第18話 温もりが欲しい

 温かいお茶を2人分、テーブルに置いた。


 天音さんは、正座をしたまま、ずっと顔をうつむけている。


「あの……大丈夫?」


 僕が気遣うようん声をかけると、


「……はい、大丈夫です」


 口では言うけれども、明らかに憔悴しょうすいしている。


 ぐぅ~。


「あっ」


 不覚にも、こんな時にお腹が鳴ってしまった。


「ご、ごめんね。ちょうど、朝から何も食べていなくて……これから、カップ麺でも食べようかと思っていたんだ」


「カップ麺……」


「あ、良ければ、天音さんも食べる?」


 僕が苦笑交じりに言うと、


「……良ければ、私が何か作りましょうか?」


「えっ?」


「いつもお世話になっていますし」


「いや、その……でも、天音さんは今……」


「平気です」


 立ち上がった彼女は、


「キッチン、お借りしますね」


「あ、僕も何か手伝おうか?」


「いえ、真尋くんはくつろいでいて下さい」


 まさかの展開に、僕は呆けた顔のまま頷く他ない。


 天音さんはキッチンに立つ。


「そうだ、服が汚れるといけないから、そこのエプロン良ければ使って」


「ありがとうございます」


 そして、天音さんはエプロンを着ると、調理を始めた。


 トントントン、と小気味の良い音が聞こえて来る。


 どうやら、思った以上に慣れているようだ。


 彼氏にフラれたばかりで、メンタルが心配だったけど。


 まあ、料理をすることで少しは気晴らしになるかもしれないし。


 僕はテレビを見ながら、黙って待っていた。


 しばらくして、良い匂いがして来る。


「お待たせしました」


 運ばれて来たのは……


「野菜のスープです。お肉は少な目ですけど……」


「ああ、良いよ。すごく美味しそうだ」


「味付けはコンソメです。あ、ごはんもいりますか?」


「うん、それは冷凍してあるから。天音さんもいる?」


「良いんですか?」


「せっかくだから、一緒に食べようよ」


 そして、冷凍していたごはんを2つチンして解凍する。


「すみません、こんな物しか作れなくて。真尋くんは普段から自炊しているから、これよりもお上手ですよね?」


「いや、そんなことないよ。天音さんの料理、すごく美味しそうだ。正直、意外だよ」


「まあ、自己管理をちゃんとしたくて、色々とネットで検索している内に、料理をするようになっていまして」


「さすが、マジメだね。おっと、冷めないうちにいただこうか」


「はい」


 2人して手を合わせると、


「「いただきます」」


 声を揃えて言う。


 僕は早速、天音さんお手製のスープをいただく。


「……うん、美味しいよ」


「本当ですか?」


「味付けは少し薄目だけど、ちゃんとコクがあると言うか」


「野菜のうま味だと思います」


「そう、それ。これは体も心も温まるね」


 僕が何気なく言うと、天音さんスープに目を落としていた。


「天音さん?」


「……修さん……元カレにも、作ってあげたことがあって。その時も、笑顔で褒めてくれたなって思い出してしまって」


 ポロ、ポロ、と。


 天音さんの目から涙がこぼれ落ちた。


 僕は慌てて、ティッシュボックスを渡す。


「……すみません」


 天音さんはティッシュを取ると、メガネを少しずらして涙を拭いた。


「……真尋くんは、優しいですね」


「えっ?」


「いつもわたし達が溜まり場にしても、あまり怒りませんし。今もこうして突然押しかけたにも関わらず、優しく迎えてくれて…と」


「ま、まあ、知らない間柄じゃないし。悲しそうな女の子を放って置けないというか……」


「真尋くん……」


 涙を拭き終えると、天音さんは改めて僕のことを見つめて来た。


 何だかんだ、彼女もまた、ゆかりちゃんと麗美ちゃんに勝るとも劣らない美少女だから。


 ドキドキしてしまう。


「……1つ聞いても良いですか?」


「何かな?」


「最近、ゆかりさんと麗美さんの雰囲気が何か変わったのって……真尋くんの影響ですよね?」


「へっ?」


「あの2人、彼氏と別れたばかりなのに、何だか元気になっているし……もしかして、真尋くんが……」


「いや、その……」


 僕はとっさに言い訳を考えようとするけど、その前に天音さんが距離を詰めて来た。


 そして、僕の手に触れる。


「わっ」


「……わたしの手、冷たいですよね?」


「ほ、本当だ。やっぱり、女の子って冷え性なのかな?」


「それもありますけど……今のわたしは、身も心も冷えています」


「あ、温かい料理を一緒に食べているじゃないか」


「はい。けど、それだけでは足りません……」


 天音さんが僕に顔を寄せて来た。


 彼女の緊張した吐息を間近で感じて、僕の方も心拍数が上がって来る。


「……真尋くん」


「は、はい?」


「今までのお礼の意味も込めて……わたしの処女をあなたに捧げます」


 僕は思考が停止した。







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