第3話 コンビニの女神

 池戸高校2年A組の教室は、放課後になるとより一層、賑やかになる。


「うわ~、部活だりぃ~」


「じゃあ、サボッて遊びに行くべ」


「先輩に殺されるわ」


 そのザワつきの中で、


「おーい、麗美ぃ、和沙ぁ。また、まーくんの家に行くぅ?」


 ゆかりが声をかける。


「あ、ごめん。私、今日はモデルの仕事なんだ」


 麗美が片手で詫びる。


「そうなんだ~、がんば~。和沙は?」


「わたしは特に予定はないので」


「じゃあ、行こうか~。ていうか、あいつまた先に行ってるし~。追うぞ、和沙たん」


「それじゃ、また明日ね」


 麗美は2人に手を振って教室を出た。




      ◇




 店内ではリズミカルなBGMが流れている。


 学校帰り、僕はまっすぐ家に帰らず、コンビニに寄っていた。


 すると、スマホが鳴る。


 ディスプレイに表示される名前を見て、うっと呻いてしまう。


『前島ゆかり』


 僕はしぶしぶ、通話ボタンをプッシュした。


「はい、もしもし……」


『ちょっと、まーくん! どこに行っているの? もうあたしら、家の前にいんだけど』


「あ、いや、その……ちょっと、コンビニに、お菓子を買いに……足りなくなっていたから」


『ああ、そういうこと。じゃあ、炭酸ジュース買っておいて~。和沙は何かいる?』


『私は甘いお菓子があれば……脳を回す糖分が必要なので』


『だってさ』


「はぁ……分かったよ」


『あ、それからもう1つ、大切なのがあった』


「え、何?」


『ゴム買って来て』


「輪ゴム?」


『違うよ』


「じゃあ、女子のヘアゴム? ごめん、ちょっとそれはよく分からないんだけど……」


『きゃは、ベタな間違えしてんじゃねーよ!』


「えっ、じゃあ何のゴムを……」


『コン◯◯ムだよ』


 僕はポカン、としてしまう。


「えっと、それは……」


『エッチする時に使う道具だよ。童貞のまーくんでも、分かるっしょ?』


「ま、まあ、一応は……えっ、それが必要って、まさか……」


『おやおや~? 何か鼻息が荒くなってない?』


「そ、そんなことは……」


『言っておくけど、使い相手はまーくんじゃないから。あたしのかれぴだから』


「あっ……」


『和沙もゴムいる? コン◯ムちゃん』


『いえ、わたしはまだ当面する予定はないので』


『マジメだね~。じゃあ、まーくん。ゴム一丁♪』


「って言われても、それこそどれが良いか……」


『君のセンスに任せる』


「は、はぁ……分かったよ」


『じゃあ、よっしく~♪』


 そこで通話は途切れた。


「……はぁ~。全く、無茶ぶりしてくれるよな~」


 僕はチラッとレジの方を見た。


 ていうか、今の時間帯って、女の人がレジなんですけど。


 僕みたいな冴えない童貞野郎が、そのコン様をレジに持って行った日には……


『うわ、キモいんだけど、この童貞』


 ……軽く死ねる。


 あ、でも、お菓子でカモフラージュすれば、何とか……


「あれ、真尋じゃん?」


「はうっ!?」


「って、どんな声を出してんのよ」


 僕はギギギ、と顔を向ける。


「あっ……市野沢さん」


 きれいなロングヘアーをかきあげる彼女がいた。


「あ、あれ、どうしてここに? 僕の家の前にいるはずじゃ……」


「ああ、私はこれからモデルの仕事だからさ」


「そ、そうなんだ」


「あれ、私がいないと寂しい的な?」


 市野沢さんは、口元でニコリと余裕の笑みを浮かべて言う。


「いや、その……寂しいと言うか……むしろ、ちょっと気が楽になると言うか」


「はぁ?」


「ひぃ! ご、ごめんなさい……」


「てか、何をキョドッていたの?」


「いや、その……ちょっと、前島さんにおつかいを頼まれて」


「お菓子とジュース?」


「いや、そうじゃなくて……ゴムを」


「ゴム? ああ、避妊具ひにんぐのこと?」


「えっ? ど、どうしてすぐに……」


「いや、今のあなたのキョドり具合ですぐ分かるから」


「す、すごいね、市野沢さんは」


「そんなことないわよ。で、あの子に無茶ぶりでもされた? どのゴムを選ぶか、真尋のセンスに任せるって」


「うん、そうなんだよ……」


 僕はシュンと顔をうつむけて言う。


「仕方ないなぁ~」


 市野沢さんは、スタスタと歩いて行く。


「ほら、ボケッとしていないで、あなたも来て」


「あ、はい」


 僕は言われて、彼女に付いて行く。


 そこには、例のゴム商品さんたちが売っていた。


「えっと、あの子が好みそうなのは……これかな?」


 市野沢さんは、その内の1つをひょいと掴む。


「はい」


 そして、カゴに入れてくれた。


「あ、ありがとう」


「一緒にレジに行ってあげようか?」


「えっ?」


「恥ずかしいでしょ?」


「で、でも、それだと僕と市野沢さんが……」


「ぷっ、平気よ。私とあなたじゃ、釣り合わないから。店員さんの意識は、どうせ私に向くだろうし」


「そ、そうだね……」


「ほら、行くわよ」


 その後、市野沢さんの言う通り、特に店員さんは気にした素振りも見せず、普通にお会計が終わった。


 僕たちは店を出る。


「ごめんね~、私の分も一緒にお会計してもらっちゃって」


「いや、助けてもらったから」


「でも、悪いから。手を出して」


 僕は言われた通りに手を出す。


 市野沢さんが買ったのは飲み物だけだから。


 小銭を乗せられるのかと思ったけど……ふわっと、お札が乗せられた。


 しかも、千円じゃなく……


「ま、万札!? い、市野沢さん、間違えているよ!?」


「まあ、いつもお家にお邪魔して、色々とお世話になっているからさ。たまには、ちゃんと清算しないと悪いでしょ? ちなみに、これはゆかりと和沙の分も入っているから」


「だ、だとしても……受け取れないよ」


「大丈夫、私はまだ女子高生だけど、もう立派にお金を稼いでいるから」


「そ、それはそうだけど……」


「それとも……体で返そうか?」


 市野沢さんは、少し蠱惑的こわくてきに微笑んだ。


「へっ……ええぇ!?」


「なんて、冗談よ。私、彼氏がいるし」


「で、ですよね~」


「でも、真尋がどうしても童貞を卒業したいって時は……特別に相手をしてあげても良いわよ?」


「へっ!?」


「もちろん、彼氏にも、あの2人にも内緒で……ね?」


 いつの間にか僕のそばに寄った市野沢さんが、そっと耳元で囁いた。


 僕は背筋がゾクゾクした。


 決して、不快な意味ではなく、むしろ……


「……じゃあ、お仕事に行って来るね」


「う、うん……お気を付けて」


「バイバイ」


 最後まで大人びた笑みを浮かべながら、彼女は去って行った。


 その様はとてもよく絵になっていて。


 僕はしばし、見惚れてしまった。


 もちろん、彼女は素晴らしい美女だから。


 僕みたいに、冴えない男が手に入れるなんて、無理な話な訳で。


 そんなつもりもない訳で……


「……あっ、早く家に行かないと!」


 僕は慌てて家路に着いた。







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