!? ゲホッ、ゴホッ……!」


「か、和沙ちゃん!?」


「……すみません、文化祭でテンションが上がっているので」


「そういう問題なの!?」


「おや~? カマトト麗美さんは、まーくんのチ◯ポをぺろぺろ出来ないのかな~?」


「だから、チョコバナナだって」


「まあ、プライドの高い女王さま気質ですからね」


「な、何よ、そんなこと……」


 麗美ちゃんは恥じらい、ためらいつつも……


「だ、大好きな真尋のためなら……むぐっ……ちゅぱ、ちゅぱ」


「麗美ちゃーん!? 僕のためを思うなら、こんなヤバいゲームに首を突っ込まないで!?」


「何を言ってんの。突っ込んでるのは、まーくんの方でしょ?」


「ゆかりちゃんは、ちょっと黙っていて」


「とうとう、真尋くんもゆかりさんのことウザいって思い始めましたね」


「えぇ~! じゃあ、もっとウザくしてやる~!」


「あ~! チョコバナナを嫌らしく舐めながら近付かないで~!」


 何で男の僕の方が、襲われている感じになっているんだ……


 彼女たちのビッチ化が進み過ぎて、怖い。


「で、誰が1番気持ち良かった?」


「知らないよ」


 とりあえず、お腹が空いています。




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