3-7

 派手にやらかしたオレらは、エリスが居た部屋に運ばれた。血まみれでいたが、アレイの魔法で綺麗にしてもらった。そんなことまで魔法で補えるのか、と不思議に感じる。

 それ以外の傷や疲労はエリスが癒してくれて、今に至る。

 あのシスルを殺したことが夢のようである。あの後、砂と化してしまったが、

「魔術師の宿命なのよ」

 と、語ってくれた。ただ風に運ばれて行くのを見て、どこかで復活しそうなのが気がかりだ。

「やっぱりだと思ったわ。この塔も、この部屋も全部魔法でそう見えていただけだった」

 エリスは囚人が寝るようなかび臭いベッド見て苦笑した。

 この部屋は、まるで牢獄だ。狭い小部屋の中にある物は、さっき彼女が見ていたベッドぐらい。その他は何もなく、ただただ薄ら寒い壁が囲んでいる。唯一の出入り可能の扉は腐食しかけの木製扉。こんなところにエリスは入れられていたというのか。

 しかも、この塔自体、危なっかしいものであった。

「まるで刑場だ」

 外に出るなり、澪がぼんやりと呟いた。日が暮れかけていて、少し薄暗いでの塔は見にくいが、今にも崩れ落ちそうである。

「刑場……って?」

「死刑の、だ。おそらく磔刑でもやっていたんだろうな」

「どうして分かるんだ?」

「あくまで予想。もし断頭なら、血を流すことを考えて地下か地上がいいだろう。けど、窪みがあったんだ。足をひっかけてつまづきそうな深さの」

 と、そこにアレイが口を挟んでくる。

「そ、ここは死刑囚の辿りつく場所なんだよ。馬に引かれながら砂漠を越えて、あの薄汚い部屋に放り込まれるの。んで、最後に磔されて放置されるんだって。ね、菖蒲」

「や。そう言われても知らん」

 二人が言い合いを仕掛けた時、

「幸いながらプルメリアで刑罰を犯した国民はいません」

 とても穏やかな口調で話してくれた。

 確かに、不思議なまでにプルメリアで犯罪者はいない。……ここにいる革命団を除けば。

「なんだ。その目は」

 ギロリ、と菖蒲が睨んでくる。

「お前らも犯罪者かなぁと思ってな」

「んな……! 俺らは魔女探しをしながら貧高層の人間のために活動していた!」

 まぁ落ち着け、と澪とアレイが仲裁に入って、急にエリスが息を呑んだ。

「……リオンと澪にはもちろんですが、革命団の二人に、お願いしたいことがあります」

「お願い?」

「私の正体は、口外なさらないでください」

 今更ながら、心に重いものを突きつけられた。

 遠回しにエリスは自分が魔女だったと言っている。今にも泣きそうな顔で彼女は俯いた。

 すると、アレイが声を出して笑った。場違いな行動に呆然としてしまう。

「言わないに決まってるじゃない。っていうか、言ったところで信じてもらえないし、言うメリットないもん!」

「そうだな。アレイの言うとおり。……だがこちらからも条件はある。

 ……貧困層の奴らを救ってやってほしい。女王、あんたも分かっているはずだし、やろうとしていることかもしれない。だがこうして話す機会は、今後無いだろうからな」

「その件に関してはもう行動は進んでいます。少しずつとなりますが、家の普及はもちろん。職についてもこちらが手を回しています」

「そうか……ならいい」

 と、菖蒲は満足そうに頷いた。しかしエリスは複雑な顔をしていた。

「……言っていいことか分からないのですが、貴方は魔女に呪いをかけられている。間違いありませんか?」

 急な質問にさすがの菖蒲も身じろいだ。記憶が正しければ、こいつの事を知っているのはオレと、話してくれたアレイのみだ。澪は知らないそうで、首を傾げている。念のために耳打ちをすると、彼は神妙な顔をする。

 ふふ、とエリスは口元をほころばせた。

「誰にかけられたまで見破れません。ですが、かけられた呪いは見えるのです。初めて会った時から、もう分かっていましたが……」

 ごめんなさい。小さく呟いてエリスは菖蒲に向けて手をかざした。

「逆流する時の流れを止める事なら、私にできます」

「ちょっと待って! 元に……元の年齢に戻すことは出来ないの!?」

「……さすがにそれは無理です。私は、あくまで治癒能力が特化した魔術師なので。

 リオンと澪は離れていてください。巻き込まれたら厄介なの。ごめんね」

 言われるがまま、オレは彼女から距離をとる。ついでにとアレイもついてきた。

 菖蒲は、覚悟を決めたような面持ちでいる。

 遠くから二人を見ることにするも、

「ねぇ二人とも。慕っている女王が魔女だったけれど、二人はいいの?」

 ふいに話しかけられて、オレは澪と目を合わせた。

「そんなの決まっている」

「エリスはオレらの女王に変わりは無い」

「じゃあ許すってこと?」

「黒幕はあのシスルだっただろ」

「……まぁーそうだけど。ちょっと気になってね」

 そうこうしている内にエリスは準備が出来たらしく、ついに魔法が使われる。

 ここ最近で魔法は何度か目にしてきたことを、ふと思い出した。

 使用者のエリスからではなく、菖蒲の足元に光で出来た時計が現れる。ぼう、とほんのり光るので幻想的だ。その時計は秒針が逆回りしていたが、ピタリと止まる。

 それだけだった。光の時計はゆっくり消える。

「終わったわ。さぁ、帰りましょう」

 とてもあっけなかった。菖蒲の使う攻撃的な魔法や、アレイの魔法弾みたいに煌びやかでもなく、幻術をみせたシスルみたいに壮大では無かった。

 それでも、綺麗だった。心からそう思える魔法だ。

「待て。帰るなら移動魔法で帰れる。……一応、礼だ」

「あらどうも。じゃあ行きましょう、リオン、澪」

 いいのだろうかと考えながらオレは菖蒲の元に寄る。見た目は何も変わっていないが、若返りは止まったのだろうか。

「アレイ。手伝え」

「はいはーい」

 菖蒲に言われてオレらは円陣を作った。円の真ん中に向けてアレイが発砲すると、奇妙な文字の羅列が浮かび上がる。それらは勝手に動いてオレ達を囲んだ。紫色に点滅していて不気味だ。

「準備おっけー」

 アレイが声をかけるなり菖蒲が両手を中央にかざした。

 瞬間、身体が浮いたような錯覚に陥る。同時に囲んでいた文字に光が増す。

 ふと、オレはエリスの顔を見た。彼女はオレの視線に気が付いて、にっこりと微笑んでくれた。それから、両手に第三者の手が触れる。澪とエリスだった。

 ああ、やっと終わったんだ。

 心から安心すると、視界が光に包まれた。

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