第17話 お互いに大切だけど……

 三大美女の1人として数えてもらっているけれども。


 他の2人に比べると、自分は地味で垢抜けていない。


 そのままでも良いと思っていたけど。


 好きな人が出来たから。


 小さい頃からお世話になっていて、ずっと憧れていた近所のお兄さん。


 西野修にしのおさむと言う。


 メガネが似合う知的な男子で、頭が良くて紳士的で。


 ずっと憧れていたお兄さん。


 そんな人と自分が、まさか付き合えるなんて思ってもみなかった。


『修さん……ずっと、好きでした』


『はは、参ったな。こんな可愛い子に告白されたら、断れないよ』


 今でもまだ、あの日の光景がしっかりと目に焼き付いている。


「和沙、お待たせ」


 その声にハッとして顔を向ける。


「お、修さん……」


「今日はまた一段と、可愛いね」


「あ、ありがとうございます……」


 和沙はモジモジとしてしまう。


「あ、あの……」


「じゃあ、行こうか」


 相変わらず紳士的な笑顔を浮かべながら、スッと手を差し伸べてくれる。


「は、はい」


 和沙は笑顔になりながら、彼の手を握った。




      ◇




 街を歩いて、ランチを食べて、映画を見て……とても楽しかった。


 好きな人と過ごす時間が、こんなにも尊いだなんて。


「そろそろ、良い時間だね」


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。


 すでに夕暮れ時を迎えていた。


 2人は人だかりが少ない道を歩いている。


 確かに、デートはもう十分に満足した。


 けど、和沙としては、まだ最後の大事な仕上げが残っている。


 今日こそ、大好きなこの人に……抱いてもらいたい。


 初めてを捧げて、女にしてもらいたい。


「じゃあ、和沙……そろそろ帰ろうか」


「えっ?」


「お父さんとお母さんも心配するだろうし」


 その優しい気遣いが出来る所、本当に大好き。


 けど、自分はいつまでも小さな女の子じゃない。


 もう、立派な大人の女だから。


 胸とか小さいけど、それでも……


「……修さん」


「えっ、何?」


「わたしとセッ◯スして下さい」


 まさか、自分が大好きな彼に対して、こんなにもストレートに言えるとは思えなかった。


 けれども、それだけ自分が覚悟を決めて来たと言う証なのだ。


「和沙……」


 修は目を閉じて少し押し黙った。


「……黙っていたけど、実は俺、留学をしようと思うんだ」


「……はっ? 留学……ですか?」


 思わぬ一言に、和沙は目を丸くした。


「うん。やっぱりこれからの時代は、世界にも目を向けて行かないと生き残れないから」


「そ、その立派な志は素敵ですけど……だったら尚更なおさら、わたしのことを抱いて……下さい」


「……ごめん、それは出来ない」


「な、何でですか? わたしのこと、嫌いなんですか?」


 和沙の目にジワリと涙が浮かぶ。


「いや、和沙のことは大好きだよ。小さい頃からずっと、見守って来たし」


「だったら、どうして……」


「やっぱり、その……どうしても、妹としてしか見られないんだ」


 ぐらり、と視界が揺れるようだった。


 メガネを落とした訳でもないのに。


「告白してくれた時も、本当は断ろうと思ったんだ。けど、和沙の目があまりにも真剣だったから、もしかしたら付き合えば何か変わるかと思ったけど……無理だった」


「……そう、ですか」


「ごめん、和沙……」


 歩み寄って来た彼は、ポンと和沙の頭に手を置く。


 その手は相変わらず優しく温かいけど……


「……修さんのバカ」


「えっ?」


 バチィン!


 気づけば、思い切り彼のことをビンタしていた。


「うっ……」


 彼はよろめく。


 和沙はハッとするが、


「……さよなら!」


 その場から脱兎のごとく駆け出した。




      ◇




 休日に夕方まで寝ることが愚行ぐこうなのは知っている。


 それでも、僕は久しぶりの完全オフを満喫した。


 というか、連日あの2人とのエッチ行為で疲労困憊ひろうこんぱい状態だったから。


 どちらにせよ、そうする他なかったのだ。


「……お腹空いたな」


 朝ごはんも昼ごはんも食べずに、ひたすら眠っていたから。


 ぐぅ~、とお腹が鳴る。


 何か作るのも面倒だから、カップ麺で良いかな。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。


「えっ、誰だろう?」


 まさか、あの2人が襲撃して来たってことはないだろうな?


 だとしたら、非常に面倒なことに……


「……はぁ」


 僕は億劫おっくうになりながら、仕方なく玄関へと向かう。


 そっと、ドアを開けた。


「はい、どちら様で……えっ?」


 そこに立っていたのはゆかりちゃんでも麗美ちゃんでもなかった。


「あ、天音さん?」


 思えば、私服姿の彼女を見るのは初めてだ。


 そう言えば、彼氏とデートをすると言っていたっけ。


 ということは、これはデート帰りか。


 ん? というか、何でわざわざ僕の家に寄るんだ?


「……ごめんなさい、いきなり来てしまって」


「いや、あの……どうしたの?」


「……彼氏にフラれました」


「えっ」


 顔を上げた彼女は、メガネの奥でつつー、と涙を流す。


 それが頬を伝って流れ落ちて行った。


「真尋くん……わたし、どうしましょう」


 力ない声で言う彼女は、そっと僕の手を握って来た。


 その儚さと冷たさに驚く。


「と、とりあえず……家に入る?」


 僕が言うと、彼女はコクリと頷いた。







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