第7話 童貞卒業しちゃう?

 昼休み。


 2年A組の教室は、それぞれのグループに別れて昼食を取り、ワイワイと盛り上がっている。


 三大美女と呼ばれるゆかり、麗美、和沙たち仲良し3人組もお弁当なりパンなりを食べていた。


「でさ~、うちのかれぴがさ~」


 基本的によく喋るのがゆかりで、麗美がそれに相槌あいづちや合いの手を入れたり、和沙はたまに一言ツッコんだりする。


「そんでさ~……てか、麗美」


「えっ?」


「何かずっとスマホを見てっけど。どしたの~?」


「わたしも気になっていました。どうかされましたか?」


 2人に問われた麗美は、飲んでいた水のボトルを置く。


「……大切な人の写真を眺めていたの」


 スマホで口元を隠しながら言う。


「あ~、かれぴ? てか、麗美のかれぴの顔どんなだっけ? 見せてよ~」


「ダーメ、恥ずかしいから」


「良いじゃんか、ケチ~!」


「2人とも、食事中は静かにしましょうよ」


 和沙に注意され、ゆかりに迫られ。


 そんな最中、麗美はチラと、ぼっち飯をしている彼を見た。


 小柄でメガネで童貞で、冴えない彼。


 けど……


「あ~、また麗美がニヤけてる~!」


「ニヤけてなんてないわよ」


「2人とも、静かに」




      ◇




 放課後。


 またいつものように、3人娘さんが遊びに来ていた。


「でさ~、かれぴがさ~」


「また彼氏さんの話ですか? そんなに好きなんですか?」


「当たり前だよ。和沙たんだって、かれぴのこと好きっしょ?」


「まあ、そうでなければ付き合ってはいませんけど……」


 またいつものように、お菓子を食べてジュースを飲みながら、駄弁ったり勉強をしたり、思い思いに過ごしていらっしゃる。


 そんな中で、ふと気になったのは……


 相変わらず、大人びた落ち着きで会話を聞いている市野沢さんが。


 何度もチラッと、僕に意味ありげな視線を送って来た。


 と思ったら、おもむろにスマホを出して、その画面もチラッと僕に見せる。


「げっ!」


 思わず声を出してしまう。


 なぜなら、そこには例の待ち受け画面が……ほ、本当に設定しているし。


「ん? どしたの、まーくん?」


「えっ? い、いや、何でも……」


「ったくも~、いきなり声を出すとかキモいからやめてよね~」


「ご、ごめん」


 僕は謝りつつ、チラと市野沢さんを見る。


「ふふふ」


 チラッ。


 また、例のヤバい待ち受け画面が……


「あ、麗美……」


「ま、前島さん! ジュースのおかわりいる?」


「うわっ!……って、だからいきなり大きな声を出すなし!」


「ご、ごめん……」


「まあ、いるけど。ほい」


 少し怒り顔でコップを差し出す前島さん。


 僕はジュースを注ぎつつ、また市野沢さんの様子を伺う。


 彼女は楽しそうにクスクスと笑いながら、僕の方を見ていた。




      ◇




 3人娘さんが帰った後……


 またすぐに、戻って来る女子が1人。


「おまたせ♡」


 笑顔の市野沢さんは、戸惑う僕を連れて、そのままリビングへ向かう。


「えっと、マッサージをすれば良いんだよね?」


 僕が言うと、


「それも良いけど……今回は日頃の感謝を込めて、私が真尋にご褒美をあげるよ」


「えっ? ご褒美って……」


 唇を塞がれた。


 指先ではなく、同じ唇同士で……


 今度は、以前のように、ほんの一瞬ではなく……


「……んっ……ちゅっ……はっ」


 甘く濃厚に、長く深く、キスをされた。


 僕の思考回路は、一瞬にして溶けてしまう。


 やがて、そんなキスから解放されると……


「……どう? 美味しかった? 気持ち良かった?」


「……な、何でこんなことを?」


「真尋が好きだから」


 ドクン、と胸が高鳴る。


「で、でも、君には彼氏さんが……」


「うん、そうだね……でも、今は真尋のことしか見ていないよ?」


 大人びて美人の彼女が愛らしく小首をかしげて言う様は、とても破壊力があった。


「い、市野沢さん……」


「……ねえ、真尋。童貞を卒業したいって、思う?」


「そ、それは……ま、まあ、出来ることなら……」


「じゃあ、今から私と一緒に卒業しちゃおっか」


「いやいや、それは……」


「どうして? 嫌なの?」


「嫌と言うか……だって、市野沢さんには彼氏がいる訳だし……だから、さっきのキスだって……」


 僕が口ごもりながら言うと、市野沢さんは小さく吐息を漏らす。


「……それもそうだね。私、ちょっと暴走しちゃった。ごめんね、真尋?」


「いや、良いんだけど……」


 少し気まずい空気が流れる。


「……もう帰るね」


 立ち上がった市野沢さんの顔はどこか浮かない。


「あの、市野沢さん……」


「ちょっと、しばらく来ないかも……」


「えっ?」


「でも、その方が真尋も好都合でしょ? いつも溜まり場にされて、迷惑だろうし」


「そんな、市野沢さん……」


「……バイバイ」


 最後に悲しげな笑顔を浮かべて、彼女は去って行った。







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