3-6

 シスルは両手で目元を覆い、蹲っていた。アレイの放った弾丸がどんな魔法だったのか。少し気になるも後で聞いてみよう。

「正直、帰ったかと思ったぞ」

「んだと、誰が帰るか」

「コイツを倒すまで、帰ろうにも帰れないしさ」

 よく見れば、菖蒲の頬にかすり傷が出来ている。彼は肩で息をしつつ、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「いいか。俺は魔法を使い切った」

「は、はぁ!? どうしてそんなことを」

「最後まで聞けリオン。魔力をアイツにぶつけて、ようやく攻撃が通じるようにした。アイツから出ている蒸気が、原動力みたいなもの」

「や。待て。それはどういう」

「さっきまで、全く歯が立たなかっただろう。魔力さえ無くせばただの人に過ぎない」

 ということは、魔法で何か細工をしていたのだろうか。

「お前らが仲良くお話ししている隙にやっただけでな。こっから持久戦だ」

 菖蒲が大剣を地面に突き刺す。すると、シスルが顔をあげる。目の周りは水ぶくれで酷いありさまだ。まるで火傷を負ったように腫れている。しかもそこを擦って、傷口を酷くさせた。

「は、ハは、僕を殺そうって、いうのかい?」

 ゆっくりと彼が体を持ち上げる。

「……上等じゃないか」

 ほんの少し、彼は人間の顔をする。今までにないぐらい流暢な言葉で話してきた。

「リオン。指揮は任せる」

「何を急に――」

「俺はお前たちの事を良く知らない。知らないから指示は出せない。第一、お前には素質がある気がしてな」

「確かに。隊長がいないとき、指示を飛ばすのはリオンだしさ」

 一瞬、嵌められたかと思った。だが二人の顔は本気である。

 信用された以上、やるっきゃない。

「澪は安全な位置から斬撃、オレがシスルをひきつける。隙が出来た拍子に菖蒲が突っ込め。いいな!」

 おう、という間もなくシスルの鎌が躍る。咄嗟に左方へ転がり受け身を取る。

「お前だけは、逃がさない――!」

 起き上がるや否やシスルの鎌の先が目の前に迫る。

 また横転するわけにもいかず、かといって後退したって意味は無いだろう。両手で剣を構え、対抗する。

 刃物と刃物がぶつかり、甲高い金属音がした。シスルは離すことは無く、力を入れて責める。間違いなく剣が傷つく。そのことを危惧しつつどうにか持ちこたえていた。

「菖蒲!」

 視界の端に黒い人影が入り込んだ。

「っがア!?」

 殴打される鈍い音がする。すぐさま立ち上がり、転がるも受け身を取ったシスルを確認した。腹の横が裂かれていて血が噴き出している。傷は深いようだ。

「あ、あは……真っ赤だ。あのときと同じ色!」

 斬りかかりたい衝撃が沸くもグッとこらえる。彼の言うあのときは、プルメリアの災害を指しているのだろう。

 冷静になり、視線を右方に向けると菖蒲がいた。ニヤリと口角を浮かべて、次の言葉を待っている。

「斬りかかれ!」

 前かがみになり一歩を踏み出す。菖蒲の剣が通用するなら、オレの剣だって効くだろう。根拠もない自信に駆られ、下段から打ち上げようと構えを取る。しかし、シスルは起き上がって、右方から風を斬る。わずかだが怯んでしまい、その合間にシスルが急接近した。

 ヤバい、と思った頃には遅かった。またも地面に打ち付けられてしまう。胃が潰された不快感が湧いてくる。

「リオン!」

 澪が声を荒げた気がする。嘔吐感を抑えて周囲を見渡す。軽やかなステップで澪がシスルの背後に周りこみ、流れるように傷を与えていた。一つ一つの攻撃は小さいが、それでもいい。シスルの足を止めていた。

「どうして人間風情のお前らがこの僕に!」

 叫ぶ彼は鎌を回そうとしたが、自分の手首が無くなったことに気が付いた。と、目の前にシスルの手が落ちてきた。ぞぞぞ、と背筋が寒くなる。

 斬った張本人――菖蒲は叩き割るようにシスルを大剣で殴打する。瞬間、剣に付いていた血が飛散る。吹っ飛ばされ転がってシスルは何か喚きながら睨んでくる。一言で現せば、憎悪の塊。しかし、それでも彼は低い声で笑っている。

 ようやく立ち上がると菖蒲が「貧弱」と言ってくるも無視をした。やはり胴回りの防具は必須だと思い知らされる。それでも骨折しなかったのは、幸運というわけだ。

「二人は、とにかく援護を頼む」

 シスルの攻撃対象はオレだろう。

 その場で立ち止まり、深呼吸をする。雄叫びながらシスルがこちらに来る。禍々しい鎌はひしゃげていて、彼の身体はボロボロだった。どうして死なないのか不思議に思うも、これで止めを刺す。痛がっているだろうから……なんて彼に情けをかけているのではない。

「お前は、絶対に倒す」

 初めは話し合ってどうにかなるだろうと考えた。しかし、シスルは心身共に狂っている。この手で殺めるのは気が引けるも、コイツはエリスを陥れた敵だ。

 そう、倒すべき、相手。

「どこからでもかかってこい」

 そう口にするや否や、シスルはカッと目を見開いた。思いきり跳躍して、距離を狭めた。急降下の勢いでオレを切り裂くのだろう。

 すぅ、と息を呑む。少し腰を降ろして中腰の体制を取った。剣先は地面に向けたまま。しかし視線は上空に。

「あアアア唖ぁァあぁア阿!」

 人ならざる叫びと共に、鎌の先がオレ目がけて落ちてくる。

「今だ……!」

 サッと右方に避けて鎌を躱す。我を忘れたシスルは、驚愕の表情を浮かべた。鎌が地面を裂くより早く、オレは一歩を踏み出して剣を薙いだ。

 それと同時に右方から菖蒲、左方から澪がほぼ同時に斬りかかる。

 骨らしきものを砕いて、弾力ある物体を突いた。その感触を手にして、目を閉じる。その瞬間、生暖かくて鉄臭い液体が顔面にぶち当たった。

「は……はは」

 脱力感でその場に座り込んだ時、

「リオン、澪!」

「おろろ、派手にやったねー」

 という二つの声を耳にした。

 目元をぬぐい、薄ら瞼をこじ開ける。そこにはシスルだった肉塊がある。奴はもう動かないと確信すると、塊は砂のように変化する。そして、風に乗って散り散りになった。

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