第8話 ……思い切り抱き締めて?

「麗美ぃ、まーくんのお家行くっしょ~?」


 放課後、問われる。


「……ごめんなさい、今日はお仕事があって」


「また? 最近ずっとだね」


「う、うん。ちょっと、バタバタしていて」


「モデルさんも大変ですね」


「ま、まあね」


「じゃあ、またあたしと和沙だけで行くか~。麗美、またね~」


「また」


「うん、またね」


 去りゆく2人を見送ってから、麗美はため息をこぼす。


「……本当は、お仕事なんて入ってないんだけどね」




      ◇




 いくら可愛いとはいえ、毎日のように家を溜まり場にされるのは困る。


 そんな負担が1人減ったのは、喜ばしいことのはずなのに……


「……お~い、まーくん?」


 呼ばれてハッとする。


「えっ、何?」


「なに、じゃなくて……さっきから、ずっとボケッとしているけど、どうしたのって聞いているの」


「いや、その……」


「もしかして……エロいことでも考えていた?」


「ち、違う……」


 とも言い切れないか。


 今ここにはいない、彼女の甘い色香を思い出してしまう。


 その滑らかな肌触りまでも……


「真尋くん、またボケッとしています」


「ハッ……」


「もう~、こんな可愛い女子2人がいて上の空とか、ひどくな~い?」


「ご、ごめん」


「全くもう~……でさ、かれぴがさ~」


 また前島さんが喋り、天音さんがペンを走らせる。


 そして、僕は……市野沢さんのことを考えていた。




      ◇




 休日が完全にオフなのは、久しぶりだった。


「麗美」


 少し離れたところから、笑顔を浮かべてやって来る彼。


 彼女もまた、小さく手を振り返した。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来たところよ」


「そっか、良かった」


「じゃあ、行こうか」


 彼氏の陸斗が差し出す手を、麗美は握った。




      ◇




 街でのデートを楽しんだ後、2人は陸斗の家にやって来た。


「さてと……じゃあ、やろうか」


「うん……」


 もちろん、そのつもりでいた。


 その覚悟でいた。


 けど、何だか……


「今日はちょっと、趣向を変えようか」


「えっ?」


 何やら、陸斗がベッドの下から箱を取り出した。


「ジャーン!」


 得意げに見せるその中身は……


「……こ、これって」


「そっ、大人のオモチャってやつだよ」


「いやいや、これって未成年にはまだ早いんじゃ……」


「細かいことは良いんだよ」


 いつもは麗美と同じく、大人びた余裕を感じさせる彼。


 けど、今は何だか欲望に駆られた獣のような目で、麗美を見ていた。


「ご、ごめん。それはちょっと……」


 麗美が立ち上がろうとした時、


「待てよ」


 グッとベッドに押し倒される。


「あっ!」


「最近のお前、ちょっと反抗的じゃん? だから、ここらで調教をしようと思ってな」


「ちょ、調教?」


「そっ。俺の言う事は何でも聞く女にしないと♪」


 この男は、何を言っているのだろうか?


 出会ったばかりの頃は、もっと素敵な男子だと思っていたのに……


「……してよ」


「えっ?」


 麗美は一度、唇を強く噛み、喉を震わせた。


「――離してって言ってんでしょうが!」


 普段は決して声を荒げない彼女の怒声に、陸斗は慄いたおののいた


 思わず尻もちを突いてしまう。


「……もう、終わりにしましょう」


 麗美は涙目で言う。


「おい、ちょっと待てよ……麗美!」


 彼の呼び声を無視して、部屋を飛び出した。


 家からも飛び出すと、いつの間にか雨が降っていた。


 けど、麗美は構うことなく、走り出した。




      ◇




 休日はあの女子たちが溜まり場にして来ないから、ゆっくり出来る。


 僕はまるで、週休2日のサラリーマンみたいな気分で、たまの休日をのんびりと過ごしていた。


 その時、玄関チャイムが鳴る。


「え、誰だろう?」


 僕は少し面倒に思いながらも、玄関へと向かう。


「はいはい、どちらさまで……えっ?」


 何と目の前にいたのは……


「……ごめんね、来ちゃった」


 ずぶ濡れの市野沢さんだった。


「ど、どうしたの!?」


「えへへ、ちょっと……」


「と、とりあえず、中へ……」


「うん、ありがとう」


 その後、僕は彼女を脱衣所へと通してあげる。


「はい、これタオル。あ、良ければシャワーでも……あ、着替えがないか……」


「ううん、平気。シャワー、借りるね?」


「ど、どうぞ」


 僕は脱衣所から出ると、リビングで軽く硬直した。


 まさか、こんな事態になるだなんて。


 今まで、我が家のリビングとかに入り浸ることはあっても、お風呂に入るなんてことなかったから……とてもドキドキしてしまう。


 あれだけの美少女が、いつも僕が使っているお風呂場で……いやいや、やめろよ。


 こんな恥ずかしい妄想は。


 しばらくして、脱衣所の扉が開く音がした。


 ひた、ひた、と音がして、


「シャワー、ありがとう」


「あ、うん。どういたしまし……て!?」


 僕は驚愕した。


 何せ目の前にいる市野沢さんは……裸にタオルを巻いただけの状態だった。


「ごめんね、まだ服が乾いていないから」


「あっ……か、乾燥機あるけど、使う?」


「ううん、平気。そんなに急がないから……むしろ、ゆっくりしたいし……あ、でも、真尋に迷惑か」


「ぼ、僕は良いんだけど……」


「濡れたお洋服と下着は、勝手に脱衣所に干してあるから。気になるなら、見て来ても良いよ?」


「いやいや、そんな……」


 僕はもう、ひたすらに恐縮するばかりだった。


「あ、寒くない? 温かいお茶でも……」


「――真尋」


「……えっ?」


 ふいに抱き付かれた。


 ほぼ裸のままの彼女に。


「い、市野沢さん!?」


「……今日、彼氏とデートだったの」


「あっ……うん」


「それで、彼の家でエッチをする流れになったんだけど……卑猥ひわいな大人のオモチャを見せられて……それで私のことを調教するって」


「ちょ、調教?」


「たぶんこの前、私が彼の下手なマッサージを拒否したせいだと思う。彼、プライドが高いから」


「そっか……それで、こんな雨の中を……」


「もう、彼とは終わったわ……」


 失恋……ということか。


 まあこの場合は、市野沢さんが彼を振ったことになるけど。


「……真尋の体、あったかいね」


「あ、あの、やはりこのままの状態では……」


「……いま言った通り、私はもう彼氏とは別れた。だから、フリーだよ?」


 ふと、潤んだ瞳の彼女と目が合う。


 彼女の柔らかな膨らみが2つ押し付けられると、心拍数が上昇するようだった。


 見つめられながら、頬に手を添えられる。


「ねえ、真尋……」


 彼女はいつになく、弱々しく、すがるような声で、僕を呼ぶ。


「……思い切り抱き締めて?」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る